第70話「∞(むげんだい)」

※ ※ ※


「しゅーくん! お帰りーーー!」


 ホテルの部屋に戻ると、菜々美は両手をブンブン羽のように振りながら出迎えてくれた。菜々美はあのテンションの高さを維持したままなのか……。


「今日のわたしは空も飛べる気がするー! パタパタパターーー!」


 さらに両手の腕を忙しなく動かす菜々美。


「……これからずっと菜々美ちゃんのテンションについていくとなると……かなり大変そう……」


 ……瑠莉奈、今さらながら気がついたか。

 菜々美が芸能界で友達がいなかった理由が、今ならよくわかる。


 あと、ネットで「共演者殺し」と呼ばれていた理由も。

 テンションの高い菜々美が目立ちすぎて、話題をかっさらっていってしまうのだ。


「しゅーくん! 黒歴史見せて! 黒歴史ーーー!」

「黒歴史言うな」


 まあ、黒歴史だけど。


「……ちょっと待ってほしい……今……ノートパソコンを立ち上げる……」


 瑠莉奈は俺のリュックから、さっそくノートパソコンを取り出した。

 机の上に置き、電源を入れ、繋げたマウスを操作してファイルを開く。


「……おにぃの書いた黒歴史小説……タイトルは『宇宙最強の俺のハーレムは∞(むげんだい)』……』」


 なにそれひどい。

 タイトルだけで自決するレベル。


「ま、待てっ! 俺そんな酷いタイトルの小説書いていたか!?」

「……間違いない……ご丁寧に著者名も書いてある……しかも、本名……」


 昔の俺には恥という概念は存在しないのか……。

 そこまで酷いものを書いてたとは。


「……ちなみに執筆は今から7年前……おにぃが小学生の頃の作品……」


 そんな昔のものまであったのか!


「わーーー! 小学生時代のしゅーくんの小説読みたいーーー! 読ませて読ませて読ませてーーー!」


 菜々美はピョンピョンジャンプしながらノートパソコンを覗きこむ。


「……うぇるかむ、とぅ、ぶらっく、ひすとりー、のべる……」


 瑠莉奈は椅子を横にずらして、菜々美が小説を読めるように移動した。


「ちょ、ま、待ってくれ! まずは俺に読ませてくれっ!」


 どんなヤヴァイ内容なのか不安すぎる。

 まずは作者である俺が事前チェックしたい。

 だが、しかし――。


「……もう作品は作者の手から離れている……読者の評価にゆだねられるべき……」


 瑠莉奈はもっともらしいことを言って俺の願いを却下した。


 妹はいつだって横暴だ。

 兄に人権などないのだ……。


 でも、その意見は正論でもある。

 評価は読者にゆだねられている……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る