第43話 ウロボロス再び

 久遠を学園に送り出してから数日後。

 俺は勝也さんに呼び出されていた。


「妹のこと、久遠のこと、何から何まで世話になった」


 改めてお礼を言われると少し照れてしまう。


「そして情報を表に出さない為の契約としてワーカーとして扱うことになって本当にすまないと思ってる」


「いえ、いいんですよ。俺も好きでやったことです。それに、実の妹が苦しんでいたのをずっと近くで見てきました。その辛さを妹本人ではなく俺が語るのも烏滸がましい話ですが、借金を背負わされた者の気持ちは誰よりもわかります」


「そう言ってくれると助かるよ。でも、その言葉だけじゃ不誠実だろうと、ギルドや探索者協会を通さずにTPを換金できるブラックカードを用意しておいた。本来これらはダンジョン協会からAランク探索者にしか配られないものだが、俺は使わないしお前にやるよ」


 え、そんな貴重なもの貰っちゃっていいのか?

 言っちゃえば勝也さんの実績が形になったものでしょ。


「ちなみに、再発行するとそれなりに手間だ。俺としてはもっと違う形でお前に報酬をやりたいんだが、お前に渡すのに何がいいか恭弥に聞いたら探索者ライセンスが一番だと聞いてな。表でどれだけ稼ごうと、目立つのは俺の名前。お前が稼いでると知らずに、俺は方々に名前を売れるって算段だ。どちらにとってもWIN-WIN。俺だけ儲けが多くて恐縮だが、それで構わないだろうか?」


 恭弥さん、そこまで見越して裏で手を回してくれてたのか。

 チャラい兄ちゃんだと思っててごめんなさい!

 それと勝也さん、俺の代わりに矢面に立ってもらって申し訳ないです。

 これってつまり、どれだけ稼いでもいいんですよね?

 それを好きに使っちゃってもいいんですよね?

 これ以上のプレゼントはないぜ。


「あ、そうそう。息抜きは週に一度。恭弥が同席してる時だけにしてくれ。フリーで動かれるとこっちも隠蔽するのに困る」


 早々に釘を刺される。

 流石にワーカー業の時に稼がれると言い訳ができないらしい。

 それでも週に一度稼いでいいと言われたのは嬉しい。

 稼げる能力があっても、ここ最近秘匿するのに終始して全然稼げなかったからな。


 妹が結婚するまで養えるくらい、兄ちゃん本気で稼ぐからな!

 今の世の中金はあるに越したことはない。

 探索者って物騒な連中が多いから用心は必要なのだ。


「了解です。今までプレゼントされたどんなものより嬉しいです」


「そんなもの貰って喜ぶ奴なんてお前くらいだよ。普通探索者って奴はメンツの方を優先するからな。Aランクのライセンスを欲しがる奴が多いんだが、どうやらお前は変わり者らしい」


「まぁ、俺はランクとか関係なしに、一度倒したモンスターとは仮契約出来ますから」


「それ、恭弥から聞いたんだが普通ならデメリットしかない才能だろ? よくやるよなぁ」


 内容を聞けば誰だってそう思うだろうが、才能なんて使い方次第でどうとでもなる。

 なんなら全く才能がなくたってモンスターは倒せるしな。

 それを今の世の中は才能の有無でしか物事を見ないから嫌になるぜ。


「すごい便利ですよ? モンスターは使い潰すことになるので絆とかそういうのは一切紡がれませんが」


「一般のテイマーとは異なるのか」


「俺からしたらそっちはそっちで手間がすごいなと」


「必要経費がかかりすぎてコスパは最悪、それでもやれることは多いので育て切ったら引く手数多だ」


「育て切るまでに脱落者が多いと?」


「他の才能だってみんなそうだろ? 役立たずは要らないんだ。欲しがるのは成長した能力と連携できる地頭の良さ。自分の命がかかってるからな。だからウロボロスの様な連中は他者を貶めることでしか自分を保てない」


 なんで急にウロボロスの話題が出てきたのだろうか?

 何かしらコチラに伝えたいのだろうがピンとこない。

 適当に話を合わせておくか。


「烏合の衆と言うわけですか」


「それでも数が集まればそれだけ脅威だ」


「群での有利性を活かした戦略が得意と?」


「個が強すぎて連携は最悪だが、数に暴力に人は怯えるものさ」


 そうこうしてるうちに日課のクエスト消化時間が差し迫る。


「では、今日のクエスト消化に行ってまいります」


「ああ、行ってこい。それと……」


 出て行く際に呼び止められて振り返る。


「近々ウロボロスがDからFを数で制圧すると言う噂が流れている。どこまで本当か知らないが、お前も気をつけておけ」


 成る程。俺がチャチャを入れたせいで締め出し範囲が拡大したと?

 暇なんだろうか?

 何はともあれ俺は俺の仕事をしますかね。


 ◇


 ワーカーの本文は多岐にわたる。

 俺は駆け出し中の駆け出しなので、二人人組で行動してる。

 俺は素材拾いに終始し、もう一人はドリンクの分配や食事の準備などのサポートが主だ。


 戦闘は探索者に任せて、方針をその都度聞いて先に進むか引き返すかを取り決める。

 同ランクダンジョンの中では常に緊張感に包まれている。

 ダンジョンワーカーだからと消耗品の様に扱えば足を掬れるのは探索者だって同じだ。

 探索者は才能を、ワーカーは雑務と食糧の手配をそれぞれになっていた。


「いやぁ、今日はワーカーを雇って正解だったな。行軍のしやすさが段違いだ」


「お褒めに預かり光栄です」


 言葉を交わしたのは先輩ワーカーだ。ここで欲を出さずに次も頼むと言うのは容易いが、求めてないのにしゃしゃり出てくる相手を雇う馬鹿はいない。

 自分は売り込まず、ただ求められた仕事を淡々とこなす、プロの心意気を感じた。

 俺もこれを生業として行く上で少し慢心していたのかもしれないな。売り込むことで仕事を手にしようと焦りが働いていた様だ。

 稼ぐのはまた別にやるが、仕事としての功績を上げることにばかり執着してもいい結果は生まれないのかもしれない。


「食事にしますか? 小休止にしますか?」


 どちらかを探索者に選択させるのも心配りの一つか。

 これを日常的に行うプロはすごいよなと改めて感心する。


「動き疲れたので小休止としよう」


「海斗君、ドリンクを皆さんにお渡しして。私は軽食の準備に取り掛かる」


 今回苗字の方で呼ばないのは六濃を無能と読み違われても困るからだ。仲間内で罵倒する連中を雇い入れる連中ではないと知っているからこその配慮。


「お疲れ様です、濡れタオルもご用意しました」


「助かるわ。汗を拭いたかったの」


 濡れタオルはサービス外だが、案外喜ばれるので俺の方で実装した。モンスターの返り血や体液で身体中がベトベトになるダンジョン内。

 メンタルケアも一つの仕事として捉えている。


「このドリンク、すっきりしていて美味しいわ。息の詰まる空間でこう言ったサービスは初めてよ」


「ありがとうございます」


「お食事の準備ができました。海斗君もご一緒に」


「お腹ぺこぺこでした」


 本音を言えば周囲がドッと笑いで満たされる。

 探索者と言っても全員が全員嫌な奴ばかりではない。

 中にはこうやって普通の人も居るのだ。


「さて、もう一稼ぎしますか」


「そうね、わたしたちも負けていられないわ」


 こちらの仕事に気をよくした探索者一同は、その日の成果に驚き、次もまた指名してくれる事になった。


 ◇


 勝也さんの懸念は杞憂で終わったが、ワーカーギルドに帰ると別の者たちが酷い目にあったと会話しているのを聞いた。

 どうやら全国から続々とウロボロスのメンバーが集結しているらしい。


「うちらはこのリングがあるからなんとかなるけど、他は撤退するかもなぁ」


 佐咲の親父さんが重苦しいため息をつく。

 ここで暮らしてるワーカーさんは、わざわざ地方に向かってまで仕事する人は少ない。

 数を揃えるってことは地方では空いてるのかもしれないが、探索者と違ってワーカーの稼ぎは少ないのだ。


「ワーカー潰しでしょうか?」


「それをして探索者になんの特があるってんだ?」


 持ちつ持たれつの関係を学んだばかりだが、もし向こうの目的が俺の炙り出しだった場合、隠れ続けつことで未来ある彼らの仕事を奪うのは申し訳なく感じる。

 ようやく希望が見えてきたと言うのに……

 俺に何か出来ることはないだろうか?

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