第122話 食事の重要性
「何も見つかりませんね」
「少しも手がかりが見つからないのは流石に面倒だな」
本当に。
むしろ今までが向こうからの面倒ごとが起こりすぎて感覚が麻痺してしまったのか。
攻略を開始してから数時間経つが、普通に対処できるモンスターしか現れてないのは正直肩透かしもいいところだった。
「差し向けられたモンスターもあまりに弱すぎるし、俺たち、これで対処できるなんて思われてんですかね? 仮にも王を相手にですよ?」
モンスターの頭を蹴っ飛ばす。
操ってるジェネティックスライムも不機嫌そうな顔でそれを行なった。
ジェネティックスライムはあくまでも模倣しかできない存在だ。
本体に比べれば数段劣る。
それを数で補うことで劣悪さを誇るのだが……
「今更Aランクモンスターを複数寄越されてもな」
普通ならば脅威。
絶望なのだろうが、俺にとっては見慣れた連中だ。
暴食の力をダンジョンテイマーの力を駆使すればとるに足らない相手である。
俺ですらそうなのに、お義父さんに通用するわけもなく片っ端から操られていった。その上で同士打ちをさせられるのだ。
なんというか、年季が違う。
非常に嫌なタイミングでの介入。もし仲間が操られたら反逆を疑う。
それは疑心暗鬼の連鎖を生む。
そこへさらに俺がダンジョンテイマーで介入すれば、モンスターの軍団は統率を失い、勝手に瓦解するって寸法だ。
「それはつまりダンジョンテイマーがどういう存在か詳しく知らんのだろう」
問答無用でモンスターを撃退した後、なんで今更こんな幼稚な戦法を取るのか、お義父さんから一つの解が示された。
「と、言いますと?」
「一度相手して下した存在に引っ張られて肝心の君の情報が見抜けてないパターンだな。例えばかつての暴食の王で、ダンジョンテイマーだった吸血鬼、アーケイドがいただろう?」
「ああ、あるほど」
シャスラのことだな。
そういえばあいつは元序列十位でダンジョンテイマーか。
奇しくも俺と同じ境遇だ。
「つまり新人の俺の力は詳しく知らず、先任のシャスラと同様の手段で攻略にかかってる?」
「あの存在なら余裕で捕まえられると踏んだ構築なのだろうな、君には通じなかったのだろうが」
「ユグドラシルの特性に頼りきった甘い戦略でのゴリ押しを想定してたのか。なるほど、通りでブレスでの攻撃が多いわけだ」
「ブレスなど吐かせる前に始末してしまったものなぁ」
「一度使役したことがある奴なら、強みと弱みは把握してますからね。そこを突けば弱点は自ずと見えてきますし、やられたくない行動を事前にできる。これがダンジョンテイマーの強みであり、恐ろしさだと俺は思ってますよ」
「そこが君の怖いところだ。普通ならば使役できる方に重きを置くが、君は違うのだろう?」
「俺は捻くれ者なんでね。モンスターを便利だと思う一方で、どこかで切り捨てる前提で活用してますよ。使い捨てても一切愛着が湧かない時点で俺はきっと薄情な奴なのでしょう」
「そうか、娘にはそうなってくれないことを祈るばかりだ」
「心にもないことを。人類の存続のために平気で犠牲にした人が今更よくいえますね?」
「誰が好き好んで糧にすると思ってる? 仕方がなかったのだ」
「せめて前もって理由を教えてくださいって話ですよ」
「誰かが悪者になる必要があった。誰もやってくれないから、私が率先してやっている。こんな悪事は、次の代に引き継がせるわけにもいかないからな。墓場まで持っていく気でいたよ。君に出会うまではな」
「そうでしたか。なら、さっさと片付けて平和な世の中を取り戻すとしましょう」
「ああ。邪魔者はいない方が助かるからな」
会話を打ち切り、新たに送り込まれてきたモンスターを視界にとらえる。さっきからこのように油断を誘ってモンスターを招き入れている。
ちょくちょく休憩を挟んだり、本来なら不要な食事をしてるのは、相手に本物であると誤認させることだったりする。
ジェネティックスライムはあくまで側を似せるだけであり、本来なら食事も休息も必要ないのだ。
けど、それを相手側に知らせる理由もないのでこうやって利用して現在に至る。
そして、なかなか作戦通りにいかない俺たちに対して痺れを切らせた相手が現れる。
「ったく、聞いてた話と違うじゃないか! 用意してた手駒は役立たず、本当にこいつらには有効打だったのか怪しいもんだねぇ」
影を纏う、蛇を思わせる金色の瞳を持つ女だ。
それに付き従うように、頭から複数のヘビを生やした女が二人、前に出る。
「さて、どうみる?」
「ソウルグレードは高そうですね」
「状態異常のゴリ押しか」
「相手がギリシャ神話上のゴルゴーン三姉妹と同じ系列なら、厄介そうですが……」
「不死性のある存在か」
「いやぁ、不死となるとどれだけの耐性がああるのか試せて今からワクワクしてきますよ」
「君はそういう奴だったよ」
なんか呆れられてしまった。
こればっかりは性分なので仕方ない。
俺にとっては考察しがいのあるモンスターは糧になると同時に非常に楽しみなのだ。
それはさておき、相手が本当にゴルゴーン三姉妹と同じ系譜であるなら非常に厄介なのは変わりない。
だが、本当にそうなのか?
伝説上では醜い蛇の姿に変えられたのは末娘のメデューサだけだったはずだが、目の前の三人は全員蛇の特性を持っている。
つまり全員が石化の魔眼持ちである可能性は持っておいた方が良さそうだ。正直、俺もお義父さんも状態異常は通用しないんだけど、それはそれ。向こうにわざわざ教える必要もないしな。
それ以外に体がヘビだったりしてないか、色々見ていくことは多そうだ。
さぁ、考察の時間だ!
俺の楽しみとはよそに、お義父さんは少し引いて俺を見てるがそこは気にしないことにした。
一方その頃、飛ばされた北海道のギルド『アロンダイト』率いる貝塚真琴たちは見知らぬダンジョンで自活していた。
「荒牧ぃ、ここはどこかいのぉ?」
「わかりません、ですが多くの負傷者が出てます。さっさと攻略して安全地帯を作りたいところですが」
かき集めた枯れ木に、鋼のような肉体を擦り合わせて火を起こした真琴は、まるでこの世の地獄めいた風景に目眩を感じていた。
あの日、北海道全土に起こった地震。
震度としては大したことはなかったが、やたらとあの女の笑ってる顔が思い出される。
ギルド『バルザイの偃月刀』リーダーの瀬尾真緒。
先代との諍いでアロンダイトを去った女傑で、いまだにこのギルドに恨みを抱いているのは知っていた。
「ワシばかり肉体が頑丈で行かんな。皆を同じように扱ってきたツケがここにきて噴出したみたいじゃ」
「そんなことはないでしょう。リーダーの判断は今でも間違ってませんよ。それよりも食料の問題です」
「ああ、この時ばかりはあの時練習するんだったと後悔ばかりしておるよ」
「六濃君からセンスないって言われてるのまだ引きずってたんですか」
「ワシは少しばかり飽きっぽいところがあるからのぉ。きっと必死さが他の何よりもかけておったのだろう。それが、このザマじゃ」
今、拠点に転がってる負傷者の多くは絶賛食中毒にかかってのものだった。
アロンダイトはとにかく人数が多い体育会系で、上からの命令は絶対!
トップの作った料理をメンバーが辞退するなど以ての外。
あってはならないことだった。
霊長類的に見れば女性の真琴も慣れないながらに料理をした。
それだけならまだ良かった。
味はおかしいが栄養になるからだ。
しかし作った本人が気づかないほどの微量な毒が積もり積もって現在のギルドメンバーに体調不良を引き起こしてしまった。
この時真琴に不調が起きない原因があるとすれば、それはきっと海斗の契約者だったからに他ならない。
契約者には念話が送れる他に、状態異常に対する特性も併せ持つ。
特にコレクターである海斗の耐性数ともなればほぼ無敵と言っていいほど。まさに鬼耐性の申し子だ。
しかしそれが大多数に牙を向いた。
海斗の近くにいれば、問題のないことだった。
しかし真琴はギルドマスター。
北海道の二大ギルドの一つを束ねる大世帯のマスター。
従えてるメンバーもいるし、それを切り捨てて海斗についていくというわけにも行かなかった。
命を救ってもらった恩義こそあるが、それはそれ。
別の手段で海斗を助けると約束して別行動を取ったのである。
唯一症状が軽い荒牧大吾とともに、真琴は一念発起する。
「ワシは、料理上手になるぞ荒牧ぃ」
「それよりも先に毒の処理の方法をですね」
「まずは食って覚える! ついてこい、荒牧ぃ! 出陣じゃあ!」
「ダメだこの人、まるで学習しない」
大吾の叫びは、暗く光も通さないダンジョンの奥深くに吸い込まれていった。
果たして生きてこのダンジョンから帰ることができるのか?
それは誰にもわからない。
やたら出てくるヘビ型モンスターを駆逐しながら、真琴は吠える。
「今日はヘビ鍋じゃあ! 荒牧ぃ、枯れ木の準備をせぃ」
「だから解毒をですねぇ」
「食って耐性をつける方が早い! ワシに続けぇ!」
「助けてくれぇ、六濃君。今度はワシが倒れる番かもしれん」
こうしてやたらとタフな二人の飽くなき料理の道は始まった。
倒れ伏す大吾を前に一人首をかしげる真琴。
「いささかワイルドな味付けにしすぎたかのぉ?」
まずは味覚以前に状態異常耐性の豊富さから疑うことを始める方が良さそうだった。
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