正しい言葉は遣えない

小狸

前編

 無料小説サイトにて投稿を続けて三か月が過ぎた。中学校に行くことができなくなってから一か月後、だらだらこうして過ごすのも飽きてきたので、試しに投稿してみたのだった。理由? 義務教育を途中で投げ出したく理由なんて、昨今いくつでもあるだろう。ああしろこうしろちゃんとしろ正しく生きろ真っ直ぐ生きろ。今の世の中は人に多くを求めすぎる傾向にある。両親はそんな仕事のストレスをぼくに向けて発散し、ぼくもそんな両親から世の中というものの在り方を享受し、理解していた。そしてまあ、ご想像の通りそのような家庭環境に育った人間に、まともな感性が身に付くはずがない。ひねくれ者となったぼくは社会から――この場合は中学校から排斥され、いじめを受けることになった。いじめなどと平仮名で表記すると生易しく見えるかも知れないけれど、やっていることはただの暴力である。痛いのだ、辛いのだ、苦しいのだ。その結果、被害者が学校に行かなくなることによって、いじめは強制的に終了することになった。あれほど皆勤賞を取れ、内申書に響くと言っていた親も、もう何も言わなくなってしまった。小説などぼくに書くことができるのだろうか、などと思っていたけれど、やってみると案外簡単だった。至極簡単である。流行の要素を取り入れて、パクリにならない程度にし、自分のやりたいことを殺して――他人からのウケを最優先に取り入れる。それだけで――簡単に週末のランキングに掲載されるようになった。ちょろいものである。自分のやりたいことを殺す、というのが存外難しいらしい。いつだって尊重されてきたことのない、自分などないぼくには容易いことだった。初めこそ苦労し苦戦したけれど、軌道に乗ってくると簡単なものであった。ここで勘違いしてほしくないのは、ぼくはあくまで、小説家を目指しているわけではないということである。そんなものになれるなんて思っていない。今までだって何も続かなかったのだ、親の望み通り自分を殺して勉強して、希望も何もない将来を楽しみにしている振りをしてきた。なりたいことなんてないし、何かになれるなんて思わない。人の迷惑になるくらいなら死んだ方がマシだと思っている。だからこそ、そういう将来の夢めいた情熱は、ぼくにはなかった。ないけれど――それでも、ぼくの承認欲求を満たすためには、その小説投稿サイトは、優位に働いてくれたように思う。閲覧数も、お気に入り登録数もどんどんあがっていって、誰からも認められたことのないぼくにとっては嬉しいものではあった。しかしある日のことである。無料小説サイトから、アカウントを停止されてしまった。ぼくは少々焦ったが、運営からのメールがあったことに(今さら)気が付いた。暴力的、差別的な表現が見られるので変更せよ、ということだった。変更しない場合は、アカウントを停止、または削除する、とのことだった。まあ、アカウント停止されたことについてはどうでもいい。元々目指しているわけではないし、もう一つ作れば万事解決なのだから。


 ただ――一つ。


 一つだけ、気になる――否、気に入らないことがあった。


 ぼくはその疑問を解決するために、同級生に連絡を入れた。彼はちゃんと学校に通っている、青山あおやまという男である。偏屈で友達もおらず、いつも一人で本を読んでいる男だが、妙に雰囲気がある。それに「言葉」について――並々ならぬこだわりを持っているからだ。

 

 アポイントを取り、公園で落ち合うことにした。


 ■ ■


 世間的に見てぼくは不登校だけれど、描写した際に、こういうご意見があった。


「学校に行けていない不登校なのに、どうしてクラスメイトと仲良くしているのか」


「親は何をしているのか」


「現実的ではない。もっとリアリティを付けるべき」


「本当の不登校はもっと辛いものだ。実際の不登校の子を馬鹿にしている」


 等々である。

 

 いやはや恐れ入る。不登校は辛くて不幸なものでなければならないというのが、昨今の傾向らしい。多様性だのなんだのと言っておいて笑わせる。もちろんぼくはそれなりの理由があって登校できなくなっている。しかしそれは今関係ないのではないか。緻密ちみつに描写すれば、「いじめがリアル過ぎて読むのが辛い」だのと文句を垂れるのだろう。どうして不幸な側に合わせる必要がある。本当、そういうの好きだよな。手を取り合ってみんなで不幸になってほしいのか? ぼくの表現から勝手に悪意を読み取っているのは、そちら側だろう。物事を都合よく解釈するのとは逆である。物事を都合悪く解釈する癖。何かを言われたら全ては自分を傷つける表現だと勘違いする。そういうのを自意識過剰というのだ。誰もお前なんて意識していない。何にもなれないからって被害者ぶるな。何かになろうとしたことなんてない癖に。


「言いすぎだよ、白星しらほし君」


 笑いながら、同級生は返した。家の近くの坂道の途中にある小さな公園での話である。昔はブランコやシーソーもあったけれど撤去され、今はベンチしかない。故に、時折年寄りが休憩しているくらいのものである。こんなんで「子どもは外で遊ばない」なんて言う老害もいるのだから恐れ入る。遊ぶところがねえんだよ。


「ああ、確かにそれには同意するなあ。夏は猛暑で、冬は極寒で――外で遊ぶって感じじゃないよね。遊戯王しようにも、風で飛んでいってしまうし」


 青山は、フェンスに腰かけながら言った。まるで忍者のような佇まい。真っ直ぐな背筋、声量は小さいけれどなぜか聞こえやすい声、クラスのはぐれ者、青山だった。


「どうせ対して調べもしない奴が、勝手に言ってんだよ。だから矛盾する。世の中なんてそんなもんだろ。専門家でもない奴がクソ簡略化したネットニュース見て分かった気になって。専門家になることだって、大学卒業して、院に進んで、論文書いて、それなりに向き合ってきたことだってえのに。なんか学業って蔑まれてる気がするんだよな、世の中」


「お? お得意の世間斜め斬りかい?」


「変な名前を付けるな」


「ごめんごめん――まあ、そうだよね。それに遊具撤去も、気持ちは分からなくもない。遊具を使って遊んで子どもが怪我でもしたら、それは市やそこの管理責任者の責任になってしまうこともある。そんなことでとばっちりが来るのは嫌だろう。だったら初めから無ければいいとする気持ちは、僕には分かる気がするよ」


「はあん、安全性の問題か。なあるほど、そりゃ得心がいった。確かにな。あと外だと不審者もいるからな。交通事故だって否定できない。結局家の中で遊んでいた方が安全なんだよ、今の時代。つまり、引きこもり需要が拡大する!」


「それはないって」


 また青山は笑った。


 この表現にも読者の方から難癖がついた。


「不登校の引きこもりのくせにどうしてそんな喋れるのか! うちの娘は……」


「不登校の子たちのことを考えてほしいです」とのこと。


 知らねーよという話である。何が辛いかは人それぞれで、誰かと比べるものではないだろう。それとも「私の方が辛い!」と声高に主張するか? そう言っているうちは一生幸せにはなれねーよ、ばーか。


「それで? 僕を呼んだのはどういう用なんだい」


「もしかして忙しかったか。ごめん」


「いやいや。ふふ、君は不思議なところで律儀だね。単に気になったってだけだよ。僕も君と同様に、こうして話せる相手というのはほとんどいないからね」


 家族を含めて――である。ぼくと青山を取り巻く環境は少し似ている。鬱屈になるのでそれこそ全ては語らない。一番の違いは、ぼくは学校に行くのを辞めて、彼は辞めなかった、ということだろう。


「そうか。まあ、一応用はあるよ。ちゃんとな」


 そうしてぼくは、彼に子細を話した。小説を書き始めたこと。アクセス数がかなり多くなったこと。ランキングに掲載されたこと。そして――アカウントを削除されたこと。青山はリアクションや相槌を入れつつ聞いてくれた。中学生の男子にしては、なかなかどうして完成している対応である。聞き上手なのだ。


「それは――メッセージを見逃した君が悪いねえ」


 と、どことなく言った。すっぱりである。


「厳しいなあ。や、ぼくもそこについてはそう思う、だけど」


「そう思っているだけではない――ってことだね。聞かせてよ、白星君」


「ああ。ぼくはさ、正しい言葉って何なのか――って思うんだよな」


 ぼくは語り始めた。


 自分らしくもないと思いながら。


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