第14話 『聖剣に嫉妬する連中』

「素材……素材……義手の素材……っと」


 獣人少女を助けた翌日。


 まだ目覚めない彼女をカミラとマリアに任せて、俺は冒険者ギルドにやって来ていた。


 目的は義手の素材集めだ。


 俺は依頼掲示板と手元のメモを交互に睨みつけながら、依頼を探していた。


 メモには、カミラがリストアップした素材が書き連ねられている。


 鋼材。義手の骨格となる。


 血晶スライムの核。各素材の親和性を高める。


 アシッドスネイルの殻。外殻部分。対腐食性が高い。


 鋼甲蜘蛛の粘糸。鋼のように強靭で、かつしなやか。


 これは筋肉にあたる組織になる。


 あとはワイバーンの鱗。義手の耐久性を向上させる。


 そして最後は……義手の神経の役割をはたす人造精霊。


 このうち鋼材と血晶スライムの核は持っている。


 ワイバーンの鱗は商店などで入手可能。


 人造精霊はカミラの仕事だ。


 残りの二つを、ダンジョンで入手する必要がある。


 今、掲示板に張り出されている依頼のうち、手に入るのは……


「まずは、こいつだな」


 俺は目当ての依頼書を掲示板から剥がした。


 内容は、『アシッドスネイルの討伐』。


 これは採取依頼ではないが、素材集めに魔物を狩らないといけないので問題ない。


 ギルドに素材を納めなくていいから、数も最低限でいい。


 討伐数は、十体。


 場所は『ヨード坑道跡』。


 依頼書に添付された簡易地図によると、オルディスから徒歩で半日ほどの場所らしい。


「おいっすー! 依頼見つかったー?」


「うわっ!?」


 依頼書を読み込んでいると、元気な声とともにひょいっと金色の何かが視界に割り込んできた。


 それが人間の……いやレインの金髪であることはすぐに分かった。


「おい、おどかすなよ……つーかお前、いつ実体化したんだ」


「ん-、マスターが依頼眺めてるところからだけどー?」


 形のいい唇に自分の指を押しあて、考え込むふりをするレイン。


「結構前からじゃねえか……」


 もちろん今日も今日とて、その身体の大半は俺に密着している。


 レインの、女神もかくやという美貌が、息のかかる距離にある。


 彼女の距離感がおかしいのはいつものことだ。


 ただ、俺はその状況をあまり歓迎できなかった。


 ざわ……ざわ……


    ざわ……ざわ……


 俺はものすごくイヤな予感と突き刺さるような視線を感じて背後を振り返った。


「クソ、やっぱりか……」


 俺は頭を抱えた。


 ギルドにいる冒険者の――とりわけ野郎どもが、俺たちを凝視していた。


 いや、正確に言うと大半の連中はレインに、だ。


 完全に魂を抜かれた顔である。


 まあ、ガワだけは無駄に美少女だからな。


 あっ、今イケメン冒険者が、連れの女冒険者にビンタされた。


 残りの男連中といえば、血涙を流しかねない強烈な視線で俺を射殺そうとしている。


 だが、これはこれでいたたまれない気持ちになる。


 分かるぞ、分かるぞお前ら。


 俺だって赤の他人が依頼掲示板の前を占拠しながらイチャイチャしている場面を延々見せられたら、尻の一つでも蹴っ飛ばしてやりたくなる。


 でもコイツ、ただの聖剣なんだよ。


 つーか、錬成したの俺だし。


 当たり前だがレインがいくら美しくても、そういう目では見れない。


 可愛く思う気持ちはあるが、せいぜい自分の娘、くらいの認識だ。


 だから腕に胸を押し付けるのをやめろ。


「ねーねーマスター、早く(ダンジョン)いこーよー。あーし、前の(戦闘)じゃ全然物足りなかったんだからさー。てーか、今回はちゃんとあーしを満足させてほしいわけー」


 ……ざわッッ!?


 ギルド中に殺気が膨れ上がる。


 なぜかギルドの女性職員の殺気まで感じる。


 つーかコイツ、わざと大事な単語を小声でしゃべってやがるな!?


 目がニヤニヤ笑ってるし、完全にこの状況を楽しんでいるらしい。


 カミラ……お前のいう『淀み』って、こういうことなのか……?

 

 プチっ……と、いたたまれない気持ちが限界に達する。


「おいレイン、お遊びはこれくらいにしとけよ……?」


 俺は声を抑えつつ、レインの顔面をガッと掴んだ。

 

「あだだだっ!? マスター、アイアンクロウは反則だって!」


 痛くもないのに、ジタバタと暴れるレイン。


 だが、もちろん俺は捕まえて離さない。


「おい、今度は痴話げんかか?」


「うわ……DV彼氏かよ最悪だな」


「くそぅ、あの子は僕が守るんだ……!」


「うわぁ……やっぱり女の敵ねアイツ……」


 別の意味で周囲のどよめきが大きくなる。


 違うんだ、これはおいた・・・をした我が子に対するお仕置きなんだ……!


 つーかセパもだが、本体は聖剣なんだから本当に痛ければ実体化を解けばいいだけだ。


 そもそも魔素で構成された人造精霊の実体は、人間の耐久力をはるかに超える。


 このくらいで痛みを感じるようなやわな存在じゃない。


 俺は悪くない。


 なのにかたくなに実体化を解かないということつまり……単にコイツ、この状況を楽しんでやがるのだ。


 かまってもらいたいから。犬か。


 だが、さすがにこのままでは俺の冒険者ライフどころか、聖剣錬成師としての将来まで危うくなってしまう。


 考えてみれば当然なのだが、気軽に女の顔面にベアクロウをかますDV野郎が錬成する聖剣を、まともな神経の客が買いに来るだろうか?


 普通は行かないだろう。


 少なくとも俺は行かない。


「……レイン、お前はダンジョン入るまで実体化禁止だからな」


「ふ、ふぁい……」


 さすがにやりすぎたと感じたのか、レインはしょんぼりしつつ実体化を解いた。


「ぬおっ!? 女が消えたぞ?」


「もしかして、幻影だったとか……」


「あたし知ってる! モテない男用に、そういう魔道具があるって魔術師やってる彼氏が言ってた! 彼氏が!」


 そんなのあるのか、初耳だ。


 あと最後の戦士っぽい女冒険者の台詞は、自分に彼氏がいるところを強調していたから、そこだけが言いたかったらしい。


「ええ……じゃあ一人芝居だったってことかよ? あの冒険者、ヤバいやつじゃん……」


「なんだ、冴えない身なりのクセになぜか美少女にモテまくるクソ冒険者野郎はいなかったってことか」


「ああ、今日も世界は平和だったな」


 冴えない身なりで悪かったな!


 俺からすれば、ダンジョンで泥まみれになるのに華美な装備を身に着ける意味が分からん。


 武器も同様だ。


 貴族や成り上がり商人たちは機能性よりも見た目の派手さを好むが、俺が錬成する聖剣はどれも連中の基準からすれば『武骨』だ。


 まあ、連中には『機能美』という概念が存在しないのだろう。


 しかし、あらぬ誤解がどんどん広がっているな……


 次からは、聖剣どもはギルド内で実体化させないようキツく言っておかねば。


 ちなみに実はセパも連れてきているが、コイツは珍しく俺の言いつけを守って実体化しないでいる。


 おまけに今日は特にしゃべらず大人しくしてるな……と思ったのだが。


『プッ……プクク……。……! すー、すふー♪』


 が、よく見ると半透明状態でニマニマと俺たちの様子を見物していた。


 俺と目が合うと慌てて目をそらし、吹けもしない口笛を吹いて誤魔化している。


 こいつ……ただ状況を面白がって見物していただけじゃねーか!


 はあ……


 どうやら俺の聖剣どもは性悪らしい。まあ知ってたが。


 まあ、造ったの俺とカミラだが……錬成当時はセパはともかくとして、レインももっと天真爛漫だと思ったのだが、どうしてこうなった。


 ……なんかどっと疲れたな。


 俺はカウンターで冷めた目の女性職員相手に依頼受託手続きを終えると、そそくさとダンジョンに向かったのだった。

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