第100話 過去との決別

 アイツによって行われる粛正。

 しかし放たれたスキルは俺に届くことはなく、空を切った。


「あん? 何やってんだお前ら。手ぇ抜いてんじゃねぇぞ!」


 アイツはスキルの不発を思い描いたろうが、事実は大きく異なる。

 【暴食】は俺に向けて放たれた攻撃を喰うことができるカウンタースキル。

 カウンターで食った物は眷属召喚の対象には出来ないが、するに値しない技量なので問題ない。


「おかしいですね? どうしたんでしょう。今日は本調子ではないのですか?」


「テメェ、女の前だからって調子くれやがって! 俺が直々に相手してやんよ“エレメンタルブレイク”!!」


 確か精神を追い込むスキルだったか?

 幼少時の俺はこれを食らって死にかけた覚えがある。

 が、今の俺ならば……片手で払うだけで霧散した。


 ただのヒュームだった時の俺なら効果的だったが、俺は王となりハイヒュームへと至った。

 そしてアーケイドシャリオさんとの契約で、ソウルグレード3までの精神攻撃は無効化できるのだ。今更ヒューム如きに遅れをとる俺ではない!


「おい! どういう事だクソガキ! なんで俺のスキルが効きやがらねぇ!?」


「いっぱい努力して対抗手段を獲得しましたからね。もう通用しませんよ?」


「こんクソガキャぁあああああ!」


 カッとなって振るわれるパンチ。

 当たりさえするが、ダメージはない。俺のパッシブ【ダメージ無効A】があるからだ。


「昔と比べて随分と弱いパンチだ。もしかして、弱くなりましたか?」


「あぁん!?」


 恫喝されるも恐怖は感じない。

 ランクAモンスターを見慣れた影響か、彼の威嚇はランクCモンスターの威嚇にさえ劣る。


「チッ、少しばかり強くなったからって調子乗りやがって! 来い!」


 アイツはすぐさま状況の不利を察して人質をとった。

 取られた人質は明海。

 全然怖がってないのが面白い。


『お兄、こいつぶっ飛ばして良い?』


『それは兄ちゃんの仕事だからダメだ』


『ちぇ、じゃあかっこよく助けてよ?』


『まぁ見ていろ』


 明海の喉元に突きつけられたナイフ。

 ダンジョン産なのだろう、金色にゆらめいている。


「ひひ、せっかく助けたのに残念だったなぁ、こいつで形勢逆転だ! どれだけ強くなったって、妹を見殺しには出来ないだろう!?」


 ものすごい大声。

 アドレナリンが過剰分泌しているのか、ここが街中であることを忘れてしまっているようだ。


『寧々、証拠画像撮っておいて』


『もう撮ってるわよ』


『流石』


 凛華だったらこうは行くまい。

 なんだかんだでお嬢様だから、示談金を支払うことで解決に導くだろう。

 お父さんが御堂グループの総帥というのもあるので、権力が凄まじいし、実際やりたい放題だ。

 しかし庶民派の寧々は違う。相手が探索者の場合、一般人は泣き寝入りするほかないのだ。

 だから証拠取りに余念がない。

 その点、久遠は後先考えずに暴力で解決するからな、なるべく頼みたくないのだ。


 さて、状況証拠は揃った。

 まったく怯えてない、棒読みでSOSコールをする妹が大根役者にも程がある点を除けば概ね順調だ。


「そうやって他者の命を脅かす行為を繰り返して、あなたは何がしたいんですか?」


「頭が高けぇんだよ! 妹を助けて欲しかったら這いつくばって土下座でもするんだなぁ!」


『ムックン、処す? 処す?』


 素直に土下座して、その頭を足蹴にされたのがショックだったのか、久遠から念話が飛んできた。


『辞めなさい、今決定的証拠を揃えてるんだから』


『私はもっとスマートに助けても良いと思うんだけど?』


 寧々の言い分はもっともだが、それをしたらしたで面倒なんだ。


『それをして向こうが諦めてくれる可能性は限りなく低い。今後二度と関わらないように完膚なきまで追い詰める。その為にみんなには少し我慢してもらうぞ?』


『海斗さんがそう言うのでしたら。誰かに手回しは?』


『もうしてある。麒麟字さんと左近時さんが近くに来ている。彼女たちにはこの件を検挙してもらうつもりだ』


『もうすでにそこまで手を進めているのですね、お見事です』


『後は言い逃れできないほどの証拠をそろえていくぞ、無知なふりしてな』


『あんまりやりすぎて、マッチポンプみたいに取られても知らないわよ?』


『そこは加減するよ』


 実際、過剰に煽りすぎてるところはあるからな。

 相手は実にノリが良く、俺の策にハマり続けてくれている。


「おい、聞いてんのかクソガキが! 一体誰に楯突いたか身をもって教えてやんよ!」


 ガスッ、ガスッと一般人に振るったらそれなりに致命傷になる威力の蹴りが振るわれる。

 まったくダメージが入らないのが気に食わないのか、暴力行為はよりエスカレートしていく。


 しばらくするとパトカーのサイレンが鳴り響き、一般市民からの報告を受けた警察官が傾れ込んで取り巻きのウロボロスごと俺たちを囲った。何故か伸びて地面に寝ているウロボロス達を確保した後、現在も暴行中の五味総司へと警察手帳を見せつける。


「警察です。これはいったいどう言う事ですか? あなた、探索者でしょう? 一般人に暴力を振るってはいけないと言う法令があるのをご存知ないわけではないのよね?」


「あぁん? 強者が弱者をいたぶって何が悪ぃんだ? こいつは昔から生意気なやつでな。こうやって教育的指導をしてやってるんだよ、なぁ!?」


 振り抜かれた足、土下座姿の俺は土手っ腹にモロにくらって転げ回る。もちろん演技だ。この手の演技で俺は生き抜いてきた。

 相手を気持ち良くさせる演技はちょっとしたものだぞ?


「ヒャハハハ! よく転がるやつだぜ。でも残念だったなぁ? 俺のバッグには御堂がいる。しょっぴいたってすぐにお天道様の元に出てこられるんだぜ?」


「いいえ、お父様は貴方を捨て置くでしょう。もう海斗さんはただの一般人ではないのです。仕掛けるタイミングを見誤りましたね」


「あん? 親不孝モンがヨォ、親の権力にぶら下がって俺にチョーシくれてんじゃねぇぞ!」


 振り抜かれたナイフ。

 しかし凛華はそれを見ずに避ける。


「涼しい風ですこと。もしかして、今私を仰いでくれたんでしょうか?」


「貴様ぁ! こっちには人質がいるんだぞ! 忘れたとは言わせねぇぞ!」


 なお、明海はとっくに抜け出している。暇だったんだな。

 代わりにウロボロスのモヒカンがアイツの手の中に収められていた。


「どちらにせよ、法に楯突くと言うのであれば、こちらも本気を出さざるを得ません。先生!」


 そう言ってパトカーから呼ばれて現れたのは麒麟字さん。

 現役探索者であり、Aランクのトップランカーだ。


「坊や、少し力をつけたからってお痛が過ぎたわね」


「なんで麒麟字プロがこんなところに居やがる!?」


「私だけじゃないわよ」


 麒麟字さんが振り返ると、後部座席から現れたのは左近時さんだ。

 相変わらず似合わないサングラスをして、不審者感を周囲にばら撒いている。


「君かな、我ら探索者の評判を著しく貶めている輩というのは」


「あんたはいったい……」


「私は探索者協会の総本山、そこで総務秘書を務めてる左近時と言うものよ」


「なんでそんな大物がこんな場所に?」


「偶然こちらに用事があってだよ。だと言うのにこんな事件が起きるなんて嘆かわしい。君、ランクは幾つかな?」


「Bだが?」


「ああ、将来有望の君の未来を絶ってしまうのは非常に不本意だが、規約は規約なので悪く思わないでくれよ。それでは芳佳、暴力の執行を許可する。掃討したまえ」


 そう言って、風のように飛び出した麒麟字さんは瞬く間に五味総司とウロボロスの暴漢を始末した。

 そして探索者でも外せない特別な錠前をされ、署に連行される。


「まったく君は、そこまで体を張らなくたってあの程度のチンピラ始末できただろう?」


「それじゃあダメなんですよ。俺はもう一人じゃない、仲間がいると決定づけさせる為にはこれくらいのパフォーマンスは必要だった」


「結果、こちらはチンピラを数名務所に送っただけだが。見返りは何がもらえるのかな?」


 見返りときたか。


「そうですね、昼食を奢りますよ」


「普通の食事じゃ満足できないわよ?」


「もちろん、例のアレで手を打ちましょう」


 モンスター飯にすっかり取り憑かれてしまった両名に、特別な料理を施す約束をしてその場で別れた。

 その後ショッピングのほかに、最近流行りの映画を見たが、どうもつまらない。

 大迫力なアクションという謳い文句だったが、普段から大迫力なアクションには事欠かない俺たちなので仕方ないと言えば仕方ないか。


 しかし俺に向ける嫉妬の視線が凄いこと凄いこと。

 彼女は一人で、ほか二人は友達、そのうち一人は妹と言っても信じてくれないのだろうなぁ。


 食事も一般のデザートでは食指が向かなくなったのか、みんなして俺のバフ料理を求めた。

 それが嬉しいやら悲しいやら。



 ◇◆◇



 刑務所に送られた五味総司は、すぐに父親竹相に連絡を入れるが、怒られてしまった。


「貴様! なんて事をしてくれたんだ。私の立ち回りが全てパアになったのだぞ? どう責任をとってくれる!」


「でも親父、あいつ俺に刃向かってきたんだぜ? 俺としては教育のつもりでさぁ」


「もうあの兄妹のことは忘れろ。御堂グループからもそうお達しだ。昔とは状況が変わってきてるんだ。特に兄の海斗、あいつの影響力は一般人のそれじゃない。御堂グループの総帥が直々にパーティに呼んだ。それがどういうことかわからぬお前じゃないだろう?」


「なんだってあんな奴が!」


「そうやって過去を引きずっているから足を掬われるのだ。お前は当分そこで反省しておけ。ワシは新しい勢力への介入を試みる。御堂からは干されてしまったからな」


 わけがわからない。本当に何がどうなってこんなことになってしまったのか。

 憎い、憎い、憎い。

 いじめられっ子が、俺に殴られて泣いてた小僧が!

 成長して俺の上をあっという間に超えていっちまった。

 なんで俺がこんな惨めな真似をさせられなきゃいけねぇ、こんなの間違ってる!


 そう思う総司の前に、奇妙な黒猫が現れた。


『力が欲しい?』


 総司は幻聴を疑うが、直接頭に響く言葉に縋るように傾倒する。


『じゃあ契約だ。君の嫉妬パワーは光るものがある。ボクとしてもパワーが必要なんだ。君には期待してるよ?』


 契約、それは一瞬にして血を抜かれるようなものであった。

 そして意識を取り戻した時、総司の姿は15歳の頃に戻っていた。

 この姿なら抜け出してもバレない。

 なんせ今の総司は女の子になっていたからだ。


 狡猾的な笑みを湛え、失った相棒の喪失感と、同時に溢れかえる嫉妬心。羞恥心を掻き立てる布面積の少ない衣装、そして邪悪極まりない武装、人の命を刈り取る形の大鎌。

 パープルディザスターの誕生であった。


 なお、変身を解いても総司の性別は一切戻る事はなかった。

 齢21を越えて散々下に見てきた女の体に翻弄される総司。

 彼の受難はまだ始まったばかりであった。

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