第二章 聖剣『竜狩り狩り』

第52話 『信じてくれ、俺は本物なんだ』

 俺は先日、紆余曲折を経て聖剣工房を正式に開く運びとなった。


 まだまだ自宅に工房があるだけの簡素なものだが、一国一城の主である。


 王都で一介の職人として働いていた(それもブラックな職場で)ときからは想像できない進歩だ。


 これでようやく、俺は自分の目的の第一歩を踏み出したことになる。


 だが、喜ばしいことばかり、というわけにもいかない。


 工房を……何かの商売をおこすということは、多かれ少なかれ、その土地のしがらみに縛られることも意味するからだ。


 そのしがらみの一つが、商工ギルドへの報告と挨拶である。





 ◇




 そんなわけで、俺はいつもの冒険者的なラフな身なりから一張羅の正装スーツに着替え、オルディス商業区の中心部の建物を訪ねている。


「……やっぱでかいな」


 俺は目の前の建物――商工ギルド本部を見上げて呟いた。


 それは、王都でもなかなか見ない十階ほどの巨大建築だった。


 出入口は最新鋭の自動式の魔導扉。


 ガラス製の扉の向こう側には、魔導昇降機エレベーターが見える。


 冒険者ギルドは情報処理や冒険者のサポートに先の大戦時に獲得した先端魔導技術をつぎ込んでいたのに比べ、こちらは外観というか見栄えにそれらの技術をつぎ込んでいるように思える。


 もちろん商工ギルドは、オルディスにおいては魔術師ギルドと双璧をなす巨大組織だし、当然ではあるが。


「……よし」


 俺は正装スーツのジャケットを正し、腰に帯びた聖剣レインに触れ、大きく息を吸い、吐いた。


 レインは実体化させていない。


 しないように厳命してある。


 彼女同伴だと、さすがにいろいろと角が立つからな。


 服装とか……服装とか。


 そういえば聖剣の人造精霊は服装を変えることはできないんだろうか?


 今度試してみる必要があるな。


 それはさておき。


「……身だしなみよし、持ち物よし」


 もちろん菓子折りも完備である。


 これは王都でも有名な焼菓子店の、オルディス支店のものだ。


 これはカミラ……ではなくマリアに聞いた。


 彼女は自動人形オートマータだが、少なくともカミラよりは世俗に長けているからな。


「…………よし」


 もう一度深呼吸。


 俺は商工ギルド本部へと足を踏み入れた。



 ……のだが。



「……はぁ? 聖剣工房を開いた? そんなひと山いくらの剣を造って、聖剣と言い張る、と?」


 建物一階で受付のお姉さんに目的を告げ、通された応接室で職員に渡されたギルド加入手続関連の手続きを終えた、すぐ後のことだった。


 職員が書類を引き上げるとの入れ替わるようにして、担当だと名乗る男がやってきた。


 貴族然とした、いかにもやり手そうな五十路のオッサンだ。


 そいつが俺が自己紹介替わりにテーブルに置いていた聖剣レインを一瞥し、そう言い放ったのだ。


 挨拶もなかったし、完全にバカにしたような口調だった。


『…………は?』


 オッサンの言動に、剣に収まったままレインが静かにキレている。


『レイン、落ち着け』


 とりあえずなだめておく。


 オッサンの口上は続く。


「君が開くべきは聖剣工房ではなく、普通の武具店だ。ただの剣を聖剣と言い張るのは、君の職人としての腕前を疑われる。やめた方がいい」


「はあ……ですが確かにコイツは聖剣ですよ。力は、『魔力漏出ドレイン』で――」


「ハハッ、そこそこ、そこだよ。聖剣を語るのに、まさか能力から語るとは……早くも尻尾が丸出しだぞ、ブラッド君」


 なぜか鼻で笑われた。


「おおかた武器職人で独立したもののうまくいかず、聖剣錬成で一発当てようなどと考えているのだろう。君は聖剣の何たるかをまるで理解していないようだ。……おまけにかの王都聖剣錬成師の名を騙るとは……まったく、オルディス商工ギルドも舐められたものだ」


「……と言いますと?」


 あまりに的外れな物言いに冒険者の血がザワリと騒いだが、さすがにこの場で暴れるわけにもいかない。


 あと信じてくれ、俺は本物なんだ。


 オッサンのありがたいお説教は続く。


「確かに君の剣は、決して悪くない。そこらの冒険者が使うには十分な出来だろう。だが聖剣は、貴族や王族がしかるべき場面で身に着けるべきものだ。剣としての機能はあってもいい。だが、その本質は装飾品なのだよ」


 そして「もっともこれは、私のような貴族の出にしか分からない感覚かもしれないがね」という言葉が、オッサンのドヤ顔とともに付け足された。


「………………なるほど、大変勉強になります」


 挨拶のために商工ギルドにやってきたわけだが……


 まさか偽物扱いされたうえ、ありがたいお説教を喰らうとは思ってもみなかった。


 さて、どうしたものか。


 俺は心の中でため息をついた。


 別に先方がこちらを普通の武器職人とみなすのは勝手だが、聖剣工房として認識してもらえないといろいろと面倒なのだ。


 聖剣工房は、王国法では「武具店」ではなく「魔術師工房」に分類されると定められている。


 両者の違いは開設できる場所だ。


 武具店の方はいろいろ規制があり、商業区のみに出店が許されている。


 一方聖剣工房は商業区以外でも出店が可能である。


 理由はいろいろあるが……主に騒音問題と、事故対策らしい。


 まあ、どっちもどっちのような気もするが……魔術師工房は魔術師ギルドの管轄でもあるため、その辺はパワーバランスの差、だろうか。


 別に今後商業区に店を構えてもいいのだが……今は自宅が工房だ。


 営業許可を出してもらえないと、さすがに困る。


 さて、どうすれば俺がちゃんとした聖剣錬成師だと信じてもらえるか……


 思案に暮れていた、そのときだった。


「あの……すいませんヴァイクさん」


 コンコン、と応接室にノック音が響き、少しだけ扉が開いた。


「……なんだ。まだ対応中だぞ」


 オッサンが扉の方を睨みつける。


「す、すいません。その……ブラッドさんの書類で、預かっていないものがあったので」


 扉から少しだけ顔をのぞかせたのは、さきほど対応してくれた女性職員だった。


 書類? 何か渡し漏れていたものがあったっけかな。


「書類とは? くだらないことで私の手を煩わせるな」


 気持ちよく俺に説教をしていたところを中断されたせいか、オッサンは少々ご立腹の様子である。


「申し訳ありません、ヴァイクさん。すぐに済むと思います。……あの、ブラッド様。紹介状はお持ちでしょうか? 商工ギルドは加入の際に、既にギルドに加入している事業者からの紹介状が必要になりますので」


「……ああ」


 一応カミラは魔術師ギルドだけでなく、魔道具屋を経営するために商工ギルドの両方に加入しているからな。


 商工ギルドに挨拶するにあたって、彼女に紹介状を書いてもらったんだった。


「これでいいか?」


 魔導鞄マジック・バッグから取り出した紹介状を女性職員に渡そうとして……


 なぜか横から手が伸びてきて、奪われた。


「待て。これは私が確認しよう。まったく誰だ、こんな輩に紹介状を書いた……ヤツ、は……」


 と、俺から紹介状を奪い取ったオッサンの顔がみるみる青くなった。 


 ……なんだ? 様子がおかしい。


 オッサンは俺を見て、紹介状を見て……


「ま、まさか……貴方があのブラッド・オスローさんで……?」


 だからそう言ってんだろ。

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