第97話 合同訓練③
厳選なる抽選の結果、使役するモンスターは以下の二匹となった。
ジェネティックスライム/ランクA5
【超分裂】【超再生】【形状記憶】【擬態】
アルテマビースト/ランクA9
【通常攻撃反射】【魔法攻撃反射】【脱皮】【食らいつき】
【眷属召喚】
うん、まあどんまい。
特にスライム系が偏った時の安堵感と合体後の絶望感がすごかった。
元になるモンスターが弱くても、合成で化けるのがスライムの特徴だからな。その結果……
「無理無理無理無理!!」
攻撃に転ずる暇もなく逃げ惑う凛華達。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。
なお、俺はまだ本格的に動かしてない。
自由に行動させてるだけなのに、このザマだ。
「寧々さん、出し惜しみなしで全力ガード!」
「やってる! って、この久遠敵の擬態よ、スキルまで真似てくるって一体なんの冗談よ!」
『うちは本物よー』
「もう誰が敵かわからないわね。スライムが雑魚だって考えは今日を持って認識を改めるわ」
大惨事だった。
「がんばれー、これ終わったら肉だぞー」
もう勝てるだけで十分だろ、と俺はステージの端っこで調理を始める。なぜかジェネティックスライムが久遠に擬態して味見しにくるというアクシデントに見舞われたが、それがいいスパイスとなって久遠のやる気に火をつけた。
『美味しいよ、ムックン!』
『ムックン、結婚しよ』
「はいはい」
「そのお肉も、ムックンもうちのものよーー!!」
調理場に突撃をかます本物であろう久遠。
ちゃっかり俺を自分のものにするなと内心でツッコミを入れつつ、調理を続ける。
『海斗、やっぱり凛華と付き合うのやめて、私にしない? いっぱい世話焼くわよ?』
「お前は……偽物だな?」
普段の寧々ならこんなこと言わないし、本物だろう寧々が鬼気迫る顔で肉薄するなり偽物をなます斬りにしていた。
どうやら擬態中のジェネティックスライムは、スキルどころか対象の内心まで読み取って行動するようだ。
「煩悩退散! 海斗、今偽物が言ったことは気にしないで!」
「わかってるよ。本物の寧々は自分の気持ちは内に秘めるもんな?」
「別に、そういうわけじゃないのだけど。変な勘違いしないでくれる?」
己の本心を勝手に打ち明けられたことに怒り心頭の寧々は、もうアルテマビーストよりも自分の分身をいかに始末するかに終始していた。
久遠もまたそうだ。
どっちかといえば本心よりも調理中の肉をつまみ食いにくる個体を減らすことで戦闘終了後の肉を多く自分に持ち越すことを優先するのが先決か。
完璧にジェネティックスライムの術中にハマっていた。
恐ろしやジェネティックスライム。
ブラックドラゴンよりグレードが高いわけである。
対して意外と善戦してるのが【嫉妬】チームのお二方。
ジェネティックスライムに化けられようと、こっちに来ない。
一緒になって何やら騒いで嫉妬パワーを吸収して無力化していた。
集めた嫉妬パワーで自己強化、ランクA9に勝るとも劣らない攻防を繰り広げている。
流石腐ってもAランク探索者。
戦闘は優に5時間かけて、遂にアルテマビーストを撃破。
嫌がらせ特化のジェネティックスライムの方は俺が魔封じの瓶に納めることで戦闘終了とした。
もうね、Aランクグレード9を撃破できた時点で快挙なのだ。
三人ほど内に秘めた思いを俺に暴露されて顔を真っ赤にしてるけど。
「もう、クタクタだわ。本当に疲れた」
用意したテーブルに上半身をぐてーと預ける
「もう、無理。もう戦えない。次もある? ふざけんなっての、こっちにも準備があるのよ! ただでさえミョルニル没収されてんのよ?」
でもそれって通常攻撃ですよね?
アルテマビーストにだったらどっちみち反射させられてただろうから、意味なくね?
「ムックン、さっき敵の分体が言ったことは気にしないで欲しいのよ」
照れ照れしながらもランクB2のホーンバイソン(全高5メートル)を捌いたステーキを口に運ぶ。
先ほどの言葉といえば『結婚しよ』『ムックン大好き』『赤ちゃん何人欲しい?』『うち、いっぱい尽くすよ!』のどれかの事だろう。
「大丈夫だ、俺の中の久遠はそんなはしたないことを口走る女の子じゃないからな」
「ムックン、しゅきぃ♡」
「はいはい、戯言はそのくらいにして飯はいっぱい食っとけよ? スキル回復ドリンクもつけるから。今回は戦闘力というよりも、精神がだいぶやられたっぽいな」
「そこのバカは放っておいて、今回ばかりは本当に苦労したわ」
そりゃランクA9は最高峰だもんな。
アルテマビーストの厄介なところは物理の必殺攻撃しか通用しないところにある。それはまぐれあたりで致命傷になってくれないということだ。そして、今までの俺たちの積み重ねを無視する暴挙。
今回現れてくれたことで打開策が打てるのは成長に大きな起爆剤となってくれた。
「俺もまさか寧々に口説かれるとは思わなかったよ。恋人がいても気にせず奪い取ろうとする。こういうのって略奪愛っていうのか?」
「ばっ、敵の心理攻撃に惑わされるなんてバカじゃないの? それよりお肉ないわよ、さっさと焼いてくれる?」
「へいへい、お嬢様」
「何かムカつくわね、その返し。うちが貧乏だって知っててその皮肉だったらお父さんに言うわよ?」
「おっと、そいつは俺も困る。へい、焼き上がりましたぜ、お嬢様」
「全く反省の色が見えないのだけど……でも美味しいわ。優しい味付けね。これはお母さん直伝?」
「そこに少し俺のアレンジを加えてる。おばさん、ダンジョンに篭れないだろ? だからダンジョン素材をトッピングして味に深みを出してるんだ。ホーンバイソンの肉が普通に美味いのもあるけどな」
「これ、ホーンバイソンなのね……」
一度戦ったことのある相手を思い出すなり苦虫を噛み潰した顔をする寧々。まぁ、見た目グロテスクだもんなあいつ。
体全体から角を生やしたハリネズミのような牛というのが特徴であり、尚且つ巨体。
物理攻撃は当然通じず、物理攻撃の必殺ですら弾きかねない物理殺し。でもお肉は極上で滑らかな口溶け。
そのギャップ差に悶えているのだ。
「食ったら美味かった。もちろんバフもすごいぞ?」
「どんなのか聞かせてもらえる?」
「──そうだなぁ」
寧々と談笑しながら食事の提供をしてると、顔を真っ赤にした凛華が何も言わずに俺の隣に腰掛けた。
今、周囲の女子から逆プロポーズを受けた今、恋人アピールを不器用なりに頑張っているのだ。
「凛華、食べやすいようにサイコロ状にしてやろうか? かぶりつく真似はお前には厳しいだろ?」
「大丈夫です。ダンジョン内で与えられる食事の中では最高級。これをはしたないからと口にしないほど私はお嬢様ではありませんよ?」
「そっか。でも本当に無理だけはしなくていいぞ? 俺も久遠ほどの元気を凛華に求めてるわけじゃないからな」
「はい」
照れながらも配膳されたステーキを自分なりに小さく切って口に運ぶ凛華。やっぱり食事の仕方ひとつとっても家庭が出るよなぁ。それがおかしくも面白い。
「見せつけてくれちゃって、まぁ貴方達は公認カップルだから許されるのでしょうけど。イチャつく時は周囲に気を遣いなさいよね?」
「ごめんなさい、寧々さん。イチャついてるつもりはなかったんですけど。私先にシャワー浴びてきちゃいますね?」
「いってらっしゃい。私はもう少し食べておくわ」
「ごゆっくり」
寧々と俺に見送られ、凛華は出張シャワー室に消えた。
いつまでも出張シャワー室を凝視する寧々に、何かあったのかと尋ねたら、なんでもないわと返された。
どこかそっけなく、そして気のせいか耳まで真っ赤だ。
俺は朴念仁ではないのでなんとなく察した。
そういえばさっきまでそこでデザートをパクついてた久遠の姿が見当たらない。
「そう言えば久遠は?」
「さぁ? トイレにでも篭ってるんじゃない?」
「そっか。まぁ久遠にとっちゃ学園ダンジョンの俺の部屋も勝手知ったる他人の庭みたいなもんだしな」
「下着が何着か紛失してたら素直に被害届出した方がいいわよ?」
「マジか。ここ最近お気に入りの肌着が紛失してるんだよな。まさか久遠が?」
「わからないけど、警戒はしといたほうがいいんじゃないかってこと」
黙々と食事を続ける寧々は何か言いたげに俺を見る。
(本当、無自覚イケメンにも困りものだわ)
なにやらボソボソと何かをこぼす寧々。
俺は聞こえたけど聞こえないふりして次の調理工程に移った。
室内に監視カメラでもつけるかな。
そんな事を考えつつ、全員を集めて第三戦を始めようと促すが、全員からのプレッシャーを感じ取って今回はランクF〜Bに止めた。
流石に上位が出過ぎたのと、次は5体合成なのもある。
食事中の和やかな雰囲気とは相まって、戦闘中より抽選機に白熱する女子達。
ちなみに運悪くジェネティックスライムが再度現れて全滅した事をここに記しておく。
他のランクは低かったんだけどな、休憩中に何をしてたか詳細に教えにきた内容がアレすぎて流石に俺も乾いた笑みを浮かべざるを得なかった。そして本日の訓練が有耶無耶になったのも付け加えておく。
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