第47話 『不死殺しと邪神狩り』
「やめッ――――――!?!?」
飛来する石聖剣が次々とベティに着弾してゆく。
轟音が広間を満たし、彼女の悲鳴は途中でかき消された。
「ごほっ、ごほっ……なんだ、この魔術は……!」
石聖剣の爆撃の余波で土煙がもうもうと立ち込めており、ファルはそれを吸い込んでしまったのか、激しくせき込んでいる。
一応カミラとファルには当たらないよう角度を調整したのだが……こっちも全力だったからな。
まあ、多少の埃を吸ったところで直ちに死ぬわけでもない。
我慢してもらおう。
「おおっ……! 腕は落ちてなかったようだね、ブラッド。……やったか?」
カミラが土煙を透かし見ながら、そんなセリフを口にしている。
「おいやめろ、最後のセリフは縁起が悪い」
こういう戦闘において、「やったか?」は厳禁である。
冒険者や魔術師は割とこういうの気にするものだと思うんだが……カミラはこの手のジンクスに疎いというか、あまり気にしていないフシがある。
俺は気にするのでやめてほしい。
「それにしても、派手な技だね。昔見たものよりも威力も強力になった気がする」
「前は単発で使うことが多かったからな」
この戦法には名前を付けていないが、基本的な仕組みは普段の聖剣錬成と大して変わらない。
違うのは、魔法陣を壁や床に転写して、それらを素材として使用することと、聖剣の錬成過程を可能な限り簡略化することにより半自動で聖剣錬成を可能にしていること、だろうか。
本来の使い方はダンジョン内の壁面や床に仕掛けることによって魔物を遠隔で仕留めたり、メイン武器が破損したときの代替品として錬成するのだが、時間と錬成する場所が許せるならば、こういうド派手な使い方もできるというわけだ。
「ぐっ……あがっ……」
土煙が収まると、ベティの姿が確認することができた。
彼女は満身創痍で呻き声をあげている。
ただ、致命傷は受けていない。
石聖剣の目的は、彼女から邪神を引きはがすことだ。殺すことじゃない。
『グギ……アリ、エナイ……』
ベティの周囲には、飛び散った邪神の欠片が散乱している。
『ナ……ナゼ……オレノ身体……動カナイ……再生シナイ』
闇の欠片から眼球と口が生じ、どうにか再結合しようと彼女にじり寄っているが、その歩みはナメクジ以下の速度だ。
「この聖剣は邪神狩りに特化した特別製でな。
『ジャシン……狩リ……?』
近づく俺に気づいたのか、邪神の欠片がギョロリと眼球を向けてきた。
「まあ、一発一発に大した効力はない。人造精霊の制御もないしな。だからまあ、こんな感じで物量でもって叩き潰す必要があるわけだ。……俺の好きなやり方じゃないがな」
言いながら、眼球の生えた邪神に近づいていく。
「レイン。さっさと片付けるぞ」
『あいあーい』
『マテ……! オマエ……何者……イヤ……知ッテイルゾ……人ノ身デアリナガラ、我ラヲ滅スル存在……マサカ……勇――ガッ』
邪神は何かごちゃごちゃ喚いているが、わざわざ耳を傾ける義理もない。
サクッとレインを突き刺すと、邪神の欠片はそのまま魔素に分解され、光となって虚空に溶け消えた。
どうやら不死の力は、吹き飛んだ方には及んでいないらしい。
『イヤダ……オレハマダ……アンナ地獄に還リタクナイ……!』
「知るか」
すぐに別の欠片から眼球と口が生え何やら喚きだすが、容赦なくサクッと消滅させていく。
所詮ベティの祈りを喰らい、ノスフェラトゥを取り込んだだけのザコ邪神だ。
めぼしい欠片を潰すと、小さなものも徐々に溶けてゆき、すっかり広間は綺麗になった。
◇
「……殺しなさい」
ファルとともにベティに近づくと、彼女はすでに目覚めていた。
正気を取り戻してはいるものの、無理やり邪神の力を使ったせいか衰弱が激しいようだ。
力なく横たわったまま、口だけを動かしている。
「ベティ。私は……」
ファルはベティの側に跪き、苦渋に満ちた表情をしている。
「殺しなさい、ファル。その剣は、不死を殺すために造られたものなのでしょう」
「…………ッ」
ファルが自分の手の内にある聖剣をじっと見つめている。
「……さあ、早く。私の中には、まだ『暗がりの御子』の魂の残滓が燻っています。ノスフェラトゥから奪った不死の力は、未だ健在です。それを滅ぼすのは、貴方しかできません。……そうでしょう、ブラッド様?」
横たわったまま、ベティが視線だけを向けてきた。
「……ああ」
俺は正直に答えた。
ベティの傷は、すでにほとんどが塞がっている。
だが彼女に落ちた影の中に、じくじくと何かが蠢動している様が見て取れた。
それほど間を置かず、邪神は力を取り戻すだろう。
ベティの独白は続く。
「私は私の願いのために、王族を、貴族を、それに無辜の民の命を邪神の供物としました。それに……ファル。私は私にとって一番大事な、貴方の信頼も失いました。もはや生きながらえようとは思いません」
「待ってくれ、ベティ! 私は……」
「よいのです」
ファルの言葉を、ベティが遮る。
「貴方だけは、この腐敗したリグリアの中にあって、唯一気高い精神の持ち主でした。滅びゆくこの王都まで戻り、私を連れ出してくれたのだから」
「だからそこ、私は貴方に断罪されたいのです。リグリア神聖国聖騎士団長ファルネーゼ・トゥルダ。貴方にはその資格と、義務があります」
「…………」
「義務を果たしなさい、ファルネーゼ・トゥルダ。……リグリア神聖国第八位の王位継承権を持つ、ベアトリス・ハイト・リグリアとしての命令です」
「………………………………承知いたしました、ベアトリス殿下」
長い沈黙ののち。
ファルが立ち上がった。
その手には、聖剣モタがきつく握られている。
「それでよいのです。私の魂が女神ソラリアの元に向かうことはないでしょうが……いずれ貴方がかの女神の元へ召されるその時まで、私は貴方を冥府より見守っています」
少しだけ口角をつりあげ、ベティが笑顔を作った。
「……貴方の魂に、女神ソラリアの加護があらんことを」
ファルの頬には、大粒の涙が伝っている。
そして彼女は剣を振り上げ――ベティの胸に突き刺した。
「………ありがとう、ファル」
最期の言葉が、ベティの口から漏れる。
次の瞬間。
ベティの身体が、びくんと震えた。
背筋をのけぞらせ、苦悶の表情で目を見開き……大きく口を開いた。
『オオオオオオオオオオオォォォォォォ――――――…………』
どぶっ、と黒い汚泥が彼女の口から吐き出された。
汚泥は凄まじい勢いを保ったまま、広間の天井へと昇ってゆき、どんどんと覆い尽くしてゆく。
汚泥が天井を完全に覆い尽くしたころだろうか。
それまで静かだった黒い水面が徐々に波立ち、やがて荒波のように荒れ狂い出した。
まるで汚泥が行き場を失い、もがき苦しんでいるように。
そして。
『オオオオオオオオオアアァァァァァァーーーーーー…………』
突如断末魔のような叫び声が広間に轟き……天井を覆い尽くしていた汚泥が消滅した。
それと同時に、ファルの持つ聖剣モタの刃が、深い紫紺から輝く白銀へと変化する。
汚泥を吐き出し終えたベティはぐったりと力を失い、動かなくなった。
「…………」
それを見届けたファルが、ベティから剣を引き抜いた。
静寂が訪れる。
そして。
「…………なぜ」
ベティの口から、言葉漏れた。
キョトンとした表情で、目は見開かれている。
剣を突き刺したファルも、同じ表情になっていた。
「なぜ、私は生きているのですか」
「…………」
二人が俺の方を見た。
疑問に満ち溢れた視線だった。
「あー……多分だけど、だな」
俺はぽりぽりと頬を掻いた。
正直、このケースは想定していなかった。
ただ、間違いなく『不死殺しの呪詛』は有効に機能した。
聖剣モタの色が、変化したからだ。
「…………もともと聖剣モタはノスフェラトゥを殺すための剣だ。だが、その本質とも言える『不死』の力は、あんたの中にいた邪神が取り込んでいたんだ。で、その不死だけを殺した。呪詛の対象に、あんたは含まれていなかった。そういうことだと思う」
俺もこの状況を正しく説明することは難しい。
いずれにせよ、だ。
邪神は滅び、ベティは生き延びた。
それが結果だ。
だから。
「ここはひとつ、邪神と一緒にアンタの『罪』も殺したってことでいいじゃないのか?」
それが、一番収まりがいい気がする。
国を滅ぼすことになったのが彼女の意思だったのか、それとも邪神の力で正気を失った結果だったのか。
今となっては、どうでもいいことだ。
少なくとも、俺にとっては。
「………私は、生きていいのでしょうか」
ベティの頬に、涙が伝う。
「友が死んで、嬉しい奴がどこにいる」
ファルはそう言うと、ベティを強く抱きしめた。
「そうですね……確かに私も、貴方やギースが死ぬところを見たくありません。……大切な友人ですから」
ベティも、震える手でファルを抱きしめ返す。
二人はしばらくそのまま無言で涙を流していた。
「ふん。やるじゃないか、ブラッド。ようやくこれで、大団円というわけだな」
隣に立つカミラが、ニヤニヤ顔で俺のわき腹を小突いてくる。
「だからやめろってカミラ。邪神が復活したらどうするんだ」
……まあ、邪神は復活しなかった。
ヤツも空気くらいは読めるらしかった。
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