第62話 『聖剣『首刈り』』

「おお……待ちかねたぞ」


 そろそろ太陽が空の真上に来ようかという時間だった。


 俺が最終調整を終えた聖剣を持って庭に出ると、ガウル氏がソワソワした様子でこちらを振り返った。


 彼の足は土と草で汚れている。


 ガウル氏と付き添いのアリスが訪ねてきたのは、早朝のことだ。


 ずっとここで待っていたのだろうか。


 一応、応接間で待っていてくれと伝えたのだが……


 アリスが、そんな彼を眺めながら苦笑している。


 そういえば彼女も、俺が錬成した『とき斬り』を先代から受け取ったときは、似たような感じだったな。


 日が昇る前から屋敷の外に出て剣を振っていた彼女のことを思い出す。


 もしかしたら、彼女もその時のことを思い出しているのかも知れない。


「すまん、待たせたな。微調整に時間がかかった」


 すでに報酬は、ガウル氏からもらっている。


 聖剣はそれなりに値の張るものではあるが、そこは元リグリア聖騎士……つまり貴族階級である。


 こちらの言い分どおりの額をポンと支払ってくれた。


 俺は気前の良い客が好きだ。


 今後とも彼とは末永くお付き合いできれば幸いである。


「それで、ブラッド殿。聖剣はどんなものなのだ? 私が工房に出向いた方がいいのだろうか」


 ガウル氏が言って、周囲を見回した。


 俺は保護用の布地に包まれた聖剣持っているが、彼はこれが聖剣だと気づいていないようだった。


「ガウルさん、これがあんたのために錬成した聖剣だ。名前は『首刈り』という」


 俺は剣を包んでいた布地を外し、彼の目の前に掲げてみせた。


「この短剣が……? 物騒な名前の割に、ずいぶんと、その……可愛らしい・・・・・見た目だな」


 案の定彼は不思議そうな顔で、聖剣『首刈り』を眺めている。


 外見を『可愛らしい』と評されたが、それは剣として小ぶりだ、という意味だろう。


 長さは、ガウル氏の愛剣『サヴェージ・ハウル』の半分程度だろうか。


 少々長めの短剣、といったサイズ感である。


「短剣なのが意外だったか?」


「いいや、そんなことはない……! だが、どのような意図でこのような形状となったのかは興味があるのだ」


 ガウル氏が、俺と聖剣を見比べている。


 要するに『どういうことか説明してくれ』ということだ。


 まあ、それは俺もそこを省くつもりはない。


「あんたの剣術のキモは、『先手必勝』だ。それを実現するために剣筋を悟られないよう刃を体の陰に隠し、身体能力を生かして素早く相手の間合いに踏み込む。……こんな感じに」


 俺はガウル氏の剣を真似て、聖剣『首刈り』を振ってみせる。


「うむ、そのとおりだな」


「そんな中で、あんたのとこの聖騎士団長みたいな大剣を持っていたらどうなる? 身体の陰に剣を隠しづらくなるし、獅子獣人がいくら俊敏かつ怪力でも、今よりは絶対に振りが遅くなる。あんたの持ち味の大半が、それで損なわれることになる」


「……うむ」


 ガウル氏は納得したように頷いている。


「ならば、剣は小さい方がいい。もちろん、ただの剣なら間合いが狭まってしまうだろうが……聖剣ならば、そこを解決することができる」


「というと……?」


「聞くより、見る方が早いだろう」


 俺は『首刈り』を構えると、『力』を解放。近くにあった試し斬り用の巻き藁目がけて、横薙ぎに振った。


 彼我の距離は5メートルほど。


 当然この剣で届く間合いではない。


 だが――


 スパン!


 小気味いい音とともに、巻き藁が真っ二つになった。


「と、こんな感じだ」


「おおっ……! 剣が、伸びた!?」


「……なるほど、魔力の刃か」


 ガウル氏は驚き、一方アリスは訳知り顔で頷いている。


「こいつは使用者の魔力を消費して、不可視の刃を剣身に纏わせることができる。刃が形成される時間はほんの一瞬だが、リーチと切れ味は見てのとおりだ」


 魔力量に依存するものの、一般的な魔術師ならば約7~8メートル程度。


 魔術師に比べて魔力の低い戦士や騎士などでも、瞬間的になら3メートル程度の刃渡りになるだろう。


 接近戦用の武器としては槍と同等のリーチだ。


 まあ、聖剣としては少々地味な性能だが……ガウル氏は魔族と戦って勝てる聖剣を希望していたからな。


 遠距離から一方的に魔術で潰されるような戦いでなければ、負けることはないはずだ。


「なるほど……確かにこれならば、私の戦い方に合っているかもしれないな」


「刃の長さは、魔力に応じて調節できる。訓練次第では、あんたの愛剣と同じ間合いで使うこともできるはずだ。……試してみるか?」


「ああ、ぜひとも」


 差し出した聖剣『首刈り』を、ガウル氏が受け取った。


「さっきの『力』は、魔術行使と同じ要領で発動できる。細かい動作は言葉で伝えづらい。悪いがいろいろ試して体得してくれ」


「承知した。ふむ……手になじむな。まるで昔から使い込んでいたような、不思議な感覚だ」


 ガウル氏は手に取った剣の柄を握り込んでみたり、刃を陽光にかざしてみたりと興味津々の様子だ。


「あんたの『サヴェージ・ハウル』をある程度調べさせてもらったからな。握り心地は重要だ」


「然り、であるな」


 ガウル氏が満足したように大きく頷いた。


「じゃあ、この位置からあの巻き藁を斬ってみてくれ」


 俺が指さしたのは、さっき斬り倒したものより少し離れた場所にあるものだ。


 ガウル氏との距離はおおよそ3メートルほど。


「む……少々不安になる距離だな」


 彼の腕と剣の長さを合わせても、まだ1メートル以上間合いが離れている。


「あんたの魔力量ならば、問題ないはずだ」


「とにかく、やってみよう…………むんっ!」


 その独特の構えから、『首刈り』の一閃が放たれる。


 ザンッ!


「おお!? 斬れた!」


 見事上半分が斬り落とされた巻き藁を見て、ガウル氏が嬉しそうに声を上げる。


「訓練次第ではもう少し間合いが伸びるはずだ」


「うむ、精進しよう。しかし……すぐに刃が消えてしまうのだな。ただ、そのおかげで魔力の消耗はほとんど感じない」


 それがこの『首刈り』の長所でもあり短所でもある。


 獣人は人族と比べ身体能力に秀でるが、魔力量は少ない。


 今後戦場で運用することを考えれば、継戦能力は重要視すべきである。


 そして彼の剣術の特性を考慮すれば……自ずと方向性は決まってくる。


 要するに低魔力消費・高出力だ。


 ここは発動時間とトレードオフの関係になるが、彼ならばうまく使いこなしてくれることだろう。


「刃の生成時間やリーチは訓練次第である程度調整できるはずだ。そこはどうにか工夫してみてくれ」


「うむ。もとよりすぐ使いこなせるとは思っていない。リグリアに戻る道中で、いろいろ試してみるとしよう」


 ガウル氏はそう言って、大事そうに聖剣を懐にしまった。


 それからちょっと期待したように、俺の方を見てくる。


「ああ、そういえば……この『首刈り』にも精霊が宿っているのだろうか?」


 当然、聖剣にはカミラ謹製人造精霊が宿っている。


「ああ。念じれば出てくるぞ。名前は、『ラビ』だ」


「そうか、ならばやってみよう…………むむ……出でよ、『ラビ』」


 ガウル氏が目を瞑り、聖剣に触れた。


 すると――。


『…………』


 小さな毛玉がガウル氏の肩にぴょこん、と現れた。


 赤い目をした、白い子兎である。


 鼻をヒクヒクさせながら、ガウル氏をじっと見上げている様子はなかなかに可愛らしい。


 ……ここにレインとセパを連れてこなくて良かった。


 あいつら、絶対飛びかかってモフり倒すだろうからな。


「おおっ、ガウルの聖剣も動物系か。ずいぶんと可愛らしいじゃないか。ねえ、ちょっと触らせてもらってもいいかな……?」


 アリスが嬉しそうな声を上げ、フラフラとまるで吸い寄せられるようにガウル氏に……いや、人造精霊『ラビ』に近づいていく。


 どうやらアリスも年頃の少女、可愛いものに目がないようである。


「むっ……兎、か」


 ガウルは自分の肩に載った子兎を見て、ちょっとがっかりした様子を見せている。


 どうやら人型の精霊だと思っていたようだ。


 だが、カミラに無理を言って動物型にしてもらったのには、理由がある。


「ガウルさん、あんた妻子持ちだろう? 人造精霊は創造者の性別が反映される。この人造精霊を創ったのは女性でな。だから人型にすると女性になる。それにこのサイズの聖剣だと、アリスと同年代か、もっと幼い容姿になると思う」


「…………なるほど」


 ガウル氏がちょっと顔を引きつらせた。


 どうやら俺の言わんとしていることに気づいたようだ。


 だが、念のためダメ押ししておく。


「あんた、奥さんが知らない幼女を家に連れて帰って、奥さんを怒らせずに説明する自信はあるか?」


「……………ブラッド殿、お心遣い痛み入るッッ!!」


 ガウル氏が目を逸らしてから、ものすごい勢いで頭を下げた。


 なにか心当たりでもあるのだろうか。


 ……生臭聖騎士なのかそうなのか?


 その横で、アリスがクスクスと忍び笑いを漏らしている。


 ……まあ、彼の名誉のためにも深く突っ込むのはやめておこう。




 そんなこんなで、ガウル氏への聖剣授与式はつつがなく(?)完了したのだった。

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