第87話 【嫉妬】の計画
軽い運動をしていたら、荒牧さんから手を抜きすぎじゃ無いのかと聞かれた。確かに手は抜いた。
でも探索者でもない俺が、いきなり探索者の本部で実力を出しすぎてもアレでしょ?
「まぁ六濃君の言わんとする事もわからんでもない。しかしそれだとワシからの紹介が……」
せっかく紹介をしたんだからもっとバーンと活躍して欲しかったらしい。そこへキリッとした少女が俺たちの会話に切り込んでくる。
「荒牧さん!」
「おお、美波君か」
「はい、お久しぶりです。学園以来ですね」
なにやらお知り合いらしいようで、すっかり俺は置いてけぼり。
俺は自主退学した身なので周王学園の昇格制度の仕組みは存じ上げないが、三年生は年明けと同時に卒業するものなのだろうか?
それともそれくらいの成績優秀者だからこそのヘッドハンティング? 普通の学校なら、4月に卒業が普通だが、どうやらこの学園には俺の知らない仕掛けが多そうだ。
今度凛華に聞いてみよう。 いや、別に復学したいわけではないんだが、卒業性や在校生を俺の企画で受け持つ可能性があるからな。中身も知らずに元学園生アピールは舐められる、という心配だ。
と、言うか。
荒牧さんに絡んできた女性、気持ちが弾んでいるのか俺が見えてないのか?
荒牧さんも彼女の推しの強さに少し困った顔だった。
彼がこのようにタジタジにさせられる場面、アロンダイト以外じゃ初めてだ。
余計な世話だと思うが、助け舟を出してみる。
「荒牧さん、そちらの方は?」
「おお、彼女は月代美波君。ワシが学園時代にそばに置いていた子だな。ワシと同じく統率系の才能を持っておってな。卒業までは一緒に行動してたが、ワシがアロンダイトに決めてからは離れ離れになってしまったんじゃ。こうして会うのは久しぶりで、ついつい話に夢中になってしまったわ。それと助かった」
やっぱり彼女の猛烈アタックに困っていたか。
しかしお相手は俺に対して間男に向ける視線をキッと向けてくる。
これは嫌われてしまったかな?
「月代です」
特によろしくするつもりもないのか、頭を下げるもすぐに俺から興味を失ったかの様に荒牧さんへと向き直る。
どうやら俺のことが相当に気に食わない様だ。
「どうも俺は邪魔者みたいですね。少しビル内を歩いてきます。荒牧さんは彼女と久しぶりの時間を過ごしてくださいよ」
「いや、ワシは六濃君の案内をしにここにきたんだが? 月代君、君らしくないぞ? こんな強引な手は」
「MNOさんもそう仰ってますし、ここは私とお茶をしませんか?」
「しかしだな……」
腕を取る月代さんは「ようやく手に入れた……」と心ここに在らずと言った顔で安堵する。そんな彼女を一人にはさせられないと荒牧さんも仕方がないなと後頭部をかいた。
「悪いな、六濃君。ワシは急用ができたしまったようじゃ」
「また後でお話ししましょう。ではここから先は自由行動ということで」
「ああ」
そう言って荒牧さんと別れる。
内心ホッとする自分がいる。
だってあの人、横に並ぶとやたらお尻触ってくるんだぜ?
いつ襲われるか気が気じゃないので別行動に関しては万々歳だ。
ナイス月代さん、と思わずサムズアップしたくらいである。
二人を見送った後、ビル内を
しっかし、貝塚さんの恋路は前途多難だな。
相手が荒牧さんだとはまだ決まってないが、あの態度から察するに荒牧さんで確定だろう。
しかしあの人はそっちの趣味かと思ったら意外と女子からモテるのが驚きだ。
いや、学園の首席だって言ってたし実力主義の学園なら引く手数多なのも頷けるか。
大阪の犬飼さんやら沖縄の久遠、東京の凛華と並べてみるとそこまで凄いのか? と思ってしまうが。
そう思ってしまうのは俺の中の『凄い』の基準がAランク探索者の上位者に偏るからかな?
どうも勝也さんや恭弥さん、麒麟字さんと比べてしまって『普通』と感じてしまうのだ。
ここ最近目にしてきた人達が凄すぎたのも原因で、荒牧さんクラスなら微笑ましく感じてしまう。
会場を抜けてウォーミングアップに何回かゲームを遊ぶ。
しかしどれだけスコアを取っても、1位の壁は分厚かった。
プロが本腰を入れたスコアを早々抜けるとは思わないが、どうしたものかと物思いに耽っていると……
「おや、MNO君、おひとり様かい?」
「あ、瀬尾プロ」
瀬尾さんとばったり出会う。
さっき別れた時とは違い、今は何かの書類を手に持っていた。
じっと見ていたのもあって、書類を持ち上げて聞いてくる。
「これかい? 実は今から君を雇う際のサポーター組との打ち合わせを捩じ込んでね。暇だったら一緒にくるかい?」
「良いんですか?」
「良いも何も、こっちが誘ってるんだけど?」
「そうでした。ではお世話になります」
「よし。では行こうか」
案内された教室は、階段を少し登った先にあった。
集まっていたメンバーは少し年上のお姉さん方。
若くても20代。最年長は俺たちの両親と同年代の40代と幅広かった。
「傾聴、今日はあのロンギヌスから出張してきた六濃プロが私達にサポーターのなんたるかを教えにきてくれたよ。彼はなんとこの若さでAランクダンジョンに二回も一緒に同行し、最下層まで行って帰ってきた実績がある。若いからと侮らない様に」
なにやら大仰な歓迎ぶりに、部屋の端っこで小さく恐縮する。
「君の功績は何よりも秋津君から聞いているからね。彼もそこそこ出来る奴だけど、君はその上をいくのだろう? 期待させてもらうよ。もちろんゲームの腕だって負けやしないから」
「ゲームの腕ですか?」
サポートメンバーの一人が挙手をして質問した。
「そ、彼はサポーターでありながらダンジョンエクスプローラーにおいてもハイスコアラーでね。うっかり私のスコアも抜かれそうだったのをさっき本気を出して盤石のものにしてきたんだ。私の立場ですら危ういと思われるテクニック。みんなも是非参考にしてくれ」
「マスタークラスの腕前なんですか!? でもサポーター?」
「俺の才能は戦闘力が全くないタイプですので。ダンジョンエクスプローラーでこそ活躍できますが、実際にはそこまで強くないんですよ。あ、でもTPを稼ぐ上では何ら困ってませんのでお気遣いなく」
「なるほど、だからマスターが私たちの元に寄越してくれたのね」
「改めて、六王海斗です。普段はサポーター兼ワーカーとして働いてますが、今度事業を立ち上げてノウハウを教えようかと塾を開くつもりです。皆さんの様な一般的にはハズレと呼ばれる才能や、全く才能を持ち得ない一般人へダンジョン内での立ち回りを教える予定です。本日はよろしくお願いします」
「まぁ、まだうちの娘くらいの年なのにしっかりしてるわね。ご両親の教育の賜物かしら?」
「どうでしょう? うちの両親はダンジョンブレイクで死んだと聞かされています。以降は親戚に預けられて、それでもなんとかやってきました。皆さんから見たら俺はまだ子供ですが、それでもここに立つ以上は講師としての責務を果たすつもりです」
「あ、ごめんなさい。私ったら……聞いてはいけない事を聞いてしまったようだわ。そうよね、その年でそれほどの功績。持って生まれた才能だけではない。努力の賜物なのね」
「そう取っていただければ恐縮です。まだ会社の立ち上げも準備中ですが、この機会を無駄にしないように邁進していこうと思ってます。これ、お近づきの印です。どうぞ受け取ってください」
例の名刺と粗品を渡す。
名刺は掲示板へのアクセスキー付きのモノ。
粗品はモンスター肉を加工した食品類だ。今回は日持ち前提で持ってきたスライムプリン。プリンの口溶けと味を追求した逸品である。仲間内の女子からの評価は高く、素材もお手頃なのでオススメする。
材料を聞いたら皆驚いていたが、口にして味と効果を知ったらみんな知りたがった。食いつきは良好。
効果は腹持ちの良さと肌荒れの解消だ。ステータス的なものが伸びないが、寧々からは普段戦闘続きで肌荒れを気にしてたので特に好評だった。コラーゲンが多く含まれてるんだと。よくわからないが、女子にはこれを渡しておけば間違いないらしい。
「モンスターのドロップ素材を使った料理だなんて初めて食べるけど……美味しいのね。びっくりしちゃった。これがあのコアって!?」
「ええ、これなら連戦後の小休止に提供しても良さそう。レシピも簡単だし、今度私たちで作って見ない? 今までこんな素材を見落としてたなんてね。なんだか急にもったいなく思えてきちゃった」
「ほんとよねー」
女子たちの和気藹々とした声が聞こえる。
チーム仲は良さそうだ。
「実はモンスター肉を作ったレシピもあるんですが、皆さん興味あります?」
「お肉!? でもモンスターって倒すと消えるわよね?」
食いついたのは主婦歴の長い桶井美和さん(42)
彼女は子育てが終わって小遣い稼ぎに探索者業に舞い戻ったのだという。モンスター肉と聞いて興味を示すが、すぐにダンジョンの仕掛けについて思い出した。
云々と頷くメンバー達へ、実際に仕入れて味付けした肉を取り出す。
「私としてはマジックバッグを当たり前のように扱う君のことがとても気になるな」
教室の壁に背を預ける瀬尾さんが、モンスター肉よりも肉の保管庫の方に興味を持った。
「先ほど言いましたよ? お金には困っていないと」
敢えて購入したと促せば、実に良い反応をくれる。
「聞いたよ。でもそのレベルでお金を稼いでるなんて思っても見ないじゃない?」
「どう捉えてもらっても結構ですよ。それより授業を続けても?」
「うん、足止めしてごめんね。今後私のことは気にしなくて良いから」
そう言われたので気にせず手料理を振る舞った。
どこかで猫の鳴き声が聞こえた気がした。
しかしサポーターメンバーからはここはペット禁止で持ち込みも許可されてないそうだ。
気のせいかな? そんな事を思いながら調理を続ける。
◇◆◇◆
『にゃあん(訳:どうして、こんなところに【暴食】がいるにゃ!? 話が違うにゃ。この世界には権能持ちが一人しかいないから楽勝だって言ってたのに……)』
彼を教室に案内をして、少し離れて壁に背を預けていると、猫型マスコットのエンヴィから驚きの声が上がる。
『あの子が暴食……打倒すべき大悪魔の一柱だというの?」
私、瀬尾真緒(32)は17年前エンヴィと出会って正義の執行者の力を手に入れていた。
当時日曜朝八時の女児向けアニメにのめり込んでいた私に舞い降りた幸運。
しかし少しだけ変わっていたのは周囲の嫉妬心をエネルギーに変換すると言うものだった。
エンヴィ曰く、女子の嫉妬心を吸収して世の中から不満を払拭するのが目的だとか。
よくわからないけど、それで叶わぬ恋に縛られてる子を解放すると言う意味では良い力なのかもしれない。
その力で私は何にもの叶わぬ恋を忘れらせることに成功していた。
私はモンスター蔓延る世界で、魔法の力で活躍していった。
しかし戦っていくうちに、敵の目的がわかってくる。
それは人間界にやってきた大悪魔が人間と契約して恐怖を植え付けて回っているのだと言う。
どうりで世の中がおかしくなってきているわけだ。
私はその悪を倒すために嫉妬パワーをより効率よく回収するギルドを起業した。
魔法パワーは探索者の才能と似ているため、表向きは探索者として振る舞う私。アロンダイトは隠れ蓑として十分に役立ってくれていた。
しかし事の真相に近づくたびに現れる強敵達。
謎の仮面の女幹部、子供を攫ってモンスター化させようとする実験をいくつか止めたりしたものだ。
だが、強敵を打ち破るたびに己のパワー不足を痛感していた。
周囲から吸収できる小さな嫉妬パワーでは間に合わなくなってきたのだ。
なので一箇所に集めてまとめて回収するため、アロンダイトの基準に達しない、とりわけ落ちこぼれの探索者を迎え入れた。
思惑通り、私のパワーアップは成功した。
しかしここにきて大悪魔の一柱が直接乗り込んでくるとは!
『にゃあ(訳:そうにゃ、でもこっちの目的にはまだ気づいてないみたいにゃ。あいつは別に放っておいても良いにゃよ。そこまで交戦的じゃない奴だからにゃ)』
『でも、こちらに気づかなくとも敵に回る可能性もあるのでしょ? 倒すなら早いほうが良くない?』
『にゃー(訳:まだ真緒が倒せるレベルじゃないにゃ。争えば負けるのはこっちにゃよ? それでもやるのかにゃ)』
そのレベルなの、探索者でもないサポーターが?
秋津君も嘘をつく性格ではない。しかし多少話を盛るくらいのことはする。特に自分のギルドの関係者だ。多少盛ったくらいの気持ちで受け止めていたけど、実は全部本当のことだとでも言うの?
『エンヴィ、仮にこちらから手を出さなくても向こうから興味を持たれた場合はどうするべきかしら?』
『にゃ(訳:仲間に協力を煽った方が得策にゃ。レッドオーガ、ブルーオーシャン、イエローバイオレンス、そして真緒、グリーンパニッシュ全員が揃ってようやく闘いになる相手にゃ。向こうから話を提示されても、話だけ合わせて仲間に連絡する方が良いにゃ)』
それも確かにそうね。
レッドオーガ、三重の麒麟字芳佳。ブルーオーシャン、沖縄の我那覇英美里。イエローバイオレンス、鳥取の左近時美奈。
そして私。この四人が大悪魔に対抗する地球の最大戦力だ。
もう全員が魔法少女と呼べる年齢ではないけれど……敵が強大すぎて未だに倒しきれないのだから仕方ない。
『エンヴィ、他に適性のありそうな子は居ないの? 無理を言ってる事はわかってる。けど、ここで新たな敵が出てきたとなれば私達だけではとてもじゃないが厳しいわ』
『にゃん(訳:その事なんだけどにゃ、僕も真緒達に分けたパワーを回収しきれてないのにゃ)』
パワーとは嫉妬パワーの事だ。エンヴィはその力を使って、私たちと一体化して頭の中に住み着くことで契約した。
この念話も、仲間内との連絡手段に用いられる。
今全員に情報を提供したらやっぱり戦慄してた。
新たな敵の登場に、全員が固唾を飲んだのである。
『そう……確かに厄介な能力を持ってそうね。仲間に引き込むことはできそうかしら?』
『にゃふ(訳:向こうにも事情があるかもにゃ。今は様子を見る方が良いと思うにゃよ)』
『そうね、今は様子見しましょ……MNO君、君は一体何者なの?』
私はサポートメンバーに講習を授ける彼を見ながら、今後どの様に立ち回るかを考えた。
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