第37話 『「力を貸してくれ」は要らないぞ』

 ファルたちを助け出すことは決まった。


 そうなれば、次は準備だ。


 今回はダンジョン探索と遠征用の装備が必要になることは間違いない。


 往復で合計六日、王都内部の捜索で三、四日程度の日数が必要になる。


 武具類は俺の武器防具とレイン、セパ、モタ。


 三人には自分の聖剣を持ってもらう予定。


 武具類は基本的に装備したまま。


 問題は十日分の水や食糧、それに日用品類だ。


 これは持って行かない、という選択肢が取れない。


 現地で調達できるかまったく分からないからだ。


 というか、モタの話を聞く限りではまったく期待できない。


 特に水は、アンデッドたちが王都に溢れているのなら汚染されている可能性が高い。


 道中で調達可能だとしても、最低四日分は持っていく必要がある。


 そのほかにも、回復薬や解毒剤などの体力・各種状態異常回復手段や非常用の魔力回復剤などなど。


 頭の中でざっくり見積もっただけでも、膨大な量だ。


 今持っている魔導鞄マジック・バッグの容量ではとても足りない。


 本来ならば馬と馬車を借りなければとても立ち行かないだろう。


 もちろん馬も馬車も連れていける旅ではない。


 魔導鞄を、どうにかして拡張する必要が出てくる。


 そして俺は、それが可能な人物を知っていた。


「……な、なにかなブラッド?」


 久しぶりにカミラの店を訪れると、すぐにカミラが現れた。


 扉をノックした、ほとんど次の瞬間だ。


 しかもマリアではなく彼女が直接、である。


 そういえば最近、カミラの店は感知魔術によりセキュリティがさらに厳重になっていた。


 俺が扉をノックしてから彼女が出てくるスピード感を鑑みるに、こちらが店の扉の前に立った時点で彼女に察知されていたのは間違いなかった。


 ちなみにこの変化は、ちょうど、俺とカミラがダロン火山から帰ってきたあたりからだ。


 彼女は最近街が物騒になってきたから、と言い訳していたが。


 まあ……彼女の言うことも、もっともではある。


 カミラの店はマリアとステラの女三人(厳密には女二人と自動人形オートマータ一人だが)だし、防犯は厳重にしてもしすぎるということはない。


 実際、俺たちが旅をしている間に、冒険者数人が路地裏で何者かに半死半生の状態で見つかる、といった事件が発生している。


 彼らは冒険者としては、ほとんど再起不能だったそうだ。


 もっともそいつらは例のステラを奴隷にしてヤツらだったとのちに分かったので、同情もクソもないのだが……物騒な事件であることには変わりない。


 ちなみに今朝城門に呼び出されたときに衛兵から聞いた話によれば、連中はステラの件以外でも余罪がゴロゴロと出てきたらしい。


 衛兵からもマークされていた札付きのワルだったらしく、何者かの手によってズタボロにされた連中は厚顔無恥なことに衛兵に助けを求めたものの逆に衛兵に捕縛され、今後は王都に送致されて徹底的に調べ上げられる予定……とのことだった。


「そういえば、今日はマリアは休みなのか?」


「い、いや、たまたま私の手が空いていただけだ」


 カミラがちょっと挙動不審げに答えてくる。


「……それで? 素材の買い付けか? それとも人造精霊の調達か? だったらステラに届けさせて……」


「今日はどっちでもない。お前に用事があってきたんだよ。立ち話じゃなんだ、入るぞ」


 俺が店に入ろうとすると、なぜかカミラが慌てだした。


「なっ、ななななっ……! ちょっと待てブラッド、私はまだ心の準備ができていない! ま、まさか君……もしかしてステラがいないこのタイミングを狙って……!?」


 顔を真っ赤にして、いったい何の話をしているんだコイツは。


 先日の一件からちょっとおかしいぞ。


 まあ、忘れようとしても、簡単に忘れられない出来事だったのは確かだが。


 ただ……俺も空気は読めないタイプじゃない。


 彼女に意識されている、というのは分かる。


 まあやったことを考えれば当然だ。


 俺だって、意識していないと言えばウソになるしな。


 だが、今はそれどころじゃない。 


「悪いが急いでるんだ。俺はお前くらいしか、魔導鞄の拡張処理を行えるヤツを知らないんだよ。受けてくれるよな?」


「…………なんだ、そんなことか」


 ボソっとカミラが呟く。


 かなりやさぐれた表情だ。


「そんなこととはなんだ」


「いや、気にしないでくれ。私の勘違いだ。……少々散らかっているが、入ってくれ」


 まあいいけどさ……


 カミラに案内され、俺は応接間まで通される。


 確かに彼女の言ったとおり、ステラはお使いで外出中、マリアは昼食を支度中のようだった。


 台所から肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。


「魔導鞄の容量拡張処理だったね。どのくらいだ?」


「そうだな。お前が持っているのと同じくらいまでの拡張は可能か? もちろん費用は出す」


 どん、とテーブルの上に魔導鞄を出す。


「ふむ……ポーチタイプか。そうすると、私のものと同じ容量にするのは難しいな」


 彼女の持っている魔導鞄は肩掛けタイプで、俺の持っているものより二回りほど大きい。


 旅や冒険で前衛職のように激しく動く必要がないからだが、そうなると俺も同等の鞄をどこかで調達してくる必要があるということか。


「ならば、じゃあ、今から街で買ってくる。処理はどのくらいでできる?」


「ちょっと待ってくれブラッド! 依頼を受けるのはやぶさかじゃないが、せめてもう少し詳しい説明をしてくれないか。それに君……ずいぶんと怖い顔をしているぞ」


「……っ、そんなに顔をしているのか?」


「ああ。眉間にしわがよって、オーガみたいになっている」


 カミラが苦笑しつつ、俺の額にそっと手で触れた。


 温かく、柔らかい感触。


 それだけだったが、何となく気持ちが軽くなった気がした。


「……これでよし。じゃあ、話を聞こうか」


「そうだな。お前には話しておくべきだよな」


 俺はカミラに、ファルがリグリアに向かい行方不明になった話をする。


 それと、聖剣モタが一人で帰ってきたことなど。


「なるほど。それで君は、たった一人でリグリアに乗り込むつもりだった、と? バカなのか、君は?」


 話を聞き終わったカミラに呆れられてしまった。


「セパ、レイン、モタが一緒だろ。四人だ」


「人間は君一人だろう。聖剣自身の戦闘力なんてたかが知れている」


「ぐっ……」


 カミラの言うとおりだった。


 聖剣そのものには、基本的には戦闘能力はない。


 そもそも聖剣は武器だ。武器は、人が扱うものである。


 人造精霊を実体化させて戦う、という状況を想定していない。


 たしかに以前はレインに剣を持たせてみたりもしていたが、力任せに振ったり突いたりするくらいしかできなかった。


 もちろんレインやモタも剣術をしっかり教えこめば習得可能だろうが……今は時間がない。


 それに俺は誰かに剣術を教えたことがない。


 そもそも誰かに剣を教える、というのは、剣をうまく振れることとイコールではない。それらは別々の才能だ。


 だが、今は人数が欲しかったのは確かだ。


 俺だけでは荷が重いのは分かっている。


「はあ……君らしくもない。ずいぶんと取り乱しているみたいだね。そんな顔を見たのは、十二年ぶりだよ」


「…………」


 胸中を言い当てられて、俺は黙るしかなかった。


「でも、心配することはない。ここに最強の精霊術師がいるんだ。ならば、言うべき言葉は決まっているだろう?」


 カミラが腕組みをして、俺の言葉を待っている。


「だからといって、お前を巻き込むわけには」


「だから、それが水臭いというんだよ」


 俺の言葉を遮って、彼女がビッ! と指を突き付けてくる。


「先日の『屍竜の谷』では、その……君に助けられた。ならば、そのお返しのチャンスというわけさ。借りは、返せるときに返しておかないとね」


「…………」


 いやお前あのとき「借りを返せ」って言ってたじゃん……


 まあ、あれが借りなのか貸しなのか、借りたのか貸したのか、俺にもよく分かっていないが。


 ただ、こういうときの彼女は頑固だ。


 俺が何を言っても付いてくるのは間違いない。


「はあ……分かったよ。カミラ、お前が必要なんだ。力を貸してくれ」


 俺は彼女に頭を下げ、言った。


「………っ」


 なぜか沈黙が返ってきた。


「……ふむ。ブラッド、頼みがあるんだが」


 少しあって、彼女が厳かに口を開く。


「なんだ?」


「もう一度、同じセリフを言ってくれないか」


 なぜかカミラがそんなことを言ってくる。


 もしかして聞き取れなかったのか?


「カミラ、お前が必要なんだ。力を貸してくれ」


「……もう一度。今度は、『力を貸してくれ』は要らないぞ」


 ……?


 まだ聞き取りづらかったのか……と彼女の顔を見て気づいた。


 カミラのヤツ、ものすごくほこほこした顔をしていることに。


「……おい、いい加減にしとけよ?」


 そんなわけで、カミラが旅に加わることになった。

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