第87話 『三本の聖剣』

 そうこうしているうちに、作戦の日はやってきた。


 カミラ、アリスの二人と待ち合わせてから、集合場所である冒険者ギルドのロビーに向かう。中にはすでにフレイとリンドルムがいた。


「よおブラッド、カミラ……そっちのは、アリスだっけか?」


 ロビーの一番奥にあるテーブルから、フレイが目ざとく俺たちを見つけ手を上げる。


「おう」


「今日は貴方と一緒に戦えて光栄だ、フレイ殿」


「…………ふん。リンドルムは、久しぶりだね」


 カミラには俺がフレイに気がないことは散々話したつもりだが、本人を前にするとどうしてもそっけない態度になってしまうらしい。


 まあ、しばらく行動すれば多少は仲良くなるだろうとは思うが。


「ウム! ブラッド、アリス殿、カミラ殿。今日ハよろしク頼むゾ」


 しばらくフレイと二人きりだったせいか、リンドルムはご機嫌な様子だ。


 彼女は決闘には勝ったものの、実力そのものは圧倒的な開きがあることを見せつけられた。そのせいか、最近は毎日のように高難度ダンジョンに通い修業をしているらしい。


 この作戦に誘う時に、そんなことを自慢げに言っていた。


 そんなこんなで挨拶などを交わしつつ、俺たちも近くの椅子を引っ張ってきてフレイたちと同じテーブルにつく。


「……つーかブラッド、お前ちょっと痩せたか?」


 しばらくフレイが俺の顔を見つめたあと、そんなことを言ってきた。


「…………かなり忙しかったからな」


 とりあえずそう口を濁す。


「おいおい大丈夫か? 今回はお前がパーティーリーダーなんだぞ? 司令塔がフラフラしてたら、後ろが気になって存分に戦えねぇぞ」


 さすがの彼女も、まさか俺が数日間カミラの魔力供給源と化していたとは夢にも思うまい。


 カミラに目を向けると、スッと視線を逸らされた。


 ちなみにアリスにも待ち合わせ時に同じツッコミを入れられている。


 もちろん誤魔化したが。


「つーか勝手に登録したのはお前だろ……とにかく、別に体調不良とかじゃない。多少痩せてる程度、問題ない」


 そう。


 俺はなぜかパーティリーダーに任命されていた。


 今回のような大規模な作戦ではソロでの参加は足手まといになるため、パーティーを組んでの参加が義務付けられていた。それは別にいいのだが、俺がリーダーをやる意味がまったく分からない。


 これは、アレだ。会合とか会議に欠席したヤツが面倒な仕事を押し付けられるというヤツだ。


「私は君がリーダーの方がいいと思うけれどもね」


「僕もそう思うかな。兄さましか、後ろを任せられないし」


「わ、我もダ! 決闘を勝利に導いてくれたのハ、ブラッドだからナ!」


 他の面々も口々にそう言ってくるが……多分四人とも後ろを気にせず暴れたいだけだと思う。


「まあいいけどよ……」


 俺以外だとカミラは魔術師だから敵と接近戦を挑むタイプではないが、かといって戦場を俯瞰して見る能力があるかと言えば、ない。リーダーには不適だ。


 結局このメンツだと、俺が司令塔にならざるを得ないのは確かだった。


「昔みたいに派手に暴れようぜ? 大将」


 フレイが俺の肩をポン、と叩いた。


 昔一緒に冒険者をやっていたときに派手に暴れていたのはお前だけだったけどな。




 ◇



「おお、いたいた。ブラッド殿、今日はよろしく頼む」


 そんなこんなで皆と雑談に興じていると、冒険者のおっさんが近づいてきた。


 声を掛けてきたのは、五十代半ばくらいの渋いおっさんだ。


 いかにもベテラン冒険者といったいで立ちで、年季の入ったプレートメールを着込み、身長と同じくらいの長さの武骨な大剣を背負っている。

 

 彼の足元には、小さな犬が行儀よく座り込んでいた。


 テイマーなど、従魔を従えた冒険者は珍しくない。だが、飼い犬を連れてくるヤツはそういない。彼は他の冒険者たちの目を引いていた。


「ああ、ライルさんか。『風走り』の調子はどうだ?」


 彼の大剣は『聖剣』だ。


 いわずもがな、足元の犬は人造精霊である。


「すこぶるいいぞ。昨日はダンジョンで試し斬りをしたんだが、聖剣の力で魔力刃を纏わせれば、石製ゴーレムの硬い胴体もバターのように斬り刻むことができた。身体能力向上付与の力も強すぎず弱すぎずで、絶妙なバランスだ。私のようなロートルには少々魔力消費が激しいが……使いどころを間違えなければいいだけの話だ。コイツも可愛いしな」


 ライル氏はしゃがみこむと、『風走り』を両手で抱き上げた。


 いい年をした渋めのおっさんが目尻を下げ小型犬をモフっている様子は、なんとも言えない異様な光景だ。


 だがまあ、気分は悪くなかった。


「大事にしてやってくれよ」


「もちろんだ」


 ライル氏が満足そうに頷いた。


 結局彼は挨拶に来ただけだったらしい。


 そのあと二言三言言葉を交わすと、すぐに仲間の元に戻っていった。


「ふぅん……足運びからして、王国軍の叩き上げだな。大戦後に退役して、その後冒険者でセカンドライフって感じか? なかなかの戦闘狂だな。悪くねぇ」


 フレイが品定めをするように、遠くのライル氏を眺めている。


「おいフレイ、ケンカ売るなよ?」


「売らねえよ! そもそもオレは竜しか興味ねえんだよ」

 

 本当だろうか……


 完全に捕食者が獲物を見る目だったぞ今。


「兄さま、他の聖剣はどんなものを作ったのかな?」


 今度はアリスが話を振ってきた。彼女も俺の錬成した聖剣に興味があるようだ。


「引き渡したのは、あと二本だ。あそこにいる連中だな」


 俺は彼女に頷いてみせたあと、ロビーの入口付近へと顔を向けた。


 そこには冒険者たちが二つのグループに分かれて何やら話し合っている。


「あっちの女冒険者の方は単純な総合的な知覚能力の向上、向こうの全身鎧の兄ちゃんは魔力障壁の生成による防御力向上だな」


 女冒険者――エリィ氏に渡した聖剣はセパのような短剣型だ。


 彼女は斥候職スカウトだから、大振りな聖剣は必要ない。攻撃力も同様だ。それよりも、と彼女は知覚能力の拡張を希望した。特に嗅覚と聴覚を。


 聖剣の力を引き出せば、彼女は犬よりも遠くの匂いを嗅ぎつけ、兎よりも遠くの音を聞き分けることができるようになるはずだ。


 全身鎧の兄ちゃん――ビックス氏の聖剣は、強固な魔力障壁を発生させる。


 その強力な力ゆえ魔力消費は大きく熱や冷気は通してしまうので無敵というわけではないが、力の余波が彼の周囲にも影響を及ぼすため、本人のみならずパーティー全体の生存能力が格段に上昇するはずだ。


 そんな説明をアリスにしてやる。


「へえ。僕らの聖剣と比べると、兄さまが錬成する聖剣にしてては、その、なんというか……マイルドだね」


「まあ、そうだな」


 彼女の感想はもっともではある。


 ただ、三人の聖剣は彼ら彼女らの希望どおりの力だ。


 そして『マイルド=シンプルで控えめな性能』というのは、言い換えれば『汎用性の高さ』でもある。


 三人とも等級Aの冒険者ではあるし、そのへんは上手く使いこなしてくれるだろう。


 定刻少し前になると、シルさんとヴァイク氏がギルドの二階から降りてきた。


「さて、全員揃いましたね」


 シルさんが俺たちを見回してから言った。


 今回は商工ギルドとの合同作戦だが、結局彼女が魔剣狩り作戦の総指揮を執ることになったようだ。


 順調に出世しているらしく、次期ギルマスは彼女かもしれない。


 ヴァイク氏は冒険者たちの迫力に圧倒されたのか、一言「今日はよろしくお願いします」と挨拶の言葉を発しただけだった。


 シルさんが続ける。


「作戦概要はすでに伝わっていると思いますが、今一度、定刻までに再確認をお願いします。各パーティーは作戦区域に到達次第、行動を開始してください。現場での判断は各自お任せします」


「承知した」


「はーい」


「ウッス」


「あいよー」


 各パーティーから返事が上がる。


 ちなみに最後のはフレイだ。


 リーダーの先を越して返事をするんじゃない。


「……さて」


 シルさんがチラリとロビーの壁掛け時計に目をやる。


 時計の長針がちょうど真上を指している。


 彼女は大きく声を張り上げた。


「定刻になりました。冒険者の皆様方は、行動を開始してください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る