第15話 Fクラス生の噂(御堂凛華)
編入生と別れた後、私は兄様からかかって来た電話を受け取った。
「はい、兄様どうされました?」
『どうした凛華、いつになく不機嫌そうだが?』
電話越しの兄様の心配する声。
自分はそんなに不機嫌だっただろうか?
ついさっき、後からやってきた編入生からの宣戦布告に軽い憤りを感じているのは確かだ。
「いえ、なんでもありません」
『なら良いが。俺からも幾つか報告がある』
とうとう例のハイランカーが捕まった?
期待を胸に話を促す。
『まず、近くのゲームセンターでとんでもないスコアを出す奴が現れた』
「それに、なんの関係が?」
意気込んで聞いたのに、なんだろうこの肩透かし感は。
でも、兄様が全く無関係の話を振ってくる訳もない。
『悪い、話を急ぎすぎた。まず前提から話すべきだったな。そのゲームセンターに置かれてる鏡台、もといゲームは探索者協会、ダンジョン協会共に息のかかったゲームである事。そしてそれらは実際のダンジョンを基準に構築されている事』
「はい」
『その中で、上位トップ10をプロで埋めてる中に食い込んできた。意味はわかるか?』
「プロと言ってもピンキリでしょう? 凄さがよくわからないのですが?」
『言い方が悪かったな。プロとは俺の様なAランク上位のひしめくランキングに素知らぬ顔で入ってきたという事だ』
「! それは、その方の実力が兄様に匹敵すると言う事でしょうか?」
『いや、戦えば俺が勝つ。だが、そいつは稼ぐのが上手な奴だった。もしかしたら、お前の学年にいる化け物の正体はそいつかもな。その後ポイントの推移はどうだ?』
「伸び続けています。先ほど見た限りでは5000万」
『異常だな。だが踏破できてるなら可能だ。それでもAクラスには居ないのだろう?』
「はい」
『なら本来のポイントはもっと高いと見るべきだ』
「それは、どう言う事でしょう?」
どう足掻いたって追いつけないポイントが、本来ならもっと高い?
『お前は周王学園のクラスカースト制度にどんな意味合いが込められているかきちんと理解できているか? アレはただの上位への手厚い保護なんかじゃない。下位からの圧倒的搾取によって成り立っている』
「そうなのですか?」
『ああ。実際にFクラスとAクラスじゃポイント変換に20倍の差が出る。通常レートの変換はAクラスに上がってようやくだ。ランクが下がる毎に上積みどころか中抜き、最終的には絞りカスのようなポイント配布制度。学園側がD、E、Fクラスを飼い殺し続けるメリットはそこにある』
「そんなに、違うのですか?」
そこまでの格差があるなら、Fクラス生は絶対に上に上がれない筈。
才能が覚醒するまでずっと足掻くことになるからだ。
では一学期に起きた異常とも言えるクラスの入れ替えはなんだったのか?
その起点はいつもFクラスから始まった。
たった一人を除いて全員が上位クラスへの編入。
その皺寄せでEクラス生が降格しても、すぐに上位へ編入し直した。もしかしたら例の人物が無理にでも押し上げているのかもしれない。
いえ、それは邪推しすぎと言うものよ。
なんせFクラスに居残り続けることになんのメリットもない筈だもの。
『もし、例の奴がFクラス生の場合、今頃ポイントは10億を超えていると思って良い。それぐらいの差だ。学園の利益は右肩上がりだろうな』
10億!? 生徒が在籍中に獲得できるTP額じゃない!
もしそれが可能だとしたら……
「そんなの、プロレベルではないですか!」
『ああ、俺の相棒がそのゲームでどう足掻いても5億しか出せずに憤ってる中、そいつは時間がまだ余ってるのに8億でゲームをリタイアした。堂々の四位だ。上位は俺より稼ぐのが上手い奴の溜まり場。俺がやっても追いつけないどころかトップテンに入ることも難しいゲーム。お前の学年にいる奴は絶対にウチのギルドに欲しい。お前からも声かけを頼む!』
兄様の期待が、初めて自分以外の誰かに向けられた瞬間だった。
私だけの兄様が、他の誰かに。
兄妹だけの関係とはいえ、初めて抱いた感情にやきもきする。
それは失望か、嫉妬か? そのどちらもだろう。
だから普段では出さない言葉で答えてしまった。
「そんなの、兄様が直接誘えば良いでは無いですか。私を通す必要ありますか?」
『おい、そんなに不貞腐れるなよ』
「不貞腐れてなど居ません!」
『凛華の事は大切に思ってるし、うちのギルドに欲しいと思ってるのは本当だ。だいたいその為に設立したんだぞ? 今更変更なんてしないって』
「では、どうしてその方を必要以上に気にされるのです? 先ほどの口ぶりでは私よりも大切だと言いたげでした……」
『先ほども言ったように、そのゲームが全国規模だからだ。全国のギルドがそいつ欲しさに動き出した。もし上位ギルドや、他のギルドが手に入れようものなら今まで維持していた勢力図がが塗り替えられるかもしれん。それを阻止するためにも、手の内に置いておきたいんだ。今一番近しい場所にいるのはお前だ。分かってくれるか、凛華?』
「兄様が困っているのなら力をお貸しします。でも、一番は私じゃないと嫌です」
『一番はお前に決まってるじゃないか凛華。俺と一緒にギルドを切り盛りしてくれるのだろう?』
「それなら、良いのですけど……」
言葉だけでならどうとでも言える。
私は例の名前も顔も知らないFクラス生に嫉妬の炎を燃やし続けた。
そんな時、廊下の向こう側から声をかけられる。
割と大きな声で名前を呼ばれた。声は若い。教員ではなさそうだ。
今は授業中の筈、一体どこの誰でしょう?
「アンタが、御堂凛華ちゅー奴か?」
「そうですが、どちら様ですか?」
重いため息を吐き、見慣れない制服の相手に意識を向ける。
随分と制服を改造して好き放題。
上級生にしては品位を疑う容姿だ。
「あーしは犬飼真希。周王学園関西支部の二年生や」
なんでそんな人物が関東の校舎内に?
「一応学校側には許可取ってるで? 学年の首席はいつでもどこでも外出の許可が取れる。アンタも知っとるやろ?」
それは、確かにそうだ。
実際に私も授業の免除が許可されている。
だからって他県にまで乗り込んで来やしない。
いや、先ほど他県のギルドが動き出したと言っていたか。
ならその先鋒として現れた?
頭の痛い事だ。
よりにもよって例のFクラス生の功績を私の名前で公表した学園の判断が今になって降りかかってこようとは。
「ええ。それで関西のあなたがわざわざ私に何の用です?」
「姉貴の仇、その首貰うで!」
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