第65話 『昇級試験 中』
「お待ちしておりました、ブラッドさん」
知らされた日時にギルドに顔を出すと、すでにシルさんが待機していた。
「今日はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それではこちらへ」
シルさんに案内されたのは、ギルド建物の地下だった。
階段を地下二階分ほど降りた先にあったのは、広々とした空間である。
「なあシルさん。ギルドの地下ってこんなに広かったか?」
外からは想像できない規模の広間だ。
広間の奥には訓練器具らしき木製の人形や的が並べられ、近くの壁に沿って置かれた棚には木製の武具や使い古した防具などが置かれていた。
なんというか、「訓練場」といった趣である。
天井も幅も奥行きも、ギルドの建物三つ分くらいがすっぽり入りそうなほどある。
特に天井は、降りてきた階段よりも明らかに高い位置にある気がする。
「ご存じないんですか? ここ、ダンジョンですよ。ごく浅いものですが。なので、空間が少々歪んでいるんです。もちろん、第2階層へと続く通路は厳重に封鎖していますけどね」
いや、初耳だぞそれ……
「本当に大丈夫なのか? それ」
確かに、広間の一番奥には、大きな鉄製の扉が見えた。
魔術らしき刻印が施されているから、彼女の言う通りきちんと結界で封鎖されているのだろう。
「もちろん下の階層は探索済みです。たしか、ゴーレム系の魔物が出没するとか。とはいえ魔術が使える職員が毎日結界も張り直してますし、きちんとチェックもしてます。大丈夫ですよ」
シルさんは自信たっぷりでそう言った。
たしかにオルディスは『ダンジョン都市』の異名を持つ街だ。
そしてこの街は、古代遺跡を改修した街であるし、ダンジョン付きの物件があってもおかしくはない……とは思う。
もしかして、他にもこういった物件は存在するのだろうか?
魔術師ギルドなんかは怪しい気がする。
「ふふ……地下の秘密も暴かれたことですし、そろそろ始めましょうか」
シルさんがクスクス笑いながら、そんなことを言ってくる。
どうやら俺が驚いていたのが、大層お気に召したらしい。
彼女はかなり真面目なタイプだと思ったが、ちょっとした冗談を言えるなど意外とお茶目な一面もあるようだ。
「さて、最初は身体能力の測定からです。ブラッドさんのギルドカード、確か項目が未入力でしょう?」
「そういえばそうだったな」
「というわけで、まずはそこからです。ああ、こちらはすぐに済みますよ。これで簡単に測定できますからね」
言って、シルさんが手に持っていた魔道具を俺に向けた。
ギルドの事務所に置いてあるやつとほぼ同じ形状だが、突起のようなものが取り付けられている。
「じゃ、測定していきますね」
シルさんがそう言うと魔導石板に取り付けられ突起の先がチカッと光り、同時に魔導石板からピッと音が鳴った。
次の瞬間、下から上に、全身を見えない手で撫でられたような感触が走り抜ける。
「うおっ……」
ぞわりと鳥肌がたつ感覚に、思わず声を上げてしまう。
「ああ、この測定器具は最近導入したんですけど……魔力波の走査がちょっと気持ち悪いですよね。でも、これがあるおかげで正確な能力値の測定が……あれ?」
シルさんも経験があるのか苦笑してみせ……眉根を寄せた。
「どうした?」
「いえ……ブラッドさん、なんか能力値は普通ですね……もちろん冒険者としてはどの数値も平均以上なんですけど、ちょっと上くらい、というか……ああ、魔力だけは一流どころの魔術師と遜色ありませんよ。凄いですね」
……なんだその評価。
なぜかシルさんはがっかりしているような、拍子抜けしているような微妙な表情をしている。
どんだけ俺に期待してたんだ……
最近冒険者稼業も再開したとはいえ、ブランク10年だぞ。
飛びぬけた能力値を持っている方がおかしいだろ。
ちなみにシルさんに見せてもらった俺の能力値は、こんな感じだった。
《能力測定値》
生命力: 256
魔 力:3153
筋 力: 354
精神力: 584
敏捷性: 242
耐久力: 268
「見てのとおりだ。魔力はともかく、別に飛びぬけた能力なんて持ってないぞ。職人だしな。それとも、何か気になることでもあったのか?」
「いっ、いえいえ! 特に心当たりなどありませんよ!」
慌ててブンブンと頭を横に振るシルさん。
だが俺は、彼女が困惑した表情で(おかしい……まさか人違い……?)とかボソッと呟いているのを聞き逃さなかった。
シルさんは、いったい俺と誰と間違えてるんだ……?
とはいえ、彼女がそんな表情を見せていたのは、わずかな時間だった。
「…………さて。気を取り直して、次に行きましょう。能力測定が終わったあとは、戦闘技能の確認です」
気を取り直す必要があるのはシルさんだけのような気もするが、俺は何も言わず「分かった」とだけ答えた。
早く終わらせたいからな。
「で? こいつ使えばいいのか?」
棚から取り出したのは、何の変哲もない木剣だ。
他にも木製の槍や斧があるが、俺はこれが一番使い慣れているからな。
「どれでも結構ですよ。ああ、少々お待ちください。今、戦闘技能の試験官を呼んで――」
シルさんがそう言って、階段に向かおうとした、そのときだった。
『ギャオオオオォォォォン――――』
「ん? 何か聞こえなかったか?」
「…………私も聞こえました」
強張った表情のシルさんが応じる。
魔物の咆哮らしきものは、広間の奥……封鎖されていると思しき扉の奥から聞こえてきた。
『ギャオオオオォォォン――――』
「おい」
「ええ」
今度はズン、ズンという地響きと共に、はっきりとした咆哮が聞こえた。
明らかに、扉の奥からだ。
そして、近づいてきている。
それはそうと、なんかあの吼え声、聞き覚えがあるような……
「だ、大丈夫です! 仮に魔物がこの階層までやってきたとしても、このダンジョンの魔物では破壊できないよう造ってあります。おまけに魔力障壁自体もかなり強固で――」
シルさんがちょっと蒼い顔でそう言った瞬間。
ドガン!
ものすごい音と共に扉が吹き飛んだ。
「ひゃっ!?」
シルさんの小さな悲鳴。
ひしゃげた扉がガランガランと重低音を響かせながら、勢いよく広間の床を滑り……ちょうど俺の足元で止まった。
扉の外側は、かなりの高温にさらされたようだ。赤熱してキンキンと甲高い音を立てている。
これは……高位火焔魔術? それとも……
「うそでしょ……なんで」
呆然とした声を上げるシルさん。
『クソ……! ナンダアノ魔物ハ! 我ガぶれすガ効カナイダト……!?」
もはや隔てるものがなくなったダンジョンの通路から、小さな影が喚きながら転がり出てきた。
……ん?
アイツ、どこかで見た気が……
「ひっ!? ド、ドラゴンの幼体……どうしてこんなところに!?」
シルさんが悲鳴を上げる。
『ゲッ!? ニンゲンオトコ…………ベツノオンナ!』
そいつは、以前墳墓ダンジョンの奥で俺とアリスに襲いかかり見事撃退された、ミニドラゴンだった。
身体は俺より一回り小さい。だが、纏っているのは漆黒の鱗。
エルダードラゴンの子供だ。
こちらを見て戸惑っているのか、今のところ攻撃の意思は感じられない。
ただ、コイツがズンズンと重たい足音を響かせるわけがない。
ということは……さらに別の魔物がいるはずだ。
俺は木剣を構えながらぽっかりと空いた通路の先を睨みつける。
――ズン。ズドン。ゴゴン……
「……やっぱりか」
重たい足音を響かせ通路から姿を現したのは、身の丈3メートルはあるかという、石製のゴーレムだった。
『――侵入者、サラニ2体ヲ確認。脅威度判定、男性D、女性B』
ゴーレムの顔がこちらを向く。眼が黄色く明滅した。
同時に右腕が変形し、魔術杖のような形状をとる。
『魔力充填……投射』
「くそっ、問答無用かよ!」
「きゃっ!?」
突き刺すような殺気がこちらに向けられると同時に、俺は隣で硬直しているシルさんを抱きかかえ横に跳んだ。
――バン!
直後、俺たちの立っていた場所が爆ぜ、小さな穴が穿たれる。
雷撃の魔術だ。
高位の術式ではなさそうだが、喰らえば手足が吹っ飛ぶ。
それに雷撃系魔術は発動すると目視からの回避が事実上不可能だ。
連射されるとヤバいぞ。
「シルさん、上から増援を呼んでくれ! とりあえず俺がここで食い止める!」
「……! ですが」
「いいから早く!」
「……分かりました、絶対に持ちこたえてください!」
シルさんは一瞬顔を歪めたがすぐに真面目な表情に戻り、上階へ助けを呼びにいった。
……はあ。
俺は心の中で大きなため息をついた。
街中でドラゴンとゴーレムか。
……だがまあ、なんとかするしかない。
俺は常に腰に身に着けている
紙片には、いざというときの転写用魔法陣が描かれている。
それを木剣に押し付け、魔力を流し込む。
付与したのは、『硬化』と『魔力刃』。
聖剣には遠く及ばないが、時間稼ぎくらいなら可能なはずだ。
「……シルさん、早く戻ってきてくれよ」
俺は出口を護るように、魔物たちの前に立ちはだかった。
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