第85話 【強欲】は慮る

「父さん、もうこんな無益なことなんて辞めよう! 凛華だって強くなっている。これ以上ダンジョンチルドレンを増やしたって、世間から糾弾されるだけだ!」


「それはお前が気にする事ではない。話はそれだけか?」


 久しぶりに話がしたい。そう息子から連絡を受けた。

 正直今更語り合う事はない。

 私の理想をあいつは頑なに否定するからだ。


 いつだって世間体を気にして、その先を見ようとしない。

 世界をかけた戦いを、心のどこかで見下していた。

 仮初の平穏を享受したツケが子供達からの信頼を極端に下げたのが原因か。

 私は親でありながら、いい父親を演じる事はできずにいた。


 『強欲』め、私から家族まで奪うか。

 望んで手に入れた力に、こうまで振り回されるとは滑稽極まりない。しかし今更後戻りなどできないのだ。

 決戦はすぐ目前まで迫っている。今停めたところで、誰が得をする?

 それとも私が救われたがってるのを察しての物言いか?

 

 どちらにせよ遅すぎる。


 私の使命を背負う気概も見せぬ癖して綺麗事ばかり並べる口を信用できずにいた。私の強欲は、子供の夢見事すら飲み込もうとしている。これでは親失格だなとわかってはいるが……


「違う、本命は別だ。うちのギルドに新しくワーカーを雇ったんだ。そいつさ、才能が無いくせにモンスターを倒せるんだ。親父は一般人にはモンスターは倒せないって言ってただろ?」


「ああ」


 だからどうした。

 確かに今の低ランクのモンスターなら一般人でも倒せるだろう。

 確かに一般人がモンスターを倒せたのは偉業だが、そいつが凄いだけで誰でもできるわけでは無い。

 いつの世もたった一人の飛び抜けた才能が上に立つものだ。

 当時の彼のように。


「親父はさ、その一般人が学園のダンジョンを踏破したと聞いたらそいつを信じられるか?」


「ダンジョンの踏破? 流石にそいつは無理だろう。その時点で才能が覚醒しているものだ。お前に隠し事をしてるんじゃないのか?」


「そうだな、そいつは才能を持っていた」


「やはり」


「でもさ、そいつ自身はただのガキだ。手に入れた才能はダンジョンテイマー。討伐したモンスターを使役することができるだけの才能だ。正直そんな才能だけで踏破したなんて俺には信じられなかった」


「待て、ダンジョンテイマーだと!?」


 息子から出てきた言葉に目を見張る。

 その才能はあの男が且つて手に入れて以降、一切表に出てこなかった才能だ。


「知っているのか?」


「私の親友が同じスキルを持っていた。だが、ダンジョンを踏破出来るほどのスペックはないぞ?」


 彼も、晶正も持ってはいたが扱いこなせていなかった。

 それを使って踏破したと?

 どこまで眉唾かわかったものでは無いが、非常に興味を引いた。


「そいつの名は何という?」


「六濃海斗」


「六濃……そうか、彼の息子が引き継いだか。しかしどうして今になって紹介しようと?」


 もしその少年が晶正の息子だとしたら、妹は被験体として借金漬けにしている。少年にとって私は仇だ。

 まさか晶正失踪の件で私にたどり着いた?

 それを確認する為に愚息を使って引き合わせようと?

 考えすぎか。


 愚息が私の計画の妨害をしてる事はすでに露見している。

 獅童の手の者が裏を掴んでこちらに回してくれているからな。

 件のクリスマスの襲撃者も愚息繋がりだろう。


 しかし静香をして撤退を余儀なくさせた手腕。

 ダンジョンテイマーだとしてもあの数の軍勢を率いるのは無理だろう。晶正は同時に3体までしか使役できなかった。

 そもそもダンジョンテイマーが非力すぎるのだ。


 だが、愚息の言い分も気になる。

 もし踏破したのが事実なら?

 晶正の息子はBランク相当のモンスターを使役できると言う事だ。


 静香が今更Bランクに遅れを取る?

 ありえない。

 もし運良くテイムできたとしても、静香は戦闘においてはスペシャリスト。Aランクモンスターが襲ってきても対処する生粋の化け物だ。

 だから愚息の言葉を話半分で聞く。

 晶正の息子とクリスマスの襲撃者は別物だ。

 しかしそれが同一存在だった場合は、考えを改める必要が出てくる。

 六濃晶正。貴方はどこまで私を苦しませる気だ。


 

「実は妹が……凛華がさ、その海斗に惚れてるらしいんだ」


「あら」


 同席して話を聞いていた刹那が頬に手を置く。

 獅童の箱入り娘である彼女は凛華の生みの親。

 娘が恋をしていると聞いて喜色の声をあげた。

 しかし同時に私は苛立たしげにテーブルを叩いた。


「ならん!」


 凛華は私の大切な娘であると同時に、飛鳥に一番近い被験体。

 それまで奪われてなるものか、と逆上する。


「俺だって、許せない! でも凛華は本気だ。兄貴としては応援してやりたい。親父にとっては凛華は戦力だろうが、あいつだって年頃の女だ」


「だからなんだ! あの子にいくら金を注いで育てたと思っている?! 確かに一学年でそれなりにいい成績を収めただろう、だが飛鳥の能力に比べたらまだまだだ!」


「父さんは! そうやって自分の過失で失った人をいつまでも引っ張りすぎなんだよ!」


「なん、だと……?」


 愚息の言葉は、私の逆鱗を大きく逆立たせる。

 なぜあの場にいなかった者にそんな事を言われなきゃならないのだ。あの地獄を知らない者に、彼女の高潔さを知らない者に、彼女の何がわかる!


「勝也さん、流石にそれは私も聞き捨てなりませんよ? 明さんに謝りなさい。飛鳥さんは明さんの婚約者だったのです。お互いに尊重しあってた大切な仲間。私だってお慕いしていたわ」


「だってそうじゃないか! 飛鳥母さんはもう居ないんだ! 静香母さんをもっと大事にしてやれよ! 父さんは……飛鳥母さん以外を蔑ろにしすぎる。俺にとっての母さんは、静香母さんだ。俺は、自分で思ってる以上にガキだってわかってるよ。でもさ、だからこそ言いたい事もある。こんな事、飛鳥母さんは望んでたのか? 俺は飛鳥母さんに直接会った事はない。でも父さんから聞かされた話での母さんはすごく立派な志を持つ人だった。そんな人が、こんな事を望むのかよ!」


「黙れ!」


 思わずテーブルを強く打ち付ける。

 分かってる。飛鳥がそんな事を望んじゃいないなんて事は。

 だが、だからこそそれ以上の戦力が必要なんだ。

 私が操る飛鳥では、当時の力の1/10も引き出せない。

 わかっているからこそ数が必要なんだ。


「海斗はさ、きっと父さんの力になる。俺はそう確信してるんだ。だから一回だけでもいい。会って話をしてくれないか? 頭ごなしに否定するのなら誰にだって出来る。俺は、自分でなんでも背負いこむ父さんを見てられないんだ!」


 愚息は、いつのまにか私に意見を述べられるほどに成長していたのか? まだまだよちよち歩きの子供だと思っていたのに。

 そうか、あの戦いから25年も経つのか。

 私も歳を取るわけだ。


 自分だけでなんでも『強欲』に背負い込み、すっかり自分勝手になってしまったが、私は周りを見る事すら忘れていたのだ。

 実の息子に言われて、少しだけ余裕が生まれた。

 ソファに背を沈み込ませて、深く深呼吸する。

 

 前回のダンジョンブレイクを知らない世代も増えてきた。

 代替わりしろと、そう言われたのか。私は。

 まだ実力の共わぬ息子に。

 なんとも口惜しいが、私は少しばかり正気に戻っていた。


「わかった。会うだけは会おう。期日はこちらで指定する」


「本当か!?」


「だが、私の目に叶わなかったら、その時は諦めろ」


「勿論だぜ! きっと父さんも気にいると思う。なんたってあいつは学園を自主退学してワーカーとして活動してるが、三重のAランクダンジョンに行って帰ってきた男だからな!」


 待て、今なんて言った?

 三重のAランクダンジョン?

 しかも最下層まで行っただと!?

 あそこには異界からのモンスターを封印していた封印指定地域。

 しかも五体満足で帰ってきてる?


 つまり王の権能を手に入れた可能性があるのか。

 それなら確かに私の手伝いをする事は可能だな。

 いや、だが晶正でさえ扱いに困った権能だ。

 それに支配されて私は手を出さざるを得なかった。


 私も絶賛『強欲』に振り回されていると言うのに、その息子は制御しているとでも言うのか?

 だとしたら私以上の……いや、それは考えすぎだな。

 それはそうと、話を終えてそのまま立ち去ろうとする息子へと釘を刺しておく。


「それと勝也、まさか私に一方的に話しを持ってきて終わりというわけではあるまい?」


「うっ、なんか俺に用があるのかよ? ダンジョンチルドレン以外に興味のない父さんが」


「刹那。アレを持ってきてやれ」


「アレですね? 今持ってまいります」


「刹那母さんまで一体なんだよ。俺に要件なんて」


 奥の部屋から抱えるほどの冊子を持ってきた刹那は、テーブルの上にどさどさと置いた。

 そのあまりの数に狼狽える勝也。


「いま、お前にこれだけ見合いの話が来ている。そろそろ身を固めたらどうだ?」


「ぐっ、そいつが交換条件か! 俺の子供が狙いか!?」


「娘が産まれたなら、勿論ダンジョンチルドレンの実験に協力してもらうぞ? まだまだ数が足りないんだ」


「飛鳥母さんが天国で泣いてるぜ?」


「どうせ私は地獄に落ちる運命だ。私一人だけ悪者になれば全て丸く治るのなら安いものだろう? もし次の戦いで死んだとしても、後継者がいてくれる分、私は気が楽だな。もう自分一人で背負う必要は無くなったのだから」


「海斗が後継者になると?」


「まだ会うまでは分からんさ。でも、私と同じ王の資質を得ているのならば、私は彼に凛華を託してもいいと思っている」


「父さん……変わったな」


「私は何も変わってないさ。ただ、ずっと選択肢を間違え続けた後悔に縛られ続けた。果たしてこの結末は自分が望んだモノなのか? 無論望んだモノではなかったが、もう後戻りできない立ち位置にいる。私は恨みを買い過ぎた。お前は、そうなってくれるな?」


「ダンジョンチルドレン計画以外に手はないのか?」


「どうだろうな? すぐに思いつかない。今更何をしたところでもう時間がないんだ。近い将来、来年ぐらいには第二次ダンジョンブレイクが来る。そこで負けたら、私たちは全てを失う」


「ただ死ぬだけじゃないのか?」


「私は死ぬのが怖くてこんな事をしてると思うか?」


 勝也が首を横に振る。

 息子には何も話してない。話したところで荒唐無稽すぎる内容について来れないからだ。


「私が死ねば、全てが終わる。これは大袈裟に言っているのではない、全て事実だ。私の力が消えれば、ダンジョンチルドレン計画は終わるだろう。だが同時に、探索者優遇時代も終わる。アレらは私が著名人を洗脳してそう促しているだけだからだ。もしその洗脳が解けた時、才能未覚醒者は揃って石を投げるぞ? 我々を化け物として糾弾するだろう。人間とは自分と違うスペックを持つものを恐れるものだ。そこに一切の悪気はなく、年齢に関わらず思想に染まる。あいつは悪いやつだ。それを信じた周囲の行動はエスカレートしていく。その人にとって自分が正しいと思い込んでいるからだ。我々才能覚醒者は、日夜一般人との戦いに明け暮れている。敵はモンスターだけではないのだ」


「かつてそうされたことがあるのか?」


「あったとも。私達はモンスターと同類扱いされたよ。家に落書きされて、家族がイジメにあった。世界を救ったのに、救った人々から後ろ指を刺された。まだモンスターの脅威は去ってないのに、もう平和だから探索者は必要ないと自害するように促した。政治的判断だからと民衆がこれ幸いと法に訴えて私達を追い詰めた」


「そんな……じゃあ父さんは探索者を、俺達を守る為に?」


「無論だ。私は家族を守る為に行動している。一般人という原始人から身を守る為にな。私の継承した権能のお陰で多少の綻びが生まれてしまっているが、概ねそれらは機能している。同時に見過ごせない事が起こり続けているのも事実だ。私の力は、私を持ってしても制御しきれずにいる」


「じゃあ父さんが死んだらダメじゃないか!」


 こいつは、こんなろくでなしな父親に死ぬな、とそう言ってくれているのか?

 親らしい事一つしてやったこともないというのに。


 私は今までどれだけ独りよがりだったのだ。

 家族すら信じず、家族を守ろうだのとどの口が言うのだろうな。

 思わず自嘲する。


「だが、お前曰く私のやり方は間違っているのだろう? 私はもうどうしようもないくらい罪を犯してしまっている。死ぬことで罪が贖えるとは思わないが、死んだ後のことを考えたら血反吐を吐いてでも生き足掻くだろう」


「だからさ、海斗が。父さんの後継人だったらいいなって思ってるんだ。俺じゃ父さんの後を継げない。それは自覚してる」


「そうありたいモノだ。だが、彼が感情に流される人間なら、私達は違う道を歩むことになるだろう」


 かつての晶正と同じように。

 出来ればそうならないように願うばかりだ。

 そんな願いすら烏滸がましい事だろうが。

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