第118話 駒取りゲーム

 凛華との念話が繋がり、ようやく一息ついた。

 しかし妹が未だに戻ってきてないことに兜の緒を締め直す。

 まだ何も終わってないのだ。


 目の前で以前まで敵対しようとしていた戦力を流し見しながら、これに敵対するなんて俺はバカか、若さだけで乗り越えられるわけないだろ! と自重した。

 それくらいに御堂さんの手持ち戦力は規格外だった。


 先のダンジョンブレイクではこれでも追い込まれたと言うのだから、まるで想像できない。

 カマエルのような天使族が特に戦況をひっくり返したと聞くので、まだ油断はできないが、妖精などはモノの数では無かった。


「いやぁ、我が軍は実に快勝じゃないか。暴食の」


「そりゃ一個大隊規模の戦力を各地に送ってれば、まあ」


「それもこれも暴食のおかげであるがな?」


「刹那さんの才能と、御堂さんの才能。そして人望があってこそですよ。俺のは所詮コピーです」


「そのコピー能力がなかなかどうして再現できなかったんだ。僕が人形化して操ってもここまで才能スキルを引き出しきれない。だから彼女達以上の人材を求めた」


 それ故のダンジョンチルドレン計画。

 しかし集めた人材は敵の罠にハマって行方知れず。

 俺たちは切り離された戦力のみで戦いに応じる他なかった。


「それで娘はなんと?」


「外の景色がようやく見慣れたものになったと」


「だが、学園側はまだこちらの世界とはリンクしてない。そうだったな、刹那?」


「はい、旦那様」


「と、言うわけだ。君はこれをどう見る?」


「凛華達を安堵させるためのフェイクでしょうか? それとも発生源であるトリックをこちらが掴みきれてない可能性もあります。嫉妬の処分のほかに、また別のミッションが生えてきましたね」


「僕はこれを敵側の時間稼ぎと見る」


 御堂会長が顎に手を置き、虚空を見つめた。


「時間稼ぎ、ですか?」


「ああ、始まりから色々とおかしかったのさ。なぜ【嫉妬】は大々的にこっちに仕掛けてこない? こんなに秘密裏に動く理由は何処にある? そして動いたとしてもこっちの戦力を削ぐのが目的のように思えた。まるで誰かに指示されていたかのように」


 確かに消極的な印象は感じた。

 でも、なんのために?

 そこで俺も今までの点が繋がっていく感覚を覚える。


「やはり嫉妬は上位序列者の手下だったのでしょうか?」


「そう見るのが妥当だろう。しかし上位序列者の思惑が分からん。殲滅するのに下準備などする必要なんてないからな。もしかしたら攻略するまでに何分以内に攻略できるかタイムアタックでもしたいかのような御膳立てだ」


「まるで遊戯感覚ですね。そんな奴らに俺たちの世界を好きかってされる未来はゴメン被りたいですね」


 自分で言っておきながら、もしそれが本当だとしたらゾッとする。

 だが上位序列者とはそれぐらいこちらの命を軽く見ているのだ。

 御堂さんが大を生かすために小を切り離してきた。

 それぐらいの覚悟を持って臨む相手だ。

 まさか気が弱い相手だなんてことないよな?

 仮にも王が。


 そこでシャスラのお兄さんの案件を思い浮かべる。

 シャリオさんは言っていた、故郷や部下達を取り戻す為に旅立つと。もしかして今俺たちの境遇は、まさにそれと同じことをされているんじゃないのか?


「ここ最近王の力を有しながら手下に降る奴が多くないですか? 知り合ったばかりの契約者に同じようなことがありまして、その契約者は故郷を取り戻しにいくと……偶然ですかね?」


「上位者にとって我々はコレクターのような扱いなのだろう。弱者に強者は意見できない。それがこの序列の圧倒的なルールだ。故に序列維持は絶対に尊守するべきなのだ。弱者を律するためにな」


「これ、もしかして俺たちがターゲットにされてたりなんかは?」


「僕たちに無力さを認めさせると?」


 馬鹿らしい、相手に何の得があってこんな老耄を欲しがると御堂さんは失笑した。

 だが、戦略としてはそうとしか思えない。

 育てた仲間を奪われて、自分の能力の低さを思い知らされる。

 まるでこっちの部下がいかに優秀かを見せつけるかのような目的がはっきり見えている。

 もし部下になれと言われたら?

 それで世界を人質に取られたら?


 俺だったら世界を捨てて敵対できるだろうか?

 自分が死んだところで約束を守るかどうかもわからない相手に……


 冗談じゃない。


「そんな交渉が来ても突っぱねてやりますよ。その為にも……」


「ああ、勝って相手にそんな言葉を吐かせるものか。暴食は引き続き娘との連携でこれを相当せよ」


「俺からの補給なしで日本の戦線維持は大丈夫ですか?」


「誰に物を言っている? こんな日が来るだろうと25年間準備を続けてきた。御堂グループを舐めたことを後悔させてやるわ!」


 そうだった。俺が生まれる前からこの人は戦ってきたんだ。

 そのための戦力が、補給線が、人々の避難先を最優先に確保している。それが御堂グループの総裁であり、凛華のお父さんである御堂明という男だった。


「ならば俺は学校の原因解明にかかりきりになります。オレへの連絡は……」


「これをお持ちください」


 刹那さんから渡された小型受話器。

 

「これは?」


「ダンジョン内でも通じる電話になります」


「随分と古風な見た目ですね?」


「通信と受信以外の機能は持たせてません。要は無線機ですね。受信も通信も、同型機のこちらのみとなります。あと古風ではなく、機能美です。専用のホルダーをおつけしますね? ベルの方はオンオフ出来ません。その代わりボリューム機能をつけてますので、お忍び中はボリュームを小さくしておくことをお勧めします。ボリュームを下げると連動してバイブレーション対応に切り替わります」


 変なところで頑固なのは凛華そっくりだ。

 生みの親というだけはあるな。

 凛華くらいの歳の子供がいる親とは思えないくらいに若々しいが。

 凛華も年老いても若々しくいられるのだろうか?

 と、今はそんなことを考えてる暇はないな。


「何から何までありがとうございます」


「いつも凛華がお世話になってますから。孫の顔を見るまではしっかりサポートしますとも」


 そして気が早い。俺たちはまだ学生の年齢ですよ?

 

「その報告は随分と遅れそうですが、彼女の救出はお任せください!」


「はい、ご無事をお祈りしております」


 刹那さんに頭を下げ、俺は御堂さんの陣を後にした。



 ◇



 学園跡地。

 相変わらず学園がここにあるという実感は湧かない。

 凛華と念話を繋げながら、校門前に来ていることを前提に調査を進めた。


『海斗さんが校門前に来ているですか? 今校門前に人を向けてますが、通行人はいないとの連絡を受けています』


『ならば以前話してくれた久遠の感知した歪な歪みだっけか? そちらをそちらで突いてみて、こっちでも歪みがないかを探してみる。もしもこじ開けることができるのなら、俺が何とかしてみるよ』


『分かりました。それと先程はお聞きにくかったのですが、地上の状況はどのような?』


『圧倒的だよ、君のお父さんの力は。もし仲違いしていたらと思うとゾッとする。鍛えた凛華達でさえ敵わないかもしれない』


『それ程ですか』


『ああ、ジェネティックスライムで擬態させた旧御堂陣営の戦力はその規模だ。飛鳥さん、六花さん、如月さんを含めた一個団体は殲滅戦において最強の布陣だと痛感したよ』


『え、はい。えっ?』


 凛華達にはまだ協力者になったとしか言ってない物な。

 なので協力するにあたって提供したモンスターと御堂さんがそれを使って復活、使役した旧戦力がどれくらいの殲滅力を誇るかを語って聞かせる。


『そうですか……飛鳥お母様が。それでしたらお父様はさぞお喜びしていたことでしょう』


『喜びすぎて一人称まで変わっていたよ。正直出会った時より若々しくてびっくりしたぞ』


『そんなにですか? では次お会いするのを楽しみにしています』


『ああ、その為にも地上とくっつけないとな』


『ええ!』



 ◇



 久遠の感知した歪みは学園の上空にあるらしい。

 流石に上空に停滞するスキルは持ち合わせてないので、その場所に向けてモンスターの入った魔封じの瓶を投げつけた。

 思った通り、モンスターが顕現する。

 今この周辺はダンジョン化しているんだ。

 だからモンスターは肉体の維持が出来ていた。

 中へ侵入させたのは俺を擬態させたジェネティックスライムだ。


 見事侵入出来たかどうかを久遠にチェックさせる。



『海斗さん、今海斗さんが降りてきましたが?』


『やはりその場所が唯一の歪みだな。そこに送り込んだのは俺の使役中のジェネティックスライムだ。俺のスキルと食料をいくつか持たせている。急場凌ぎで悪いが、今はこれくらいしか出来ない。凛華達は皆んなにモンスターであるとバレないように気をつけてくれ。そして寧々や久遠に変なこと言っても気にしないでほしい』


『……私は海斗さんを信じておりますから』


 すっごい冷え切ったトーンの返事が来た。

 大丈夫だよな? これ以上関係が悪い方に転がったら恨むからな?

 と、言いつつも意識を拡張して視界を共有する。

 ある程度の行動は制限できるが、口を突いて出る言葉は制御できないからな。

 そもそもモンスターを操っても言葉を話すモンスターの制御は初めてだ。

 そして制御中はどうしても俺本体の意識が散漫になる。

 学園内と同時に動くとなると、セミオートにせざるを得ないのが難点か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る