第53話 『…………『聖剣バカ』?』

「す、すまなかった……! まさか、君があの『聖剣バカ』だったとは……」


 いきなりオッサンがバッ! とソファから転げ落ち、ローテーブルの上に手をついて頭を下げた。


 ほとんど土下座スレスレの平身低頭である。


「えっ!? 待ってくださいヴァイクさん、この方が知る人ぞ知る聖剣錬成師、『聖剣バカ』のブラッドさんなんですか!? うそ、すごい……私初めて見ちゃったかも……」


 彼の隣で、書類手続きをしてくれた女性職員が口に手をあてて驚いている。


 さっきのバカにした態度とは真逆の対応である。


「ま、魔女め……かの『聖剣バカ』がこんな若者だなんて言っていなかったじゃないか……! そもそもこんなVIPを紹介するのなら、事前に連絡しろというのだ……!」


 なんかオッサンは頭を下げたままブツブツとカミラに悪態をついている。


 つーか、


「…………『聖剣バカ?』」


「あっ……いや、すまない! これは『魔女』が常日頃から君のことをそう言っていたからで……だが、とんでもない凄腕の職人だと聞かされていてな……! とにかく、君が本物だということもこれで分かった! だから、 先ほどの失礼な言動は、どうか許して欲しい! ブラッド君、我々商工ギルドは君を歓迎する……!」


 オッサンがテーブルにゴリゴリと額をこすりつけて謝りだした。


 女性職員はオッサンを放っておいて俺のことをキラキラした瞳で見つめているし、なんだこの地獄みたいなシチュエーション。


 俺はただ、普通に手続きをして、普通に挨拶をして帰りたかったんだが……


『ふふん♪ だからあーしも言ったじゃん? マスターのことを変な風に言ったら大変なことになるんだからね! ……この光景、セパにも見せて上げたかったなー』


 レイン、お前は何も言っていないだろ。


 あとセパがこの場にいたら更なる地獄が顕現するだけだ。


 具体的にはオッサンと俺をこれでもかと煽り倒すだろう。


 絶対にやらせんぞ。


 それはさておき。


「あの、ヴァイクさんでしたっけ? とりあえず頭を上げてくれませんか?」


 さすがにこの状況は気まずすぎる。


 つーかアイツ、俺のことどういう風に吹聴しているんだ……


 一度ヤツとは話し合う必要があるだろう。


 そんなわけで。


 その後どうにか場が落ち着いたあとは、ヴァイクさんにレインの美しい刃を見せびらかしたり聖剣談義で喧々諤々けんけんがくがくの議論を繰り広げたり、雑談に花を咲かせることになったのだった。


 余談だが、どうやらヴァイクさんは結構いい歳のはずがハーフエルフのカミラに子ども扱いされたり、素材の質にこだわりまくられたりと手を焼いていたらしく、ずっと愚痴を吐いていた。


 それはさておき。


 商工ギルドへの挨拶は無事(?)終了、ギルド加入の手続きもつつがなく終えることができたのだった。



 ちなみに女性職員は持参した菓子折りを大層喜んでくれたので何よりである。





 ◇





「ふう……今日はなんだかどっと疲れたな」


 ようやく商業区を抜けたあたりで、俺はようやく肩の力を抜くことができた。


 やはりああいうかしこまった状況と場所というのは、ダンジョンと違い独特の緊張感が漂うものだ。


 なにしろ相手は魔物でも魔族でもなく、人間。


 それも拳を交わしたり剣で切り結ぶようなシンプルな戦いではなく、腹の探り合いがメインの舌戦である。


 こっちは残念ながら苦手分野、と言っていいだろう。


 俺の知り合いで得意なヤツは……あまりいない。


 今回は間接的に俺を助けてくれたカミラだって、とくに弁が立つタイプというわけではない。基本引きこもりだしな。


 いるとすれば、昔の顧客で、貴族だった連中だろうが……連中は王都だからな。


 こっちの分野は、今後の課題だな。


 そんなことを考えながら自宅が見えるところまで差し掛かったところで……俺は気づいた。


『……マスター』


『ああ、分かってる』


 周囲の空気が変わった。


 閑静な住宅街に充満する、この場違いなヒリつく雰囲気は。


『……セパ、起きろ』


 周囲を警戒しつつ、魔導鞄マジック・バッグから聖剣セパを取り出す。


『……んあ? ご主人、もう会談は終わった……なんですかこの空気は』


 魔導鞄の中で惰眠を貪っていたセパだったが、俺たちと同じ空気を感じ取ると、すぐさま臨戦態勢に入る。


 二人とも普段は適当だが、すぐに気持ちを切り替えることができるあたり優秀である。


『マスター、分かる? あそこ』


『ああ。すごい殺気だな』


 聖剣レインに軽く手を当てたまま、顔を動かさず視線だけでそこを確認。


 少し先の、とある邸宅の生垣の向こう側だ。


「あれはわざとだな。挑発されてるのか?」


 気配は二人分だが、凍てつく殺気をこちらに放っているのは一人分。


 何が目的か分からない。


 だがこちらを狙っているのは明白だった。


 ……さて、どうしてくれようか。


「…………」


 少し考えたあげく、俺は後の先を取ることにした。


 理由は……大したことではないが、相手の力量を知りたかったからだ。


 住宅街のど真ん中ということで、いきなり広域殲滅魔術で磨り潰しにくることもなかろう、という判断も働いた。


 そもそもそうするつもりならば、気配を感じさせる距離まで接近させることはないからな。


「…………」


 俺は何食わぬ顔をしながら、その横を通りすぎる。



 次の瞬間。



「もらったああああぁぁぁっ!!」



 甲高い叫び声とともに、小柄な影が茂みから飛び出してきた。


 ローブを羽織り、フードを目深にかぶっている。


 そのせいで顔は分からない。


 だが身長からして、おそらく女性。


 矮躯に不釣り合いな長剣を振りかぶり、斬りつけてきた。


 ……はやい。


 が、対処できないほどではない。


 素早くレインを抜剣し――


「おぉっ!?」


 斬撃を受けようとした瞬間、襲撃者の剣がピタリと止まった。


 襲撃者の口元がニヤリと歪んでいる。


 上段からの斬撃はフェイントだ。


「もらった……ッ!」


 魔導映像キネマのコマ落としのように剣がぶれ、気づくと刃が俺の首元に迫っていた。


 だが……その手の小細工は想定済みだ。


「甘いッ!」


 すでに首元と剣の間には、聖剣セパを挟み込んでいる。


 キン! と甲高い金属音が耳元で弾ける。火花が散った。


「なっ……!?」


 襲撃者は剣を受け止められるとは思っていなかったらしい。


 驚きの声が耳元で上がる。


 その隙を見逃す俺ではない。


 襲撃者は、俺が剣を受け止めたせいで予期しない体の身体が流れ方をしていた。


「そらっ……よっ、と」


 立て直す前に軽く当身を喰らわせ、さらにバランスを崩す。


 そこにダメ押しの足払い。


「くあっ……!?」


 たまらず尻餅をついた襲撃者の首元に、レインを突き付けた。


「そこまでだ」


「くっ…………降参だ」


 勝負あり。


 襲撃者がカランと剣を手放し、両手を上げた。


「ちぇっ……まだ僕の腕じゃ、不意打ちでも敵わないか……」


 悪びれることなくフードを外し、しかしガッカリしたように肩を落とす。


 襲撃者は、少女だった。


 年は十代前半。


 ふわふわの金髪で、可愛らしい顔立ちである。


 とても、先ほど襲いかかってきた暴漢とは思えない。


 だがその容姿や声、そして雰囲気にどことなく覚えがあった。


 いや、正確には俺の知っているは、少女ではないのだが。


 だが手放した『聖剣』には見覚えがあった。


 俺はコイツを知っている。


 ――聖剣『とき斬り』。


 つまり……


「お前……まさか、アステルか?」


「そうだよ、兄さま……うふふ。やっと見つけた」


 少女が、ニコリと笑みを浮かべる。


 そこにいるのは、三年前の『リグリア戦役』にて王国領内に押し寄せた数万からなる魔族の軍勢を、たった百騎で退けた勇者――


 アステル・フォン・クロディスその人だった。

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