第94話 積み重なる嫉妬(麒麟字芳佳)

 私達は海斗君に連れられて、学園ダンジョンにダイブした。

 放課後、まだ自主練に励む学生達を横目に脇目も振らずにダンジョン内へ。


 私とイエローは認識阻害の魔法が使えるけど、海斗君も当たり前の様に使っていた。

 そこはまだいいのだけど、今更Fランクモンスターとの戦いに思わず肩透かしを受けてしまうのは無理もないだろう。


 所詮は学生か。

 そんな風に思っていたのは二階層までだった。

 三階層からは明らかに動きが違うのだ。


「ねぇ、気づいてる?」


 一緒に歩くイエローに尋ねる。

 海斗君が異常なのは知っていた。

 けど、彼の生徒が似た様な異常性を持っているなんて聞いてない。


「これくらい普通じゃない? 私だって、ミョルニルさえあればこれくらいわけないわ」


 違うのよ、そう言う事じゃないのよ。

 この子達、武器はともかくスキルの一切を使わずここまで来てるわ。


 ロンギヌスの御堂勝也の実力は把握している。

 そしてその妹も学生にしてはくらいの噂は回ってきていた。

 けど実際に目にした光景は、学生のそれを凌駕してプロの域にまでたどり着いている。

 その動きは嫉妬してしまうくらいに洗練されていて、そして美しかった。

 これでまだ学生だと言うのだから末恐ろしい。


「だいぶ仕上がってきたな。三階層ぐらいは散歩ついでに来れるんじゃないか?」


 海斗君の声に、御堂凛華は首を横に振る。

 この領域ですら道半ばだと言わんばかりに否定の言葉を紡いだ。


「まだまだですわ。先ほどの判断、横に回避せずに踏み込んで仕留めるべきでした。無駄な疲労の蓄積は一番の大敵です。この中で一番成長が遅いのは私ですから、もっと頑張らないと」


 どう言う事!?

 私はひとまわり以上年下の少女の回答をうまく飲みきれずにいた。

 あの技量でまだ納得行ってないの?

 確かに相手はEランクモンスターの雑魚。

 けど反応から対応力が学生のレベルじゃない。

 既にプロに片足突っ込んでる対応をして見せる。

 これでまだ一年。当時の私と比べたら、十分嫉妬の対象だった。

 

 無論、嫉妬パワーで強化された私と比べるまでもない。

 しかし、嫉妬パワーをトッピングして漸く上回れるというのが味噌だ。相手はとにかく手の内を晒さずに立ち回っている。

 これが如何に凄腕たる証明か、プロである私は突きつけられていた。


 新しいリーダーの登場に。

 かつての晶正さん同様、海斗君も教師としてとんでもないスペックを誇るのだ。

 それでいて本人もまた謙虚。恵まれた才能に選ばれて、こうも謙虚なら伸び代は無限に広がるだろう。妬ましい。ずるい。

 晶正さんから教えを受けておきながら、そのご子息に同様の感情を覚えている私。

 プロフェッショナルなのに、アマチュアに嫉妬する矛盾。

 けど嫉妬してしまうほどに、その関係性は当時を凌駕した。


「だからと言ってあんまり根を詰めすぎるな?」


「はい。決戦までに切り札は温存しておくつもりですもの」


「それも程々でいいって言ってんだ」


 コツンとおでこを叩くと、痛くもないのに痛そうなそぶり。

 どうしてこの子達、遅いくるリザードマンの大群を前にイチャつけるの? 

 と言うか、海斗君の彼女さんはあの子なのね。

 だからか、両親の仇が御堂明かもしれないと聞いた時、大きくたじろぎはしたもののブレなかったのは。

 お互いが既に支え合っているのだ。

 おばさんの出る幕はないと暗に言われてしまったのもよく分かった。

 だからこそ、彼は両親の『復讐』のフレーズに靡かない。

 王として望むと言った彼の横顔に撃ち抜かれたのは、他ならぬ私なのだ。

 あーあ、生まれるのがあと17年遅かったら。

 私は彼の横にいられたのだろうか?

 そんな関係性に嫉妬が募る。これじゃイエローのことを強く否定できないわね。



「ムックン! 敵将取ったよ!」


 そこへ、元気いっぱいの言葉と共に駆けつけたのは妹系褐色少女、名を北谷久遠。彼女の名前は私の元にも届いてきている。

 沖縄で生まれた超新星。今年の学園でトップを取るだろう少女は、御堂明の実験体、ダンジョンチルドレンの被害者だった。

 彼女はもっと他人に冷たいクレバーな少女だと思っていた。

 けど、今の彼女にはそれが見られない。

 彼女もまた、海斗君によって変えられた一人なのだろう。

 天真爛漫、というフレーズの似合う少女へと至っていた。

 しかし持ち帰る成果は変わらない。

 いつ何処でどうやって。それを成し遂げたのかを聞き出したいほどの成果を上げてくる。それが北谷久遠という少女だった。


「ああ、もう。そうやって相手を焚き付けないの、囲まれたら面倒でしょうが!」


「ふっふーん、寧々はこの程度で根を上げる人じゃないって知ってるよ?」


「切り札を切らせるなって話よ」


「ごめーん」


 この中に一人だけ混じる凡人。それが佐咲寧々という少女だった。

 彼女の情報だけは私には一切回ってこない。それくらいのノーマーク。でもこの子は御堂凛華や北谷久遠に余裕でついていく。

 ありえない。本来ならこの場所にそぐわない異物。

 だと言うのに、周囲からの信頼の厚さ。これが彼女の異常性を引き立てる。そんな才能を発掘したのが海斗君なのだと言うことはもう否が応でも理解できる。

 ああ、どうして私は生まれてくる時代を間違えたのか。

 私もあと17年若ければ彼の隣に入れたのに。

 その事実が歯痒くて仕方ない。


「全く……余り私に労力を使わせないで頂戴よ、ね?」


 彼女の才能はルーンナイト。才能はSSRと破格だが、スキル構成はどちらかといえばタンクに偏る。

 もちろんタンクだからと弱いことはない。

 だがこの数をいっぺんに受け持つのは無茶だ。

 だが彼女は一切怯まずに立ち向かう。

 面倒くさそうに、そしてタンクだったら絶対にしない意外な行動。

 重鎧と大盾の武装解除だ。彼女は腰から下げた小剣を抜き放ち、祝詞を紡いで一つの魔法を自身に使った。


「──身体能力上昇フィジカルアップ


 たったそれだけ。だと言うのに彼女は私の目視でも捉えきれぬ動きでリザードマンの大群に躍り出た。

 まるで剣舞だ。彼女が剣を振るうたび、リザードマンが鮮血を上げる。これがタンクの戦い方かと眉を顰める。

 が、実際にうちのタンクがこの様な成長を遂げたら……喉から手が出るほど欲しい。否、全員がスペシャリストの集団『奉天撃』のメンバーに欲しいと思うほどの人材であると彼女を見出したのだ。


「寧々のやつ、また動きに無駄がなくなったな。補助魔法の扱いも上手くなった」


「補助魔法?」


 なるほど、補助魔法の複数行使か。

 それならばあの動きも納得できる。


「フィジカルアップ。要はタンクとしてヘイトを取る際に上昇する筋力、仰け反り無効、反射神経を攻撃に転化した裏技みたいな奴ですよ。彼女は特にそこらへん貪欲でして、守るだけでは飽き足らず、ああやって自分から動くべきの知恵をくれと頼ってきたので、もしかしたらそう言う使い道もあるかもと教えましたね」


 信じられない言葉を聞いた。

 あれは確かに海斗君の教え。でもこのままじゃダメだと言い出したのは彼女自身だと言うのだ。

 タンクでも十分上位に行けると言うのに、彼女は何処までも貪欲に強くなろうとした。だから私は否定する。

 確かにそれは自分の才能を伸ばす行為だ。けれど同時に長所まで削る行為につながるだろう。行き着く先は器用貧乏だ。


「それでも役割を大きく外れるのはあまり良くないわよ? タンクにはタンクの仕事があるんだから」


「そうやって決めつけて、伸び代を潰すのが勿体無いって事ですよ。現に彼女は前線で戦えてます」


「だとしてもよ、彼女がいるからこその戦線維持もあるのでしょう?」


「そこはまぁ、彼女は俺以上に手を抜くのが嫌いな子なので。防御関連の熟練度も凄いですよ? ただ身近に凛華や久遠が居るから負けてられないのでしょうね。俺は彼女のそう言う前向きなところ好きですよ」


「ライバル関係か」


 私にも当時はいた。けれどいつしか私の周りには誰もいなくなっていた。同じ六濃塾の生徒である『奉天撃』メンバーも、私と比べたら取るに足らない。要は根気が足りないのだ。私程、晶正さんを慕うメンバーはいなかった。そのことが悔しくてたまらない。

 あれだけ世話になったのに、強くなったらハイおしまい。

 私は仲間と一緒にいながらも、常に孤独だった。

 だからこそ、海斗君の周りにいる少女たちに嫉妬する。

 ずるいぞ、私も混ぜろと心の奥で慟哭した。


「凄いですよね。彼女の頑張りはこのメンツの中で一番の伸び代を見せてますよ」


「全く、一回使っちゃったじゃない」


 私の嫉妬が募る一方で、当事者の少女佐咲寧々は涼しい顔をしてリザードマンの群れを殲滅してみせた。

 大して汗もかかずに帰還して見せる。なんだろうこの大物感。

 この三人だけ学生の枠から逸脱しているように思えた。

 プロの探索者が唯一勝てるところなんて年季くらいだろう。

 それぐらいの凄みを感じていた。


「イエロー、貴女にミョルニルとトールハンマーを封じてあの子達と同じことができる?」


「……同じことをする必要ってある? 私はやられる前に根源をぶっ潰す派だから」


 片手を振ってイエローヴァイオレンスが答える。

 彼女の魔法は起こりが早い。

 基本的に連射が可能で、使用回数が嫉妬パワーの蓄積の数だけある自家発電型。

 故に常に周囲に嫉妬し、それを発散することで維持している。

 でも彼女のスタイルには大きな欠点があった。


「だとしてもよ、うじゃうじゃ出てくるタイプの敵だった場合、すぐに息切れを起こす貴女と戦力を温存しながら戦う彼女達。一体どれほどの成果を出すかしら?」


「嫌なこと言うわね、レッドオーガ。あんただって無理じゃないの?」


「そうね、試したこともないわ。試す価値もないと切り捨てた未来だから」


 悔いる、悔いる、悔いる。

 強くなることに夢中になりすぎて、無駄を省いた結果が今の私たちだ。

 相手が暴食の契約者で、私達が嫉妬の契約者だから云々ではない。

 彼女達との決定的な差は、努力の方向性にある。

 私達はスキルを突き詰めた。彼女達は更に無駄とも思えるスキル以外の技量を突き詰めている。


「……妬けるわね」


「ええ、今日ばかりはあんたに同意よレッドオーガ。学生のレベルを舐めてたわ」


「だからこそ、彼の訓練内容が楽しみで仕方ない」


 口角が上がっていくのが分かる。

 私は普段押さえているが、イエローヴァイオレンスに勝るとも劣らない程の戦闘狂である。だからか内心のワクワクが顔に出る時があるのだ。


「あんた……その顔」


「顔がどうしたの?」


「赤鬼が顔を覗かせてたわよ?」


「仕方ないわよ、嫉妬してしまうほど、彼女達の境遇を羨ましく思ってしまったんだもの。もし私たちの世代に彼が居たら……そう思ってしまうのよ」


「それを聞いたら大事なお師匠様が草葉の陰で泣くんじゃない?」


 イエローヴァイオレンスには彼のお父さん、六濃晶正さんの事はある程度話してある。なのでその話を出されたら少しだけ弱い。


「そうかも。でもだからこそ、自分にも伸び代があるって分かったら嬉しいじゃない? 私達はまだまだ強くなれるんだって」


「問題はあの子がなんで探索者になれなかったかよね。不思議で仕方ないわ。圧倒的能力者じゃない」


 それなのだ。目に見えての活躍は確かにしてないだろう。

 確かに私達の尊重するステータス、戦闘力、スキルは彼に光るものはない。

 だが目に見えないものが突出しすぎている。

 まるで私達の積み上げてきた実績に不備があると言いたげに、彼の能力は異質だった。


「私の方からも探りは入れてるのよ。だけどおかしいくらいボロを出さない。まるで示し合わせて口裏を合わせてる様にね」


「そうなのね。表の地位をあげすぎた結果かしら?」


「かもしれないわね」


 この話はここでおしまい。捜査は迷宮入り。

 表の立場が高ければ高いほど、示し合わせた様に口裏を合わせる秘密が学園にはある。

 その裏を探し切れずにいるのが現状。

 歯痒くて仕方ないと言う現実に、だからこそイエローの返答に戸惑った。


「いっそ潜入しない? この姿で、生徒として」


 そこにあったのは意地の悪い顔。


「正気?」


 呆気に取られるのも無理はあるまい。私たちのこの姿は、全盛期の若々しさあふれる姿形だ。

 だからと言って表の職務を放っぽって学園に潜入しようと言う大胆な発想に二の句が告げずにいる。


「考えてもみなさい。立場があるから隠されたのなら、ピュアなこっちの姿でならいけるんじゃない? そんで弟子入りでもなんでもすればいい。こっちの私達は自由なんだから。その為の魔法でしょ?」


 意地悪く、にぃと笑うイエローヴァイオレンス。

 確かにそうではある。

 けれどだからと言って表の職務を滞納するのは気が引ける。

 そっちは秘書という大事なポジション。こっちは探索者の未来を引っ張る重要な立場である。


「別にあんたが無理でも、私だけでも潜入するけど?」


「いやいやいや、無理でしょ。魔法を使わなくったって、嫉妬パワーの補充はどうすんのよ」


「むしろ後ろ暗い情報を隠す場所よ? それこど嫉妬の坩堝じゃない? そこら辺で補填しまくりよ。早速休暇届申請しなくちゃ。面白くなってきたー!」


 体全身で楽しもうという気概を見せるイエローヴァイオレンス。

 本当に後先を考えない子だ。

 17年前から変わらず、それでいて直感の鋭さに舌を巻く。

 そうだ、表の立場が抵触するのなら、それを捨て去ればいい。

 きっと彼女の作戦はうまくいく。

 ただ一つ、恥を捨て去ればの話だ。

 今の今まで、私がこの姿を誰にも見せたくなかったのは、表とのあまりのギャップに肝を冷やし続けてきた点にある。


「……少し考えさせて」


「そうやって足踏みしてる間に私は先のステージに行ってるから!」


「〜〜〜、分かったわよ! 一緒に潜入するわ。いつからにする?」


「ちょうど三ヶ月後に入学式があるわ。そのタイミングで同時に。情報にやり取りは念話でどう? 向こうに情報を引き渡すかどうかは内容次第ね。もしかしたらこっちの不足してる伸び代とやらを教えてくれるかもしれないわよー?」


「ぐぬぬ……」


 いつからだろう、私はこんな風に誰かに対して意固地になってしまったのは。

 

 いつからだろう、私がこれほど他人に嫉妬をする様になったのは。


 分かっている。最初からだ。


 私達はその素質を買われて契約を結んだのだ。

 嫉妬の王エンヴィと。


「それより、そろそろ駆け足しないとあの子達に置いていかれるわよ?」


 イエローに促されて、ようやく彼らの歩みから遅れ出している事実に気がついた。

 ゆっくりとした歩みに見えて、その一挙手一投足に澱みがない。

 まるで通い慣れた庭の様な歩み。

 迷いのない足運びに焦りを覚える。


「お二人ともー、置いていきますよー!」


 間延びした海斗君の声に釣られ、私達は足に力を込めて距離を縮めるのだった。

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