第66話 『昇級試験 下』

『ソンナ小枝デドウスルノダ!? 我ノぶれすデモ、びくトモシナカッタンダゾ!?』


 ミニドラゴンは広間の奥の物陰に隠れながら、慌てたように声をかけてきた。


「知るか。黙ってろ」


 このドラゴン、たどたどしい言葉遣いではあるが人語を解する。


 以前遭遇した墳墓ダンジョンではその可能性を考えなかったが、どうやら意思疎通はできそうな感じではある。


 だが……そもそもこの状況を引き起こしている大元の原因はコイツである。


 可能ならばこの場で討伐してやりたいところだが……今は目の前のゴーレムが先だ。


『侵入者ノ脅威度ヲ更新。……特A級ト判定。戦闘もーど、限定解除』


 俺の付与魔術に反応したのか、ゴーレムの眼が黄色から赤へと変化した。


 それに応じ、殺気もさらに鋭く変化する。


 右腕の魔術杖はそのままに、左腕が変形した。今度は剣だ。


 剣といっても刃だけでも俺の身長以上はある、バカでかいヤツである。


 回避をミスれば俺の身体なんぞ真っ二つだ。


 絶対に喰らう訳にはいかない。


『排除シマス』


 ゴーレムが短く言葉を発し――その巨体が床を滑るように接近、上段から剣を叩きつけてきた。


 ギインッ!


「くっ!?」


 想定外の動きに少し反応が遅れたものの、どうにか強化木剣で凌ぐ。


 コイツ、予想以上に素早いぞ!?


 見れば、ゴーレムの足元に車輪のようなものが現れていた。


 これで一気に加速し、間合いを詰めてきたらしい。


 剣の速度はそれほどではないが、攻撃に予備動作がほとんどない。


 一瞬でも反応が遅れていれば、頭から股まで両断されるところだった。


 唯一救いなのは、このゴーレムは攻撃意思というか殺気を隠していないことか。


 それを感じ取れるから、どうにか回避できているが……


『排除シマス』


「くそっ!」


 ゴーレムが魔術杖をこちらに向けてきた。


 殺気の高まりと同時に、その場から飛びのく。


 バン!


 直後、さきほどのように床が爆ぜた。


 こっちは攻撃態勢を取ってから発動まで若干のタイムラグがある。


 間隔はシルさんを助けた時と同じだ。


 ならば、次から避けるのは難しくない。


『排除シマス』


 今度は横薙ぎに剣が襲い掛かってくる。


「こな……くそッ!」


 ――ギヤリリッッ!!


 どうにか強化木剣で軌道を変え、ゴーレムの大剣を弾く。


 火花が散り、一瞬視界が白くなる。


 が、ゴーレムも索敵を目視に頼っているらしい。


 一瞬ヤツの視線が俺からそれた。


 その隙に利用してヤツの間合いから退避する。


「ふう……ギルドの戦闘技能試験、なかなか歯ごたえあるじゃねえか」


 自分を鼓舞するため軽口を叩き、額に浮かんだ汗を拭う。


 それから強化木剣を構え直した。


 ゴーレムの討伐自体は、それほど難しくない。


 身体のどこかに制御術式が刻まれているから、それを傷つけるなどして無効化すればいい。


 もっとも、そうするためには攻撃をかいくぐり肉薄する必要があるが。


『排除シマス』


 そうしている間にも、ゴーレムが次々と攻撃を仕掛けてくる。


「るせぇっ!」


 ――ギリリッ! ギンッ!


 縦斬りの二連撃。これはどうにか勘で躱す。


『排除シマス』


 ――バンッ! ギギン!


 雷撃と薙ぎ払いのコンビネーション。


 これはタイミングが読みやすく、容易に躱すことができた。


『オオ……ニンゲンオトコ、スゴイナ! ガンバレガンバレ!』


「うるせー次はお前だからな!」


『ヒッ!?』


 怒鳴りつけると、ミニドラゴンは再び物陰に姿を消した。


 つーかアイツ、なんかこっちを応援してるが……立場分かってんのか?


 戦闘の最中に背後から襲ってこないのはありがたいが、そもそも冒険者の世界において、魔物を別のヤツに押しつける行為はあとで殺されても文句は言えないレベルの重大なルール違反だ。


 ゴーレムを処理したら絶対ぶっちめてやる。


『排除シマス』


「当たらねえよっ!」


 斬り下ろしを紙一重で回避。


 うん、だんだん動きが見えてきた。


 それに何合かゴーレムと打ち合ってみて分かったのだが……コイツ、攻撃パターンはそれほど多くない。


 まず雷撃魔術。


 これはどの間合いからでも撃ってくるが連射はできない。


 間隔は最短で十秒程度。


 おまけに狙いも甘く、動いていれば当たることはない。


 ただし間合いが近い場合は、魔術のあとにすぐ斬撃が来るので、隙は少ない。


 剣戟のバリエーションは少ない。斬り下ろしと薙ぎ払いだけだ。


 前者は予備動作がわずかで剣速も速く脅威だが、後者は攻撃範囲が広いものの予備動作が大きく、攻撃後に体勢を立て直すためわずかな隙が生まれる。


 となれば……こちらが仕掛けるべきは、薙ぎ払いの後だな。


 よし、方針は固まった。あとは実行に移すだけだ。


『排除シマス』


「よっと」


 大きな予備動作。これは薙ぎ払いだ。


 タイミングを合わせ、屈んで避ける。


 ――ボッ!


 直後、剣が頭上をかすめていった。


 薙ぎ払いの後は、ゴーレムは体勢を立て直すためにわずかな隙が生まれる。


 ……ここだ。


「悪いが、その足回りは邪魔なんでな……破壊させてもらうぜ!」


 ザシュッ!


 ゴーレムの足に生じていた車輪を強化木剣で叩き斬った。


 魔力の刃を纏う強化木剣の前では、石程度の硬度は溶けたバターとそう変わらない。


『…………!?』


 片方の足だけを破壊されたゴーレムがバランスを崩し、グラリと身体が傾いた。


 残った方の足で踏ん張るが、そのせいで俺に背中を見せることになった。


 ゴーレムのうなじあたりに、魔法陣が見えた。


「……勝負ありだな」


『ガガッ……!? 脚部ニ異常……損傷、軽微。排除シマスッ!』


「させるかよ!」


 ブンッ! バキン!


 接近する俺を近づけまいと、ゴーレムが狂ったように剣を振り回す。


 が、あらかじめ規定された動きしかできない以上、すでに見切った俺に当たることはない。


『排除シマスッ! 排除シマスッ!』


 続いて雷撃魔術。これも回避。


 俺はすでにゴーレムの懐に入り込んでいる。


『オオオッ! ニンゲンオトコ! ソコダッ! ヤッテシマエッ!』


「うるせえって言ってるだろ!」


 騒ぐミニドラゴンを怒鳴りつけながら、跳躍。


『排除ッ――』


 ゴーレムが苦し紛れに振り回した右腕を踏みつけ、身体を駆け上がった。


「……これで終わりだ」


 魔力刃をまとわせた強化木剣を、ゴーレムのうなじに叩き込む。


 ザシュッッ!


 確かな手ごたえとともに、ゴーレムの制御魔法陣に大きな傷が入った。


 それで終いだった。


『……侵入……排……ガ……ガガ――――』


 断末魔のような雑音を残し、ゴーレムの動きが停止する。


 ……ふう、どうにか制圧できたな。


「ブラッドさん! 無事ですかッ!」


「おわっ!? ゴーレムだと!?」


 シルさんと試験官らしき男性職員が広間に駆け込んできたのは、俺が額の汗を拭うのとほとんど同時だった。




 ◇




「…………あっさり昇級しちまったな」


 ギルドから帰る道すがら。


 俺は繁華街の雑踏に身を任せながら、ギルドで更新してもらったカードを弄んでいた。


 すでに空は暗く、通りは暖かな店の灯りに包まれている。


 俺は自宅に戻る前に、ここで夕食を取るつもりだった。


 試験自体は昼からだったのだが、シルさんをはじめ職員たちがミニドラゴンとゴーレム出現の事後処理に追われ、手続きが後回しになってしまったのだ。


 結局、単独でゴーレムを撃破したことにより戦闘技能試験はパス。


 他にも探索技能やらなんやかんや試験項目があったらしいが、「実戦に勝る試験はない」とのことでそれらも全部免除ということになった。


 しかし……


「まさか、一足飛びに『等級B』になるとはな」


 独りちずにはいられなかった。


 等級FからB。4階級分の特進である。


 軍人が戦場で死んだってこうはならんぞ……


 もちろんギルド的にも普通の対応ではない。


 俺も分不相応だと抗議した。せめて等級Dが限界だろう、と。


 だがギルド側は頑固だった。


 ギルド拠点防衛(後で知ったのだが、あのゴーレムは種別的に危険度Bの魔物だったそうだ)と、それとこれまでの実績が『正当』に評価されたそうで……ギルマス権限でそうなったらしい。


 それ以外にも、なんか大人の事情がてんこ盛りな気がするが……ギルドご自慢の魔術結界が破壊されたこととか、地下がダンジョンになっていることとか、いろいろだ。


 まあ、俺もそこまで深くは突っ込まなかった。


 聖剣錬成師である以上、素材確保のため今後もギルドには世話になるだろうからな。


 ちなみにミニドラゴンのヤツは、俺がシルさんたちと話し込んでいる隙に逃亡したらしく、気づいたときには影も形も見えなかったのだが……


「…………クソ、今日はまだ終わってないみたいだな」


 繁華街の通りを歩きながら、俺は小さく毒づく。


 実は先ほどから、尾行されているは分かっている。


 背後に妙な気配をずっと感じているのだ。


 そして正体の目星は、大体ついている。


「…………」


 俺は少し足を速め、タイミングを見計らって素早く細い路地に入り込んだ。


「アッ……待テッ……!」


 背後で小さな声が上がる。


 続いて、小柄な影が俺を追って路地に駆け込んできた。


 当然、待ち構えていた俺と鉢合わせすることになる。


「よう」


「アッ………」


 待ち伏せされているとは思っていなかったのか、ソイツが一瞬固まる。


 その隙を逃す俺ではない。


 一瞬のうちに腕をぐいと掴むとねじり上げ、壁に身体を押し付けた。


「グッ!? ……イ、痛いだロ! 離セ!」


 人の姿だからか多少流暢になってはいるものの……この独特のたどたどしさと言葉の抑揚は覚えている。


 それに。


 壁に押さえつけられ抗議の声を上げているのは十五歳ほどの華奢な少女だったが……吐き出す息に、火の粉が混じっていた。


 間違いない。


 例のミニドラゴンが化けた姿だった。


「おいお前。何のつもりだ」


「…………それハ」 グウウゥゥ……


 返事は、彼女の口ではなく腹の方から聞こえた。

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