強欲の章-Ⅱ【底辺】

第21話 悪意の行方

 秋も深まり、そろそろ冬服の準備を始める二学期の終わり。

 いつものように佐咲さんと御堂さんを連れてダンジョンから帰ってくると、出迎えるように剣呑な気配を纏わせる生徒が複数名いた。

 ハーレムモテ野郎がと勘違いしてるのだろうと高を括るが、中には女子も混ざっていた。

 どうやらFクラス生の俺が両手に花、の方ではなく問題はその花の方にあるようだった。


「おい、調子に乗るなよFクラス生が!」


「才能が無いくせにいつまで学園に居座るつもり?」


「いい加減御堂さん達が迷惑してるの気付きなさいよね!」


 それは嫉妬の声だった。


「と、言う事だけどそうなの?」


 俺の声に両名が首を横に振る。

 どうやら勘違いしてるのは向こうのほうだ。


「彼らは?」


「Aクラス生ね。相変わらず下位クラス生を蔑む事でしか自分の地位を守れない哀れな人達よ」


「だそうだけど?」


「お、お前が彼女達を脅して言うことを聞かせてるのはわかってるんだぞ! 薄汚いFクラス生め!」


 うわ、自分で俺の事を弱いって決めつけておいてどうして学年の首席と次席を脅せると思うんだろう?

 自分で言ってて矛盾してるって思わないんだろうか?


「え、僕が脅したって返り討ちにされるってわかってるよね? なんで脅せるって思うのさ。矛盾してない?」


「う、うるさい! Fクラス生の癖に! 今まで手を出すまでも無いと放置してきたが、どうやらそれで天狗になってしまったようだな?」


「は?」


 誰が、誰の恩恵を得て天狗になっていると?


「ちょっと六濃君。本気出して怪我させないでよ?」


「六濃君の力は強すぎますから。本日も私は見学しかできませんでした」


「私もよ」


 呆れる二人だが、それについては弁明させてもらおう。

 彼女達がダンジョンテイマーについて見識を深めたいと言うので少しお披露目しだけだ。

 命令は脳内でできるので、後は手足のように動かしてたらポカーンとしてた感じ。うん、俺は悪くないぞ?


「そうやって彼女達が素直に従ってる時点で脅してるではないか!」


 はぁ、めんどくさ。

 

「じゃあなんて言えば理解してくれるんです?」


「どこまでも舐め腐りおって! 決闘だ! 僕たちAクラス生が一致団結して君という巨悪を退けこの学園から追放する!」


 人を勝手に巨悪にすんなよ。追放って退学させるって事でしょ?

 退学させたら困るのはお前らだぜ?

 なんせ俺の成績は学園側にバレてるからな。


 その上で大層なポイントの貢献度がある。

 首席と次席のブーストも俺のおかげ。

 お前らにそれを肩代わりできるのかっつー話だが、まぁただの嫉妬で周り見えなくなってるだけだろ。


「ちょっと、貴方達。何もそんなに生き急ぐ事ないわよ? 中には親のコネで入ってきた人もいるんでしょう? どうして退学だなんて自らを追い込むの? 人生棒に振るつもり?!」


 佐咲さんに至っては俺の心配より、向こうの心配である。

 でも俺は攻撃手段を持たないからなー。

 ダンジョン外じゃ弱いんよ。


「御堂さん」


「はい?」


「もし退学になったらお兄さんのところにお世話になる方向で考えていいんだっけ?」


「六濃君次第ですね」


「おい! 何ちゃっかりと後の支援まで考えてるんだ! 御堂さん、そんな男の言う事を聞く必要ないですよ?」


「それを決めるのはあなた達ではありません。それとも私の兄様の決めた事に意見を言うつもりですか?」


 普段ポケポケしてる御堂さんでも、お兄さんのことを悪く言われたら黙っていられないのだろう。

 ちょっとキレ気味に凍てついた視線をクラスメイトに向けている。

 おー怖。なんでこんな子を脅せるって思うんだよ。

 脳みそ茹で上がってるのか?


 とは言えだ、いずれはこんな日が来るとは思っていた。

 随分時の早い事だが、これも運命か。

 さて、この学園でやるべきことも大体終わったし、いっちょ華々しく散ってみますかね?


「佐咲さん」


「何かしら」


「今後のレクチャーはSNSでも平気?」


「六濃君がそれでもいいのなら私は構わないわ。そうよね、こんなところにいるより外の世界の方が自由でいいわよね。教えてほしいことはたくさんあるけど、私も別に六濃君を束縛するつもりはないわ」


「妹さんのことはお任せください」


「よし、やろうぜ? 負けた方は退学だったな。どうせなら全員で来い。どうせこっちの勝ちだなんて認めやしないんだからよ」


 手招きしてやると激昂しながら代表の男が宣言した。


「その言葉、覚えておけよ! 決闘だ!」



 ◇◆◇◆



「うわははは、笑いが止まらんとはこのことだなぁ!」


 周王学園理事室では、毛根が随分と後退した男が目の前に納品された『命の雫』と呼ばれるアイテムを前にほくそ笑む。

 同席した学長は流れるような汗をハンカチで拭っていた。

 

「なぁ、これをFクラス生が納品してきたと言うのは本当かい? 一体どんなトリックを使えばこんなことが出来る? 私は是非とも知りたい限りだよ。長津君? よもや君の独断で一人の生徒の処遇を堰き止めているのではなかろうね?」


「ああ、いえ。こればかりは私にもわからないことばかりなのです。例の彼ですが異例のポイントを稼いでおります。勿論Fクラスのポイント換算レートでありますが、それでも5000万と破格でして」


「一般レートで10億か。彼に説明はしたのかね? 今後ともFクラスにいる限りその額で収めることになると?」


「いえ、OBですら知らせていないことですので。そもそもここまで稼ぐ生徒も居なかったものですから」


「何にせよ、是非彼には我々に貢ぎ続けてもらわねばな?」


「は、では上位クラス生からのイジメは止める方向で手を回しましょうか?」


 長津と呼ばれた学長が汗を拭きながら答える。

 それを理事長白鳥はテーブルを強く叩いて言葉を止めた。


「長津君、うちの生徒にイジメなんてする悪い子は居ないよ?」


「はい、居ません」


「そうそう、解ればいいんだよ。イジメなんて人聞きが悪い。今度からはポイントを貢ぐなりして是非とも生き延びてほしいねぇ。グフフフフ」


 理事長白鳥がここまで笑顔でいられる理由は一つ。

 『命の雫』と呼ばれるアイテムにあった。

 これらは希少だが、枠組みとしては回復薬の類。

 複数の状態異常の解除、そして失った腕の欠損。

 後退した髪の復活などの効果もあることから年々値段が上がり続けていた。

 そもそも入手自体が稀。それが一気に手元に転がり込んで来れば白鳥の笑いが止まらないのも確かであった。


 まずは自分用に使い、それを糧に各業界権利者に売りつける。

 定期的に手に入るのなら値上げ交渉は容易い。

 白鳥はそれを一つ開けると一息に飲み干した。


 時価2000万円。

 しかし何を施そうと一向に復活しなかった毛根は、全盛期の若々しさを取り戻した。


「みろ、本物だ。長津君も一本いっとくかい?」


「頂けるので?」


「3000万だ」


「値上がりしてます!」


「この効果だ。私なら3000万は出すよ? 君も出したまえ」


「く、背に腹は替えられませんか」


 長津は探索者ライセンスを差し出すと、白鳥はそれに要求額とアイテムのトレードをした。

 失った金額は多いが、目の前で効果を見た長津も一気に飲み干し、薄まった後頭部に青年期の頃のような若々しさが蘇った。


「おお! 私の髪が!」


「どうだ、3000万でも惜しくないだろう?」


「自信が漲ってきますねぇ。どうです、理事長。3000万でよろしいので私にも幾つか回してもらえませんか?」


「おや、随分と乗り気だね。しかしダメだよ。8本あるうち2本も使ってしまったんだ。残り6本。例の生徒は週に1度潜るのだったね?」


「そう確認しております」


「なら君は次の納入の際手に入れなさい。私は一足先に名前を売ってくるよ」


 そう言って白鳥は理事長室を出た。

 

「一体誰のおかげでその椅子に座れてると思ってるのか。ボンボンの七光め!」


 一人残された長津は白鳥の出て行った扉をいつまでも睨み続けていた。

 白鳥理事長に探索者としてのノウハウはない。

 財閥の一人息子としての地位と金を積んで手に入れた探索者ライセンスのみ。理事の席も親のコネで手に入れたものだ。


「しかしFクラス生がねぇ。世の中何が起こるかわからんものだ」


 長津は学長室に戻ると、秘書を呼んでコーヒーを淹れさせた。今日はいつになく気分がいい。

 秘書の驚いた視線が頭部に移るのも見逃さない。

 しかし気分ので不問とする。


 秘書から入れてもらったコーヒーを飲みつつ、書類仕事をしているところへ来客があった。


 教頭の足柄山が随分と後退した頭部の汗を拭って白鳥を見た後、驚愕に目を見張る。


「学長、随分と若々しく!」


「ふふ、分かるかね? 理事から分けていただいたんだ。少々高い買い物だったがね。それで、慌てて入ってきてどうしたんだ? 緊急の報告なら内線でもいいだろう?」


「そうでした! それが、例の生徒が!」


「ふむ、あのFクラス生がどうしたのかね?」


 先程理事長と一緒に今後の学園維持費を持ってくれるであろう将来有望な生徒を飼い殺しにする計画を立てたところだ。


「Aクラス生から負けた方が退学するとの勝負を受けてしまいまして、どう致しましょうか?」


 ブーーーー!!!


 長津は思いっきり口に含んでいたコーヒーを足柄山教頭に吹きかけた。

 その後、大声で怒鳴り散らす!


「今すぐ止めさせろ! もしこの事が白鳥理事に知れたら私達共々首が飛ぶぞ!?」


「は、はいいいい!」


 彼らにとってFクラス生に今辞められるのは非常に困ることだった。

 せっかく立ち上げたビジネスが足元から崩れ落ちるのを自覚し、事を起こしたAクラス生にはどんな罰を与えるべきかを考え、それよりも先に駆け出した。

 なんとしても食い止めねばならないと。

 ストレスで毛根にダメージが入っていくのを感じ取りながら、若々しい頭髪の長津学長に押され足柄山教頭は老骨に鞭を打った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る