第21話 『豪邸をもらった』

「ここが先日言っていた邸宅だ。どうだろうか?」


 ダンジョンから帰還して、さらに数日後。


 ファルに案内されたその建物は、街の外周部の一角に佇んでいた。


 以前彼女が言っていたとおり、古びた家屋だ。


 ただし市街地にあるような遺跡を改装したものではなく、新たに建てられたものだ。


 もっとも壁面の一部はツタでおおわれているが。


 立地は良好だ。


 日当たりがよく、街を見渡せる外周部のかなり上の方。


 高級住宅街の一角だった。


「内部を案内しよう」


 ファルが手に持っていた鍵で門扉を開き、手招きをした。




 ◇




 建物の間取りは、典型的な貴族の屋敷といった様子だった。 


 もちろん庭もある。しかも結構広い。


 庶民の感覚からいえば、完全に豪邸である。


 玄関と繋がった吹き抜けのホール、二階へと続く湾曲した階段。


 一階部分はメイド用の炊事場やトイレなどもある。


 もちろん埋設型の魔道具により、トイレ、浴室、炊事場のコンロなどは今日からでも使えるようになっている。


 二階は寝室や客間、書斎など。


 カーテンなど、一部の家財道具はそのままになっている。


 ベッドなどは、マットの類を交換する必要があるだろう。


 地下室も見せてもらったが、石造りの頑丈なものだった。


 広さも高さも問題なし。


 現在はがらんどうだが、設備を整えれば十分聖剣工房として機能するだろう。


 ただ、ここはあくまで邸宅だ。


 店舗として運用するのは一工夫必要だろうとは思った。


 まあ、当面は吊るし売りをするほど錬成する予定はないし、問題ない。


「ブラッド殿、どうだろうか?」


 一通り内覧が終わると、ファルが訊ねてきた。


「申し分ない。まさかここまで豪華だとは思ってなかったぞ」


 正直、旧市街にあるボロい空き家などを想像していたから、いい意味で裏切られた格好だ。


「そうか、それはよかった」


 俺の回答を聞いて、ファルも満足そうに頷く。


 だがそうなると、素朴な疑問が浮かび上がってくる。


「あんたら……『暁光の徒』はここに住むつもりはないのか?」


「我々はこの街に定住する気はない。ブラッド殿から聖剣を受け取ったら、すぐに街を発つつもりだ。それにここは、冒険者ギルドからは少々遠いしな」


「なるほど」


 定住する気がない以上、中途半端に住んで家を汚す必要はない……ということだろう。


 それにここから冒険者ギルドまでは、徒歩三十分ほどかかる。


 決して遠いとは言えないが、便利かと言えば迷う距離だ。


 俺は頻繁に通うつもりがないので問題ないが。


 ファルがダメ押しをするかのように話を続ける。


「ここは、もともと私の遠縁にあたる者が住んでいた屋敷でね。残念ながら数年前に他界してしまってから、ずっと空き家になっていたのだ。だから、定住する者を探していたという理由もあるのだ。もちろんブラッド殿の好きに使って構わない。私自身に、それほど思い入れはないからな。」


「そうだったのか」


 そうということならば、俺としても問題ない。


 しばらくはカミラの工房を間借りすることになりそうで、ヤツには申し訳なく思っていたのだ。


 宿代もバカにならないしな。


 ちなみにこの邸宅は聖剣の代金の前払い分として、ファルから譲り受けることになる。


 このため、彼女が実際に支払う代金は馬一頭分くらいだ。


 中堅冒険者ならば、払えない額ではない。


「それで、いつから聖剣錬成に取り掛かれそうだろうか?」


「そうだな。引っ越しや工房の準備があるから、一か月程度の猶予が欲しい。アンタらで調達してもらう素材もあるだろうし」


「うむ。その程度ならば全く問題ない。追加で資金が必要ならば、都度請求してもらって構わない。金に糸目は付けないつもりだ」


「それは豪気だな」


 豪気すぎる、とも言う。


「気にするな。我々に必要なのは、勝利だけだ。勝利なくては、金も家も意味をなさない。……そうであろう? ブラッド殿」


 そう言って笑って見せるファル。


 だが俺は、彼女の目の奥で渦巻く狂気じみた感情を見逃さなかった。


 …………金も家も意味をなさない、か。


 彼女はその勝利の先に、何を見ているのだろうか。


 ――あるいは、見ることができると思っているのだろうか。


「ブラッド殿?」


「……ああ、すまない。どんな聖剣にすればいいのかを考えていた」


「それは頼もしいことだ。それで、聖剣に宿る力はある程度私の希望に沿える……ということだったな。どの程度のことができるのだ?」


 そう質問してくるファルの目は、すでに冷静な光を湛えていた。 




 ◇




「それで……できるだけ淀みの濃い人造精霊が欲しい、ということだね?」


「ああ。いきなりガチな仕事が舞い込んでしまってな」


 ファルとの打ち合わせを終え、まず向かったのはカミラのところだ。

 

 俺はマリアに淹れてもらった珈琲を一口すすってから、聞き取った内容を彼女に伝える。


 ファルが必要な聖剣。


 それは不死人アンデッドに属する上級魔族――ノスフェラトゥを殺すためのものだ。


 ノスフェラトゥは魔物の軍勢を率い、三年前にリグリア神聖国を攻め滅ぼした張本人とされる。


 そして今でも、ソイツはリグリアの首都に君臨しているらしい。


 国民のかわりにアンデッドたちを率いて。


 ファルたち――『暁光の徒』の目的は、ノスフェラトゥの討伐だ。


 彼女たちは、リグリア戦役の生き残りだそうな。


 ファルは『暁光騎士団』とかいう騎士団長、ギースはその副官。


 ベティはリグリア王族で唯一生き残った、側室の子だとか。


 たしかにベティの口調や態度はそれっぽかった。


 ただ、彼女たちがヤツに復讐を遂げるためには、とても大きな問題があった。


 ヤツは不死人だ。


 普通の剣で攻撃しても死なない。


 そして知らない者にとっては意外らしいが、いわゆる神聖魔術の類も効かない。


 ノスフェラトゥは不死者アンデッドであるが、死者ではないからだ。


 ヤツに有効なのは、魔術か呪詛の類だ。


 ただし、その魔術も火や氷などでは効果がない。


 呪詛にしても、ガワに損傷を与えるタイプでは無理だ。


 それでは剣で攻撃するのと同じ物理攻撃だからだ。


 殺すには、その存在を根本から否定し、魂を消滅させるしかない。


 そうなると、呪詛か毒が選択肢に上がる。


 もちろんどちらを選択しても、腐敗毒や『腐れの呪詛』のように身体に作用するタイプではなく、魂を侵食するような強力なものだ。


 ファルたちが魔剣スケルトンを倒そうとしたのも、オーガセンチピードの毒腺を得ようとしたのも、この不死魔族を倒すための手がかりを得ようとしていたからだったらしい。


 正直、かなりの難度だ。


 もしかしたら、現在の魔族国家群を束ねる『魔王ベルゼブブ』を殺すよりも難しいかもしれない。


 もっともレインならば、あるいは可能かもしれないが……魔力と魂は別だからな。


 かなりの手傷を負わせられるかもしれないが、再生される可能性がゼロではない。


 そもそも俺は彼女をファルたちに貸し出すつもりはない。


 レインは「絶対イヤ!」と拒否するだろうしな。


「ふむ……聞けば聞くほど頭を抱えたくなるような依頼だね。というか彼女たちは、死ににでも行くつもりなのかね」


 実際、カミラの言う通りだった。


 ギースとベティは分からないが、ファルの目は死に場所を探している、という印象がぴったりだったからな。


 とはいえ、だ。


「受けちまった以上は、完遂する。あいつらが魔族のところまで突き進んで、倒して、そして無事帰還する。それが可能な聖剣を錬成する」


「……フン。まあ、不可能ではないだろう。私と君の聖剣ならば」


 そう言ってカミラが不敵に笑ってみせる。


「だな」


 むしろ、ワクワクしてくる。


 難しい仕事を引き受けてこんな気持ちになるのは、我ながら変態だと思うが……これも性分だ。仕方がない。


「それじゃあ、さっそく取りかかるとしよう。私からも、人造精霊の定着に必要な素材のリストアップをしておくよ」


「ああ、頼む。素材の手配と採取は俺が。付与術式の構築にも取り掛からないとな。忙しくなるぞ」


 そんなこんなで、住まいの環境を整えつつ初めての依頼がスタートしたのだった。

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