パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした

だいたいねむい

第一章 聖剣『不死殺し』

第1話 『上司をぶん殴ったらクビになった』

「ふざけんじゃねえぞ、この豚野郎がああああぁぁぁっ!!!!」


「ぷぎああああぁぁぁぁぁっっ!?!?!?」


 俺の繰り出した渾身の鉄拳が、小太り男の顔面に突き刺さる。


 そいつは豚のような鳴き声とともに壁までぶっ飛んでゆき、棚や工具などを巻き込んで派手な音を工房に響かせた。


 その後、静寂が訪れる。


「ちょっ、ブラッド……お前、何をやってるんだ!? おい、誰かザルツさんを瓦礫の中から引っ張り出せ!」


「やべっ……や、やっちまった」


 同僚の驚いた声に我に返るが、時すでに遅し。


 工房主ザルツは、瓦礫と化した棚に埋もれながら完全に伸びていた。


「おい、ブラッドがついにやりやがったぞ……!」


「いつもは飄々としてるヤツなのに……どうちまったんだ」


「そうか? 俺には相当我慢していたように見えたぜ。それがついに爆発しちまったんだろう」


「あいつ、工房主に蛇蝎のごとく嫌われてたからな」


「腕はいいんだけどな、ザルツさんに目を付けられたのが運の尽きってやつだ」


 ヒソヒソ声が回り中から聞こえる。


 おおむねその通りだからあえて言い返すつもりはないが。


 世話になった先代の工房主が高齢を理由に引退して、代わりに王国の貴族で元役人(税務やら財務を担当してたらしい)のザルツがやってきたのは、三年ほど前のことだ。


 ザルツと俺は、最初から馬が合わなかった。


 たぶん、俺がはっきりものをいうタイプだったのが気に食わなかったのだろう。


 ことあるごとに舌打ちされたり、貴族特有の遠回しな嫌味を言われたりしていた。


 だが、完全に目の敵にされるきっかけになったのは……おそらく、新人の女錬成師が聖剣の錬成に失敗してザルツにネチネチ詰められていたところを、それとなくフォローしてやったことだろう。


 聖剣錬成は繊細な工程が多く、失敗はつきものだ。


 新人ならば何十本も失敗作を作り出しながら、徐々に成長していく。


 もちろん最初は俺もそうだったし、今はベテランの同僚たちだってそうだ。


 だがザルツは先代が引退して工房主を引き継いだとたん、予算削減を理由に一切の失敗を許さなくなった。


 ヤツが「営業活動」と称して夜な夜な色街に繰り出し、飲み屋や娼館に入りびたり、そこで使った金を工房の経費でまかなっていたのにも関わらず、だ。


 だが、こと聖剣錬成においては、いくら金を渋ろうがどう気を付けていようが、それで失敗がなくなるというものでもない。


 聖剣本体を錬成するときの気温や湿度の変化もそうだし、魔術師ギルドから仕入れた人造精霊と聖剣との相性なども慎重に見極めなければならない。


 もちろん俺たちもできる限り天気を読み、精霊の個性を見極めるなど、努力はしている。


 だがそれでも、錬成師の腕だけではどうしようもないことはある。



 いずれにせよ、だ。



 それからというもの、ザルツは俺のやることなすことケチをつけるようになった。


 聖剣の錬成が完了すると、その出来をチェックするのが工房主であるザルツの仕事だったが、俺が錬成した聖剣は検分することもなく、その場で叩き折られるのは日常茶飯事だった。


 そこまではまあ、我慢できた。


 今となっては情けない話だが、俺の仕事が未熟だったからだと自分で自分に言い聞かせ、ザルツが俺の聖剣を破壊するのに飽きるまで錬成し続けた。


 まあ、これはこれで聖剣錬成のいい訓練にもなると思った。


 最終的にはOKが出たし、完全にダメでも人造精霊や素材は再利用できたからな。


 だが、さっきザルツ言い放った言葉だけは我慢ならなかった。


 ヤツは、俺の聖剣の出来にケチをつけるに飽き足らず、これまで自分が「潰してきた人間」の名前を自慢げにあげつらったのだ。


 お前もいずれこうしてやるぞ、と言外に意を含めて。


 そのなかには……これまで心を病んで辞めた女錬成師や、通常では絶対にありえない失敗の責任を取り辞職した同僚や後輩たちの名前があった。


 そこでようやく、俺は彼ら彼女らが辞めていった本当の理由を知った。


 頭に上った血で視界が真っ赤に染まるなんて、初めての経験だった。


 気が付けば俺の拳はズキズキと痛んでいて、ザルツは工房の棚を派手に壊してぶっ倒れていた。


 まあ、そういうことだ。


「ぐ……きさ、ま……」


 ガタン、と壊れた棚を押しのけて、ザルツが身体を起こした。


 ヤツのお貴族様らしく無駄に典雅なお顔は大きく腫れ上がり、ついでに鼻筋はぐにゃりと曲がっていた。


 鼻腔からはとめどなく血が流れ出ている。


「クビだ……ブラッド、貴様はクビだ!」


 ザルツが俺に人差し指を突きつける。


 指先から呪詛でも飛ばしそうな勢いだ。


「貴様……この俺を……この俺を殴りやがったな。ぜ、絶対に許さねぇぞ……王都中のどの工房でも働けなくしてやる! 俺の顔は広いんだ……!! ゲハハ……楽しみだ! 路頭に迷って物乞いになったお前の頭を踏みつけてやる日が楽しみだ!」


 ザルツがわなわなと全身を震わせながら、口汚く罵っている。


 格下だと思っていた相手に殴られたからだろう。見たことのない顔だ。


「そうですか。まあお好きにどうぞ」


 売り言葉に買い言葉だった。


 他の工房に手を回すならば、やればいい。


 そんな脅しで、俺が屈するとでも思ったのか。


 ずいぶんと舐められたものだ。


「この……一介の職人ごときがスカしやがって……! おい、謝るなら今のうちだぞ! 俺の靴を舐めろ。それでチャラにするか考えてやる」


「お断りだ」


「なっ……」


 俺の即答に、ザルツが固まった。


「クビにでもなんにでもしてくれればいい。それで話は終わりなら、俺はこれで失礼します。今までお世話になりました」


 世話になった先代がいなくなった以上、俺もこの工房に未練はない。


 ザルツの恫喝は、負け犬の遠吠えにすぎない。


「おい待て! まだ話は終わってねえぞ!」


 なおも喚き散らすザルツを尻目に、俺は工房をあとにした。




 ◇




「悪いがウチも職人を何人も抱えていてな。とてもギルドと事を構えることはできん。アンタの腕は知っているが、力にはなれんよ」


「そうか……無理をいってすまない」


 やはりダメか。


 申し訳なさそうな顔をしている工房主に軽く頭を下げ、俺は自前の工具を片付けると聖剣工房をあとにした。


 ザルツを殴った次の日。


 俺はほかの工房で雇い入れてもらうべく、王都中の聖剣工房を巡っていた。


 だが……結果はお察しだ。


 王都には聖剣工房がいくつかあるが、先ほどのが最後だった。全滅だった。


 ザルツは俺が元いた聖剣工房の工房主なだけではなく、王都聖剣ギルドのマスターでもある。


 こういうときには無駄に権力を発揮できるものらしい。

 

 もっともその座も先代のギルマスを謀略で蹴落として得たものだとか、キナ臭い噂がつきまとっているが。


 まあ日ごろの行いを見るに、そうでもおかしくはない。


 ヤツがギルマスに就任した瞬間、古参の幹部がごっそり入れ替わったしな。


 とはいえ、だ。


 もちろん、こうなることは想定内だ。覚悟もしていた。


 ほかの工房を回ったのは迷いというか、退路を完全に断ち切るための確認作業だ。


「よし……!」


 街の目抜き通りを歩きながら、両手で頬をぴしゃりと叩く。


 少しばかりの弱気と鬱屈とした気持ちが追い出された。


「俺は俺の工房を開く……!」


 誰に聞かせるでもなく、俺は呟いた。


 自分の聖剣工房を持つ。


 聖剣錬成師を志した十五のときに抱いた夢だ。


 そして俺は今年で二十五になる。


 一般的に自分の工房を持つのは三十半ばを過ぎてからだ。


 正直、まだ早いとは思う。


 だが、その年齢でなければ工房を開けないというわけではない。


 別の国では、若干十八で工房主をしているやつもいるらしいと聞いたことがあるからな。


 まあ、そいつは代々聖剣錬成師の家系だったはずだが。


 いずれにせよ、だ。


 これがタイミングだと思った。


 とはいえ、王都では工房主どころか聖剣錬成師として働くことはできない。


 そこで俺は別の都市に拠点を移すことにした。


 目星もすでにつけてある。


 オルディスという街だ。


 別名、『ダンジョン都市』。


 街周辺に無数のダンジョンを擁することから、そう呼ばれている。


 この街は王国でもかなり辺境の地にあり、王都聖剣ギルドの権力が及んでいない。そこは下調べ済みだ。


 それに聖剣錬成に必要な素材は、ダンジョン由来のものが多い。


 だったらダンジョン探索を生業とする『冒険者』にも登録して、必要な素材を自分で集めてしまえばいい。


 どのみち、資金面でも人脈面でもすぐに工房を開くのは無理だしな。


 もっとも冒険者という職業は、聖剣錬成師になる前に数年ほどやっていた期間がある。だから再登録ということになる。


 ずぶの素人というわけではないから、そこまで苦労することはないはずだ。


「……いっちょ、やったりますか」

 

 そうと決まれば、善は急げだ。


 俺は荷物をまとめるべく、急ぎ自宅に戻った。

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