第86話 『好みのタイプ』
「フレイとパーティーを組む、だって? ならば私も行くに決まっているだろう」
聖剣錬成用の人造精霊を頼みにカミラの工房を訪れ、雑談ついでに事情を話したら……彼女がそんなことを言い出した。
聖剣所持候補者の冒険者たちをシルさんから紹介され、ある程度錬成する聖剣のイメージが固まった、その後のことである。
「お前、フレイのこと嫌いだっただろ? 心変わりでもあったのか?」
「するものか! だからこそ、だろう」
腰掛けていた椅子から身を乗り出し、カミラが噛みつくように言った。
嫌いならパーティーを組みたくないのが普通だと思うが……
「まったく……あの泥棒猫め、油断も隙もないな」
カミラが忌々し気な声で文句を言っている。
……そういうことか。
まさか俺が、フレイと
たしかにヤツは昔から知った顔だし、なにかと距離が近い。それに美人ではある。カミラが警戒するのは無理もないかもしれない。
ただ、性格が豪快というか粗野すぎるというか……男だったなら悪友にでもなれたかもしれないが、決して恋愛対象にはなりえないタイプだ。
リンドルムもよくあんなヤツに求愛なんぞしようと思ったものだ。まあ他人の好みにケチを付けるつもりはないが。
俺の好みは、まあ、語るまでもないが……少なくとも三日三晩、聖剣や魔術について語り合えるようなヤツだな。
あと、欲を言えば、常時物憂げで眠たそうな半目をしていたり、小柄で華奢なわりに意外と力が強かったり、ハーフエルフの血が流れているせいでやたら顔立ちが整っていたりすると、さらにいいかもしれない。
まあ要するに目の前の赤髪のことなんだが。
「……どうした? 私の顔に何かついているのかい?」
「いや、なんでもない」
慌てて目を逸らす。
「そうかい……ふふっ。まあ、いいだろう」
カミラは一瞬怪訝そうな目をしたあと、満足そうにクスリと笑った。
それから彼女は椅子に深く座り直し、真面目な顔つきになった。
「それで……? 他には誰が来るんだい?」
「いや、アイツ以外は決まってないな。一応、アリスとリンドルムは候補として考えている。もちろんお前が同行してくれるならば、心強いに越したことはない」
「ふん。勇者と子竜はともかく、フレイなんぞに活躍の機会をくれてやるものか。魔剣持ちごとき、私の精霊魔術でダンジョンごと焼き尽くしてくれる」
「魔剣持ちは捕縛して尋問するし魔剣回収するし他に冒険者もいるから広域殲滅魔術は禁止だからな?」
俺の身の回りには脳筋女しかいないのか? まったく……
今回の依頼のメインは魔剣持ちとその配下の盗賊団を一掃することだが、本当の目的は魔剣を造り出している黒幕を探り出すことだ。
だからダンジョンごと敵をぶっ潰すのは厳禁なのである。ちなみにフレイも似たようなことを口にしてシルさんに怒られていた。
フレイとカミラの思考パターンがほぼ同じなあたり、本当は仲良いんじゃないのか? と思わないでもないが……それを言うと多分カミラが怒り出すので黙っておく。
「ところでブラッド。聖剣に宿す人造精霊の方向性というのは、決まっているのかな?」
おっと、そうだ。
それを伝えなければここに来た意味がない。
「聖剣は三人分錬成する。引き渡すのは、皆等級Aの冒険だ。さっき会ってきたんだが、それなりに腕は立ちそうな連中だな。人格も問題ない。で、今回必要なのは――」
――今回は作戦開始日が十日後に設定されているため、俺たちがどれだけ急いで聖剣を錬成しても、冒険者たちに引き渡すのがギリギリになる。
正直、彼らが聖剣に習熟する時間はほとんどないといっていいだろう。
そうなると、錬成すべき聖剣は連中が使い慣れた得物と同じ形状で、なおかつこれまでの戦闘をうまくサポートするような力が発揮されることが求められる。その代わり、必ずしも強力である必要はないが。
それと冒険者たちから聞き取ったところによれば、三人とも既婚だったりパーティ内に交際相手がいるとのことだった。だから無用な誤解を生まないよう、小動物型の人造精霊を希望している。
とりあえず、そんな条件をカミラに伝える。
「ふむ、承知した。しかし、この短期間で三柱の人造精霊か。しかも動物型とはね……これまでも徹夜続きだったけども、これはこれで骨が折れそうだ」
カミラが難しそうな顔つきでコキコキと首を鳴らした。
そういえば、工房の隅っこにはベッドが
本当に忙しいときは上に上がらず、ここで寝泊りしているのだろう。
「やはり難しいか? 理由を話せば、数を減らすことはできるが……」
俺も無理を言っている自覚はある。
人造精霊の創造はそれなりに時間がかかることを知っているからだ。
だから冒険者たちには、聖剣錬成が間に合わない場合は一人か二人引き渡せない可能性があることを事前に伝え、了解してもらっている。
……が、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「いや、仕事自体は問題ないさ。けれども、少々人手が足りなくてね。それに消費する魔力も膨大だ」
「マリアがいるだろ。ステラだって手伝いくらいはできるんじゃないか?」
魔力についてはどうしようもないが、人手が足りないことはないと思うが。
「確かに彼女は助手として有能ではあるが、あくまで
「……分かった。何をすればいい?」
そうまで言われれば、手伝いをすることは
彼女が人造精霊を創造するまではあまりやることがないし、それで彼女の仕事が早くなるならば、できる限り協力しようと思う。
今回は素材についても手持ちのもので足りるからな。
「……うむ。まずは術式の構築準備からだ。そこの棚にある20番から35番……それと108番の魔法陣を取ってきてもらえないか? 私は作業机を片付けておく。それと、工房の扉も施錠する必要があるからね」
「……これだな?」
示された棚から取り出した羊皮紙には、精霊魔術の基本である召喚術式や、知識を与えるための特殊な付与魔術、それに術式が万が一暴走したときのための耐爆・遮音術式に関する魔法陣が描かれている。
「……ん?」
その中に、妙な魔法陣が混じっているのに気づく。108番の術式だ。
「おいカミラ。なんだこの『強壮』とかいう魔術は」
それは二枚一対の魔法陣だった。
術式をざっと読み解くと、基本は俺もよく使う『転写系』の術式なのだが……一つは人間の生命力を魔力に変換する術式で……いや、違う。
俺の読解力が正しければ……この術式、『男性の精力』を魔力に変換するように読めるんだが?
ちなみにもう一方は、その魔力を吸収するための術式だ。
そしてどちらも、生体に転写して使用することに最適化してある。
そこで気づいた。
膨大な魔力の
まさか、『俺しか手伝えない』こと、とは。
思わずカミラを見る。
「……ふふふ。それは最近開発した術式でね。人造精霊三柱の創造完了まで、
彼女は俺と視線を合わせ、妖しく微笑んだ。
「……お、おう」
聖剣錬成の番になって、足腰立っているといいんだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます