第二部

暴食の章-Ⅰ【救出】

第121話 攻略スタート

「食料ヨシ、装備ヨシ、体調ヨシ。いけます、御堂さん」


「ならば誘拐された娘達を探しに行こうか」


「はい!」


 妹や凛華たちが【嫉妬】の陣営に攫われてから二週間が経つ。

 俺は凛華のお父さん(お付き合いを認めてもらったので以後お義父さんと呼ぶ)と協力しながら全国各地に現れたエンヴィを除去し、ついには地球侵略の第一段階を乗り越えるのだった。


 正直なところ、物量で来られると本当に困る。

 特に俺たちは少数精鋭。

 大手を振って世界中のみんなから期待を集められて活動しているわけでもなんでもない。


 世間の災害をこっそり収束させようと動いているのだ。


 いっぺんに相手取るのなら問題ないのだが、バラけられると見つけるのも苦労するし、相手がどれだけいるのかもわからないので用心に用心を重ねてようやくと言った感じだ。


「しかし、アレは非常に厄介な存在だ。これで終わりとは思えん」


 アレとは【嫉妬】エンヴィのことだろう。

 何せ日本各地の探索者と、育成学園を同時に異世界に送り込み戦力ダウン。その上で地球の攻略に踏み入った策士である。


 まさか契約者をそのように扱うとは思いもしなかった。

 本来契約者なんて、自分の運命共同体にするのがセオリーなのにエンヴィのやつは生贄にして自分が有利になるように駒を進めたのだ。


 これだから妖精ってやつは。

 人類に対して強い恨みを抱いてる可動かは知らないが、人との契約をなんとも思ってないんだから困るよな。


 ソウルグレード。魂の位階が高位な奴ほど他者を見下す風潮にある。

 一個上がるだけで下位のものには何もさせない。

 それだけの力量があればイキっちゃうのも分からなくはないが、それは序列戦にはなんの関係もない。


 種族の代表、王になればあとは弱肉強食の世界。

 そこから先はソウルグレードよりも戦力、兵隊の規模で決まる。


 序列十位の俺はサポート向きの能力だが、序列九位のお義父さんはオールマイティ。

 相手の兵を捉えて洗脳し、兵隊に仕立て上げるのなんてお茶の子さいさい。

 俺ができるのなんて、せいぜいが相手のアイテムを捕食して、自分が扱えるようにさせるくらいだ。


 え、十分強いじゃないかって?

 でもなぁ、この強さは相手がいてからこそなんだよ。

 防衛に徹されたら何もできない。

 今はソウルグレードの関係で勝手に見下してきてるから対応できるけど、対策を打たれたら何もできないんだ。

 

 それにソウルグレードの関係上、俺が捕食して眷属化する上限も差し迫ってきている。


 そういう意味でも、俺は上位の存在になっておきたいというのがあった。別にいろんな相手に喧嘩を売りに行きたい訳じゃなく、大事なあの子を守りたい。その一心で強くなりたいのだ。


 守る以前に、攫われちまってるけどな。

 ほんと、上手いことやられちまったよ。

 戦力が分散してる隙を狙われたんだ。


 自分の不甲斐なさで吐きそうだ。

 そんな泣き言を言ってる時間的猶予はいくらもないが。

 

「話を聞くに、どうも先遣部隊がアレという話です。本命は別にいると」


 俺は以前聞き及んだ情報を精査して、お義父さんへと情報を流す。


「それが噂の序列六位、か」


「はい、同盟相手のアーケイドより情報を賜っています。相手にせず、可能な限り逃げろと」


「舐められたものだな」


「それだけの力量差を持つということでしょう。こちらを盤上のコマか何かと思い込んでいる」


「では、意思ある存在だと知らしめてやらねばならんな」


「そうですね。舐められてるうちに強くなっておきましょうか」


 今回俺たちにちょっかいをかけてきている相手。

 それが序列戦で中位に君臨する存在で匂わされていた。

 なんと俺たち以外の王を傀儡におき、その上で核王の戦力を手中に収める強敵だ。


 【嫉妬】の王エンヴィもそのうちの一人。

 いや、正確には人じゃないのでここは一匹としておこうか。


 あのクソ虫が、次ツラを拝んだら叩きのめしてやる。

 あれの本性は狡猾。本体はどこかで俺たちを見下しながら高みの見物を決め込んでいることだろう。


 散々俺たちの故郷を引っ掻き回しやがって!

 絶対に吠え面かかせてやるからな!


「そういう意味では我々は白兵戦より場外戦術が得意ときてる、か」


 シャスラのお兄さん、シャリオさんですら序列八位。

 十位の俺、九位のお義父さんを簡単に上回る化け物だ。


 それを軽々超える七位。そして六位。

 強さの段階、ベクトルが大きく異なる相手にこれから喧嘩を売りにいく。

 いや、売ってきた喧嘩を買いに行くのだ。


 言葉では怖気付いたかのような言い回しに聞こえるが、お義父さんの瞳は覚悟が完了している戦士の顔だった。

 腐っても英雄。一度は己の【強欲】に飲まれかけたが、現れた強敵を前に今一度指名を思い出して共闘してくれた。

 今や心強い仲間である。


 敵だった時はマジで勘弁しろよ、と何度も思ったほどだ。


「さて、入り口はダンジョンだったか?」


「何匹か先遣隊を出しましょう」


 先遣隊。相手がエンヴィを送ってくるのと同様に、俺たちもスペックこそ劣るが似たようなことができるのだ。


 懐から魔封じの瓶を取り出し、ユグドラシルを開封。

 さらに取り出した瓶から複数のモンスターを取り出して合体、進化させる。

 生み出したジェネティックスライムに俺とお義父さんをコピーさせ、ツーマンセルで行動させた。


 このジェネティックスライム、能力こそ本体に劣るが全く同じ行動をする超絶厄介な性質を持つ。


「僕の分は預かろう」


「頼みます」


 自身の兵隊は極力出したくない俺たちはモンスターを働かせることによって相手と同じ物量作戦を敢行する。

 少数精鋭なんだから使えるもんはなんでも使うのだ。


 それと同時にこのジェネティックスライムにコピーされるということは、もう一人の自分を生み出すことに他ならない。


 俺ならダンジョンテイマーの能力を扱うことで複数同時に使役できるので困らない。

 しかしダンジョンテイマーではないお義父さんの場合はまた違ってくる。


 人形化。

 俺より熟達した糸捌きのそれが神経を、意思すらも奪って傀儡とするスキルである。

 なんだかんだで、平穏とは言い難かった前の世界をこれで統治してきた実績がある。その練度は俺の考えうるよりも高水準だろう。


 多くの血こそ流したが、偽りの平穏を実現して見せた傑物だ。


 その平穏から取りこぼされた弱者である俺がそれを手放しで喜ぶことはできないが、今はそんなこと言ってられる状況じゃない。

 それに、敵だった時はともかく、今は使命を同じくする仲間。


 いつまでも昔のことをぐちぐち掘り返すガキの言い分は通らないのだ。

 何せ俺たちが立ち向かう相手は、そんな精神攻撃を得意とする相手だ。


 俺の【暴食】はそういう感情もろとも食い尽くして、自らの糧にする能力を持つ。

 だから俺は、過去に流されず今を見定める!



 

 エンヴィの残した異空間への片道切符を通じて、俺たちは早速侵攻作戦を開始した。


 本体は出発地点に残したまま。

 卑怯だって?

 命は一個しかないんだからこれでいいんだよ。


 むしろ自爆特攻なんてバカのやることだぜ。

 何せ相手は異世界を丸々自爆特攻させてくるやつだ。


 行ったが最後、閉じ込められておしまいなんてこともあり得る。

 それだけは助けを待つ相手がいる俺は絶対に取っちゃいけない行動だ。


 俺に失敗は許されないのなら、失敗しても大丈夫なジェネティックスライムを犠牲にするのは致し方ないことなのだ。


 いや、正直助ける相手が複数いる時点で俺の体は一個じゃ足りない。

 それを補ってくれるのがコイツってだけだ。


 見た目が俺そっくりになるので、コイツの存在を知らない相手にも都合がいいってワケだ。


 突如音信不通になった北海道のギルド『アロンダイト』のギルド長。

 貝塚さんや荒牧さんの行方もわからないまま。

 他にも全国各地のSランク探索者も行方しらずときている。


 妹も謎の失踪を続けたまま音信不通で今に至る。


 凛華、寧々、久遠の学園側も謎の空間に閉じ込められて、さらにはエンヴィも襲ってきててんてこ舞いだった。

 そのうちの一つのエンヴィ撃退まではやって見せたが、どれから手をつけていいか分からずじまい。


 妹の方は俺と喧嘩した後なのもあって、いまだに心の整理がついてない。中身がどうであれ、見た目だけは女子高生の元親戚をもっと気遣ってやればよかったんだよな。


 俺としては今まで蓄積してきた恨みつらみを投げつけたばかりに妹から顰蹙を買ってしまった。


 顔を合わせたとして、どんな顔して会えばいいのやら。恨み言の一つでも覚悟しておくか。






 その頃明海は。


「うえーーーーん、お兄カムバーーーーック!」


 絶賛ホームシックにかかっていた。


「おい、クソガキ。泣くな、喚くな。ただでさえまずい飯が不味くなんだろ」


「初理ちゃんはこんな味気ないお食事で満足なの?」


 突如泣き止み、チームメイトの五味初理へとビシィと指を差す。

 泣いていたはずなのに瞳は乾いている。こいつ、嘘泣きだな?

 初理はやれやれと肩をすくめながらどうしようもない現実に向き直った。


「あほ、ウマくたってマズくったって腹に入りゃおんなじ栄養素だ。食わなきゃ持たねぇ。そう言ってんの。つーかお前に脱落されたら困るのはオレたちだ。オレたちが表の妖精たちと正面切って戦えると思ってんのか?」


「うっ……それは」


 一度やり合ったからわかる。

 攻撃は一切通じず、ゆえに話し合いに切り替えた過去がある。


 明海の才能【ディメンジョントレーダー】は異空間に入り口と出口を作る二つの特性を持っている。


 今ここで人間の気配を隠しながら妖精から信頼を得るためには、明海の【ディメンジョントレーダー】に引きこもって、鏡堂美影の【鏡堂流伏魔術】が必要不可欠。

 そのうちの一方を失うことは、より状況を悪くするのは明白だった。


「それに、あんたのマブダチの美影が頑張って作ってくれたんだから、あんたが一番に褒めて食べてやるところだろ?」


 クラスメイトで魔法少女の左近寺紗江に励まされ、明海はコードネームで呼び合う仲の美影、もといシャドウへと謝罪の言葉をかけた。


「ごめんね、シャドウ。わがままなあたしを許して」


「良いのでござるよ、ライトニング。自分でもお粗末な腕前であるとわかっておるのだ。あまり自分を責めるものではないぞ?」


 はっきり言って、まともな食材も調理器具も水も調味料もない世界で料理をしろと言われてできる人材は限られてくる。


 その中でなんとか口に入れて消化できるものを作り出せるだけで美影の技術を貶めることなんてできなかった。


「私だって、調味料や調理器具があればもっと上手にできるんだから!」


「はいはい、寝言は寝て言えよ。お前らこんな世界で自分たちの言い分が通ると思うなよ?」


「むきー」


 再び口を開いたのは、道中で面倒ごとを起こす気配を見せた北海道支部の生徒聖秋乃だった。初理がそれを諭し、秋乃は憤慨する。


 妖精界は見た目こそ華やかではあるが、生活を維持するのが非常に困難。

 何せこの世界はマナを食って生きてる妖精が相手だ。

 食事を必要とする人間が生きていくには、あまりにも過酷すぎる現実が待ち受けていた。

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