第48話 『白銀の聖剣』

「ブラッド殿、世話になった」


「……私からもお礼を」


 ひとしきり泣いたあと、二人は立ち上がると深く頭を下げてきた。


 ベティはまだ少し具合が悪そうだが、少し休んだおかげで身体を動かせる程度には回復したようだった。


「気にするな。俺はあんたに渡した聖剣が返ってきたから、届けにきただけだ。他の諸々はついでだな」


「ははは……ブラッド殿は『ついで』で邪神を滅ぼしてしまうのだな」


「もしかすると彼こそが、伝承にあるソラリア様の御使いなのかもしれませんね……」


 ファルは乾いた笑いを浮かべ、ベティはなぜか崇拝するような顔つきで俺を見ている。


 いやまあ照れ隠しを本気にされると、少々むずがゆい。


 そもそも、最終的に邪神を滅ぼしたのはファルであり聖剣モタだからな。


 俺はその下準備をしたまでだ。


「ああ、そうだ。モタ殿は、大丈夫なのだろうか?」


 ファルが心配そうな表情で、ファルが手に持った聖剣モタの白銀色の刃を眺めている。


「あ……私は無事、です。呪詛はなくなっちゃいましたけど……」


 ファルの言葉を受けて実体化したのは、紫紺の髪を持つ、清楚で可憐な美少女だった。


 なんかちょっと髪型が変わって目が隠れていないし、顔色も良い。


 それに服も肌を覆う面積が増えて淫靡さが減少している。


 これならば、街に連れ出しても淑女の皆さまから鋭い視線を頂戴することはないだろう。


 というか……


「誰だお前」


 誰だお前。


「……モタですよ、ぱぱ」


 むーっ、と頬を膨らませる仕草はとても可愛らしいものだった。


 いやマジで誰だお前。


『誰ですかこのふんわり系清楚系美少女は』


『やば……ちょっとあーしの好みかも……』


 セパとレインもドン引き(?)の様子だ。

 レインは変な扉を開きそうになっている。


「ブラッド、もしかして彼女は呪詛が抜けたせいで性質が変化したんじゃないか?」


 隣でカミラが耳打ちしてくる。


「……そういうものなのか?」


 いや変化しすぎだろ。


 ほとんど別人だぞ。


「うーむ。おそらくは、だが」


 いまいち確信を持てないのか、カミラが首をかしげている。


 とはいえ人造精霊の性質キャラに一番造詣が深いのは彼女だ。


 まあ……彼女が言うのなら、そうなのだろう。


「今まで世話になった。そして改めてよろしく頼む、モタ殿……いや、モタ」


「えっ……と。あの、その……いいんですか?」


 ファルに深く頭を下げられ、モタが困惑している。


「何か気になることであるのか? モタ」


「いえ……私、もう力が……『不死殺し』じゃない、ですから。私、もうただの喋る剣です……よ?」


 少し俯きながら、モタが消え入るような声で呟いた。


 確かに今の彼女は、もう『不死殺し』ではない。


 ただの、白銀の刃を持つ剣だ。


 もちろん業物と言っていい切れ味ではあるが、それでも特殊な力があると言われれば、ない。


 だが、ファルは別に気にしていないようだ。


「何を言っているのだ、モタ。君の力があったからこそ、私はベティを救うことができた。喋るだけ? とんでもない。私たちはそんなに恩知らずではない。君は私たちの仲間だよ。これまでも、これからも、ずっと」


「ファルさん……」


「それに、モタ。君はとても美しい。私とて、惚れてしまいそうなほどにね……これからも、よろしく頼むよ」


 爽やかな笑顔で、モタの手をしっかりと握りしめる。


 モタの顔がボン! と真っ赤に染まった。


「ヒッ……!? アッ……ハイ」


 あ、反応に困ったときの挙動不審な感じはそのままなのね。


「……ほう。こういうのも、なかなかどうしていいものだねぇ」


 俺の隣で、カミラがニヤニヤ顔をしている。


 ……いや、今のは多分お前が想像している関係性じゃなくて、ファルが言いたいのは『モタの白銀の刃が美しい』ということだと思うぞ。


 ……そうだよな、ファル!?


「ふふ……新しい仲間が増えましたね。私からも、よろしくお願いいたします」


「アッ…………ハイ」


 モタの挙動不審さが増加した。


 おっ、もうちょっとで元に戻れそう。


 いずれにせよ、彼女は二人の『陽』な空気感が苦手らしい。


 まあ、外見は変わっても中身はそう簡単に変わらないか。


「じゃ、頑張れよモタ」


「頑張りたまえよ、モタ君」


 送り出した者としては、『まあ頑張れ」としか言えないが。




 ◇




「さて……俺たちはそろそろ帰るか」


「うむ。久しぶりに頑張ったから、疲れてしまったな。帰りはしばらくルセラに逗留することにしないか?」


 広間の隅で座り込む俺に身体を預け、くぁ……とカミラがあくびをする。


「それもいいかもな。ひなびた宿場町だったが、メシと温泉は悪くなかった」


 実のところ、十年以上ぶりに大技を繰り出したせいで疲労困憊である。


 少し休憩を取ったものの、あれだけの大立ち回りを演じて、すぐに疲れが取れるわけでもない。


 それに久しぶりの長旅でもあったせいで、身体だけでなく心も疲れている。


 すぐにでも温泉に浸かって、ゆっくり飯を食いたいところだ。


 もっともゆっくりしたその夜には、カミラによってふたたび疲労困憊にさせられそうだが……


『私は美味しい食事を所望します、ご主人。人造精霊の存在維持に食事は不要ですが、味覚くらいはあります。今回は私は頑張りましたし、それくらいは構わないでしょう?』


『あーっ! じゃあじゃあ、あーしは温泉浸かりたい! マスターも一緒だよ! いいよね? あーしも頑張ったし!』


『なっ……レイン、破廉恥ですよ! ……ご主人とは、私が一緒に入ります!』


『はぁ!? セパは一人で勝手にご飯食べてりゃいーじゃん!』


『私だって温泉に入りたいんですよ! ご主人と!』


 と、精霊たちが騒ぎ始めた。


 セパもレインも、かなり頑張ってくれたのは間違いない。


 宿で一緒にのんびり過ごすのも悪くないだろう。


 まあ、二人と一緒に温泉に入るつもりはないが。



 ちなみにファルとベティはギースを叩き起こすと、聖剣モタを連れて先に広間から出て行った。


 三人(と聖剣一人)はリグリア再興を目指すべく、まずは王都の状況を見て回ることにするそうだ。


 彼女たちが出ていく前に少しだけ聞いた話によれば、三人(と聖剣一人)は当分の間リグリアに残り、国外に散らばった者たちを呼び戻していくとのことだった。


 時間はかかるだろうが、彼女たちならリグリアを再興することができるだろう。




 こうして、俺とカミラ(それと聖剣たち)のリグリア遠征は幕を閉じたのだった。





 なおルセラの宿に戻ったあとは、毎夜カミラに疲労困憊にさせられまくったのは……言うまでもない。

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