第28話 『主語を抜かしてはいけない』
「――ハアッ!!」
新居の庭に、裂帛の気合が響き渡る。
ザン! と鋭い音とともに、オーガを象った木偶人形が無数の欠片に断ち割られ、地面にバラバラと転がった。
「ふう……どうだろうか、ブラッド殿」
大剣を担ぎ直したファルが、俺の方を向き直った。
これは彼女の剣筋から持つべき聖剣をどんなものにするか確認するための試し斬りだったのだが……
まさか丸太サイズの木偶人形を軽々ぶった斬るとは思わなかった。
というか軽く当てる程度で、立ち振る舞いを確認したかっただけなんだが……木偶の修理費用は、聖剣錬成の費用に上乗せしておこう。
結構高かったんだぞ、あれ。
それにしても、である。
「あんた凄いな。ひと呼吸で八連撃かよ。どんな腕力をしてるんだ」
実際、ファルの剣技は壮絶と言うほかない。
彼女と身の丈とほとんど同じ刃渡りの大剣をまるで小枝のように軽々と振り回し、試し斬り用の木偶人形を一瞬でバラバラにしてしまった。
パワー系にもほどがある膂力だ。
おそらくギースよりパワーがあるだろう。
しかも、ほとんど神速といっていい技のキレである。
あれが魔物や敵兵だったのなら……絶命するその瞬間まで、自分がどうなったのか自覚できないはずだ。
さすが、ほぼ単騎でオーガセンチピードを倒しただけはあるな。
「おいおい……ちょっと待てや新人詐欺野郎! さっきの連撃全部視えたのか!? お前こそどんな動体視力してやがるんだ!?」
ファルと一緒に付いてきたギースが何やら叫んでいるが無視。
あいつと絡むとロクなことにならんことは学習済みだ。
ちなみに今日はベティも来ている。
「ああ、さすがは私のファル。素晴らしい剣筋です」
彼女は彼女でファルに見惚れたままだ。
どうやらあの姫様、どうやら騎士であるファルに心酔しているらしい。
まあ、あの強さだからな。
滅びゆく国から救い出してくれたのを考えれば、完全に『私の騎士様』だろう。
……女同士ではあるが、そこは俺の関知するところではない。
ギースは……まあ頑張れ。
「つーかベティ、あんた全然見えてないだろ! なに知ったかしてんだよ」
「いいえギース。ファルの剣筋を評価するのに、目など必要ありません。ただ、感じればいいのです」
「適当言いやがって……まあ、あんたがいいなら、それでいいんだけどよ」
「……別に大したことじゃないと思うが」
俺は俺で二人には聞こえないよう、小さく呟く。
聖剣錬成師たるもの、ある程度の剣と剣技に詳しくなければ、仕事にならないからな。
聖剣を求めて工房にやってくる人物は、貴族だけでなく高名な冒険者たちも多かったし、腕の立つ剣士とかもちらほらいたからだ。
連中の剣筋を見る機会は多かったし、自然と眼が鍛えられた。
もちろん元冒険者であるから俺自身も剣を振るし、その辺も経験値としてあったのだと思う。
とにかく、ファルの剣技は、得物が大剣にも関わらず恐ろしい速さだ。
剣士としては、相当に研ぎ澄まされている。
在りし日の戦場でも、あまたの魔物や魔族を斬り伏せたことだろう。
だが。
「ノスフェラトゥを倒すには、それじゃダメだな」
「……それは重々承知している」
「ああ。ヤツは身体をバラバラにされたくらいじゃ死なない。やるならば、魂を殺しきる一撃、だ」
「そうであろうな……実は、三年前に一度、ヤツと対峙している。どんなに斬っても、殺すことはできなかった」
ファルはそのときのことを思い出したのか、悔しそうな顔になった。
「だが、剣のリーチと速さは武器になる。だからこその聖剣だ。心配するな、前も言ったが
「うむ。実はブラッド殿の話は、別の冒険者や知り合いの貴族たちから聞いたことがあってな。このような巡りあわせがあったこと、神の思し召しとしか言いようがない」
言って、ファルは自分の胸に片手を当て、天を仰ぐ姿勢を取った。
ソラリア教の祈りの仕草だ。
これまで打ち合わせを重ねてきて分かったのだが、ファルは敬虔なソラリア教信者だ。
太陽の女神ソラリアを国教とするリグリアが不死者の魔族に侵略を許すなど、皮肉としか言いようがないが……まあ、戦争に勝つのに必要なのは信仰心ではなく数と武力だ。
彼女たちは、後者で魔族に劣っていた。それだけの話である。
それはともかく。
「だが、そのための素材が必要だ。しかも、かなり強力な毒か呪詛を含むやつだ。ただレイスやゾンビを滅するのとはワケが違うからな。そして……入手にはそれ相応の準備と時間が必要だ。それと、有効な一撃をヤツに叩き込む技量の持ち主も、だ。後者はさきほど確認できたが」
「腕の方は、さらに磨きをかけるつもりだ。それで……あとどのくらいの期間が必要なのだろうか」
「そうだな。揃えるべき素材はほとんど揃えた。あとは……いくつかだけだ」
「それは、我々が揃えるべきものなのだろうか」
「いや……純粋な剣士や戦士だと少々採取が厳しい素材でな。俺……と、知り合いの魔術師で調達する予定だ」
ちなみに工房の準備も、着々と進行中だ。
いろいろこだわりたいところはあるものの、素材がそろうタイミングで聖剣の錬成ができるまでの状態に漕ぎつけることができるだろう。
「そうか。ぜひとも、よろしく頼む」
「俺からも頼むぜ。あのクソ魔族を玉座から引きずり降ろさなきゃ、我慢ならねえんだ」
「……ぜひとも、あのにっくき魔族を討滅する力を、我々に」
三人が深く頭を下げてくる。
「まあ、もう少しだけ待っていてくれ」
……これは、気合を入れて錬成しないとだな。
◇
ファルとの打ち合わせが終わったあと、俺はカミラの元に向かった。
「……それで、ブラッド。頼みというのは、何だね」
カミラはちょうど夕食中だったらしい。
テーブルにはマリアお手製のシチューやらパンやらが並び、暖かそうな湯気を立てている。
テーブルを挟んで斜め向こうには、ステラがちょこんと腰掛けている。
彼女はきょとんとした顔で、俺を見つめていた。
……来るべきタイミングを間違えた気がする。
というか、マリアも普通に案内するなよ……
後悔するが、時すでに遅し。
「ブラッド」
「なんだ」
胡乱な目で、カミラが俺を睨みつける。
彼女が口を開いた。
「素材を買いすぎて金欠ならば、さっさと言ってくれればいいものを。夕食くらい、いつでも恵んでやるぞ」
「それは助かる……違う、そうじゃない」
というか別に金には困っていない。
もちろん目の前のシチューが美味しそうなのは確かだが。
「とりあえず、ブラッド様も席についてはいかがですか? まだ食事の用意がありますので」
「マリアもそう言っているんだ、君も一緒に食事を取っていくといい」
「……すまん」
とりあえず席に着く。
すぐさま、俺の目の前にシチューとパンが出現した。
マリアが手際よすぎる。
ステラはニコニコ顔だ。
「それで、用事は何かな」
カミラがシチューを口に運びながら、俺に聞いてきた。
「カミラ」
彼女に頼みごとをするのはこれが初めてというわけではない。
だが今回必要な素材は、採取そのものにかなりの危険が伴う。
端的に言って、命を落とす可能性すらあった。
本音を言うならば、俺一人で挑みたい。
だがその場所に行くためには、どうしてもカミラが必要だった。
だから俺はなるべく真剣な表情を作った。
「カミラ、どうか俺
「…………」
「…………」
テーブルの空気が止まった。
カミラとステラとマリアが、俺を凝視したまま固まっている。
まるで俺だけが、時の止まった世界に放り込まれたようだ。
そして。
彫像のごとく固まったカミラの顔が、耳が、凄い速さで赤みをましてゆき……ついにはリンゴのように真っ赤になった。
それを合図に、再び時が動き出す。
「ききき、ききき君と、つつつつつつき、つつつつ――――!?!?」
「ほわわわわわーーっ!?!?!?!」
「あらあらまあまあ」
カミラが狂ったキツツキみたいな鳴き声をあげ、ステラが素っ頓狂な声を上げ、マリアがニマニマと笑顔になった。
そこで俺は気づいた。
緊張のあまり、肝心な主語を抜かしていたことを。
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