第119話 漂流学園(学園サイド)
「どういう事だ、私達は帰ってこれたのではないのか?」
「落ち着いてください先生。大人である貴方が冷静さを欠いて生徒に示しが付きません」
「だが……私にはまだ小さな子供と身重の妻が。もう何ヶ月家に帰れてないと思ってるんだ」
クッと後ろめたいことを喚き散らす教員達。
無理もない。ただでさえ朝も昼もないダンジョン内。
ようやく見知った環境に帰ってこれたと思ったのに、まだ脅威は去ってないと知らされたら取り乱すのは無理もなかった。
一時凌ぎとはいえ、モンスターの肉を口にしている。
限界が来てるのだ。
『想像以上に参ってるようだな』
『私達も努力したんですが……海斗さん程の成果は出せませんでしたわ』
ジェネティックスライム越しに見た学園内ははっきり言って疲弊し切っていた。突如分断され、家に帰れないとなったら暴動が起きても仕方ない。
ただでさえ原因不明の行方不明者の続出。
浮き足だったところへダンジョン化だ。
俺が請け負ったとして同じことができるかどうか。
『たった三人で学校の全員を守り切ったんだ。十分だよ。さて、ジェネティックスライムは校庭から教室内には入れない』
『寧々さんのセイントバリアの効果ですか?』
『それもあるが、ダンジョン化してる場所以外での肉体維持ができない。ただでさえこちらに意識を寄せてる間は俺の肉体が無防備になる。だからある程度はそれなりの言い訳を考えておいてほしい』
『分かりました。偽物とはいえ、海斗さんの姿が見えるだけで元気になる方もおりますから』
うちの契約者だろうか?
そう思い浮かべてると、早速うるさいのが来た。
「ムックーーン!!」
受け止め損ねたら死人が出るほどの威力での突撃。
俺は複数のスキルを稼動させながら受け止めて、突撃娘に半眼を向ける。
「久遠さん、この方は海斗さんの影武者。ジェネティックスライムです」
「げぇ!」
ゲェってなんだ、ゲェって!
まぁあんな真似されたらわからんでもないが。
御堂さんは嬉しがってくれたが、扱い方によっては存在するだけで悪みたいなもんだしな。
『悪いな久遠。ひとまずはこれで応急処置とさせてくれ』
『むぅ、本物に会えないのは寂しいけど。仕方ないね。そっちの方は大丈夫なの? 凛華から大変だって聞いたよ?』
凛華との念話を維持しつつ、久遠への事情説明をする。
『寧々はどうした?』
『体育館前の警戒をしてるよ。いい加減素人料理は食べ飽きたよ。ムックンの手料理が恋しいよ〜』
素人料理て。寧々の料理も疾風団では有り難がられてるんだぞ?
俺と違って材料がない中での有り合わせ料理だろうに。
それをそう表されてしまうのはちょっとかわいそうだった。
『一応俺もある程度持ってきたが、全員分はないぞ? 今回はモンスター肉の捕獲要因としての配置だ』
『助かるよー。秋庭達も頑張ってくれてるけど、やっぱり実力の関係もあって質は上がっても量が賄えないから』
秋庭君や木下君のパーティーが抜擢されたのか。
彼らも学園ダンジョンで四階層にまで行ける実力者だが、所詮はCランク下位。
凛華曰く、いつ繋がるともわからないダンジョンはAランク上位だと聞く。
ダンジョン化した空間内に沸くモンスターはせいぜいCランク下位でいいが、とにかく量が取れないらしいのだ。
学園ダンジョン内にも入れるが、そこで取れる食料もあってないようなもの。
さて、ここで俺ができるものは?
「皆さん、並んでください。量はたくさんありますからね!」
「うう、こんなにたくさんの料理、生きててよかった」
「うめっ、うめっ。おかわり自由って本当かよ」
「おかわりください!」
「俺も俺も!」
炊き出しだ。
まずは生徒からの信頼を買う。手っ取り早いのは胃袋を掴むことである。
空腹に苦しむ野良猫には餌付けが基本。
責任? そんなものはとらない。
俺がしてるのはあくまで、餌付け。
無能を量産するつもりはない。
表の顔を駆使して、六王塾の簡易版を全校生徒に限らず教員へも施す。
喰いたきゃ働け!
働き方に疑問が残るのなら教えてやる。
これぞ俺が今まで培ってきた実績だ。
腹が満たされたものからサバイバルで生き残る為の技術を教え込む。凛華達も少しは教えていたが、所詮できる奴とできない奴の格差を感じてあまり真面目に打ち込まない。
だが俺はこの学園を自主退学した無能学生として学園内でも有名だ。
最初こそはバカにした態度を見せた生徒もいたが、飯抜きを突きつけたらおとなしくなった。
元気な奴もいたが、真正面から打ち倒したら静かになる。
ダンジョン内なら俺は無敵だが、相手をしてるのは俺の分身。
ダンジョンテイマーの能力は使えるが、肝心のモンスターを持ち合わせていないのがな。
やはり現地調達するしかない。
肝心の魔封じの瓶は入荷待ちとの事。
ミサンガ型マジックバッグを久遠から借りて、例の密造で過食可能の肉を量産した。
皆美味しい美味しいと食べてくれた。
シャワーは学舎が使えるので特に問題なかったが(なぜか水道は繋がっている)
問題はポジティブ精神だな、と御堂さんと連絡を繋げる。
「どうされました?」
「今御堂さんは……」
「とても重要なミッションに赴いております」
電話に出たのは凛華のお母さんである刹那さん。
そんなミッションあったか?
すぐに飛鳥さんが思い浮かび、深くを追求するのはやめた。
ジェネティックスライムは特にどっちの要求が強い。
久遠や寧々がそれらを律せずに来たからな。
本人より随分と欲に弱い印象だった。
「六濃海斗君、いつぞやは悪かった」
教員の一人がくるなり頭を下げた。
誰だったかな? そう思っていると、凛華が補足をしてくれた。
「一学年の時、Fクラスに何度か顔を見せたことがあるそうです」
「ああ、あの時の」
自分でも随分と声のトーンが下がったのがわかる。
あの当時のことは仕方ないでは済まされない。
終わったことだと開き直れるのは、加害者だけだ。
被害者の俺は……まだ許せそうもない。
「あの時は君がここまでビッグになるとは思わず、だから……悪かった! 謝らせて欲しい」
何度も何度も平謝りする。
その姿はなんとも滑稽で。
だが同時にそれはそうする事で許されたいと自分の欲求を満たすだけの行為に見えた。
「顔をあげてください先生」
「許してくれるのか?」
「許すも許さないも、そもそも貴方の独りよがりの謝罪にはなんの意味もないでしょ? もし俺が許したとして、貴方はスッキリするでしょうが、今もなおいじめられてるFクラスの生徒はどう思います? ビッグになった俺が許したからと彼らが許すとでも? だからこの話は誰も得をしないんです。ただ貴方が救われるだけだ。そんなやりとりになんの意味があるのですか?」
「先生、当時の貴方は愚かでした。救われたいのなら謝るよりも先にやることがありますよね?」
俺の言葉を汲んだ凛華が教員に働けとばかりに軍手と採取道具を持たせた。無駄口を叩いてる暇があれば働けと促した。
「言葉よりも働くことで示せと?」
「今ここで教員の貴方が真っ先に動くことで、生徒も自主的に動くと思います。そして俺に許しを乞うのは筋違いです。今もなお虐げられてる生徒に対して行動してください。今の俺はここの生徒ではありません。貴方は生徒を押し退けて自主退学した俺に頭を下げた。下げるなら退学前にして欲しかったですね」
「そうか、そうだな」
トボトボとした足取りで見送るが、結局あの先生は俺に取り入ろうと動いただけだ。今のFクラス生に対して下げる頭は持ち合わせてないようだ。
「あの方は更生できるでしょうか?」
「そこまで俺たちが面倒を見る必要があるか? あの人は立派な大人だ。生徒から教わることなんて本来ないはずなんだ。教える側の人間なんだぞ?」
「あまり突き放しすぎるのも。いえ、出過ぎた発言でした」
少しだけムカムカした気持ちを諌められ、少し反省する。
俺はもうこの学園に対して吹っ切れられていたと思っていた。
けど、全然まだ許せてない。
教員が頭を下げに来てようやくそれが露呈した。
「俺もまだ青いな。もっと心を無にしないと」
「そうやって自分一人で悩まないでください。私達にも頼ってくれていいんですよ?」
凛華に促され、俺はまたやってしまったかと後頭部を掻く。
ずっと一人でやってきた関係上、俺はすぐに自己完結してしまう。
特に彼女には頼りすぎる情けない彼氏を見せたくないというカッコつけがないとも言えない。
「悪かった。じゃあ今度からは凛華に一番に相談するよ」
「そうしてください。私で解決できなかった時は、寧々さんに相談してもいいですか?」
「久遠も混ぜて答えを見つけていこう」
「久遠さんはちょっと」
こらそこ、早速仲間なハズレにしようとするんじゃない。
久遠に相談して解決する悩みはそもそも相談しないだろうことはさておいて。
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