虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる
宇水涼麻
第1話 優秀な男爵令嬢
「お願いです。俺の……俺の妹を……助けてください。妹はきっと俺の分まで殴られているんだ。俺はもうダメです。どうか、どうか、妹を……」
路地裏で倒れていた少年はそのまま意識を失った。ボロボロの服で痩せっぽっちの浮浪孤児であるその少年の空っぽだと思われたバッグには本人のものと思われる名前が書かれた紙があった。
その名前には貴族の姓が書かれていた。
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スピラリニ王国はとても珍しい州制度を用いている国である。
王家管轄領地以外の二十州をまとめるのは、公爵家二家、侯爵家五家、伯爵家十三家である。それぞれの州の中に子爵家男爵家の領地が存在する。
数十年前には横暴な高位貴族家の取り立てに子爵家男爵家が苦しみ反乱を起こしたという事件もあったが、それを機に国王陛下が目を光らせてくれることになった。
今では国内はとても平和な国である。
対外的にも隣接している国々とは今のところ争いの種はない。大陸自体はまだまだ未開発な領地もあり各国とも特に隣と戦争をしてまで領地を奪う必要も感じていないのだ。
スピラリニ王国の王都より少し北に位置するティエポロ侯爵州は、夏は比較的涼しく冬は雪は降るが積雪はさほど多くはない過ごしやすい州であった。侯爵は子爵家と男爵家合わせて四十家を束ねている。
州長であるティエポロ侯爵家の州都の屋敷にはセリナージェという末っ子の女の子がいる。そして、その子の隣にはいつもベルティナという女の子がいた。
ベルティナ・タビアーノはティエポロ侯爵州タビアーノ男爵領当主の次女である。
子爵家男爵家の子女が州長の子女の側近や専属侍女になるために州長の家で暮らすことは珍しくはない。
セリナージェとベルティナの二人は現在州都にある中等学校の二年生である。
『子は国の宝』という国王陛下のお考えの元各領にある初等学校には平民であっても九歳から十一歳まで入ることが義務となっている。中等学校もあるのだがそちらへの進学は自由である。
「ねぇ、ベルティナ。今日も家へ帰ったら一緒にお勉強してほしいの」
セリナージェは帰りの馬車の中でベルティナに可愛らしくお願いをした。ベルティナは嬉しくてにっこりとする。
「それは構わないわ。でも、セリナは最近すごくお勉強したがるのね」
セリナージェは侯爵令嬢なので基礎的な学習は家庭教師によってすでに習得している。ベルティナはセリナージェと共に学んできた。
ベルティナがさらに高度な勉強を望み、セリナージェの父親であるティエポロ侯爵がその望みを叶えてくれた。セリナージェは最近になってベルティナとともにその家庭教師から教わるようになっていた。
「エヘ! まあねっ!」
セリナージェの笑顔にベルティナはやる気がいっぱいになった。
中等学校への入学は強制ではないので州内の貴族子女か金持ちの平民が通っている。寮はないが生徒専用の下宿屋がいくつかある。各学年二十人から四十人。学費を払えば入れるので学年によってバラバラだ。
ベルティナの学年は二十五人。ベルティナは勉強が大変得意でこの中等学校では首席である。
ちなみに、ベルティナはセリナージェによる強制でそこへ通っているので侯爵家が学費を払ってくれている。侯爵は男爵家に払わせる気はさらさらなかったがもし男爵家に請求しても男爵家には真ん中の娘に学費を払う余裕はないだろう。
ティエポロ侯爵様は末っ子でワガママなセリナージェがベルティナの話ならよく聞くし優秀な友人が側にいることはいいことだと考えてベルティナへの教育費にも糸目はつけない。
それにこの頃になるとベルティナも娘の一人だと思うようになってる。なのでベルティナが中等学校へ通うお金を侯爵家が負担することに何の問題も感じていない。
中等学校から帰ってくると二人はまっすぐセリナージェの部屋へ行く。それを見計らってメイドがテーブルセットにお菓子を置いてくれる。しかし真面目なベルティナはまずは勉強だとセリナージェがお菓子に手を出すことは許さない。
ベルティナとの勉強のために用意され並べられた勉強机に座りそれぞれ勉強を始める。家庭教師が来ない日でも二人は一緒に勉強するようになっていた。
セリナージェはわからないことはすぐにベルティナに聞くし何を勉強すべきかもベルティナに相談するほどだ。
一区切りつくとお菓子時間だ。心得ているメイドが冷えた果実水を持ってきてくれる。
「セリナ。最近はどうしてこんなにお勉強するの?」
お菓子を食べながらベルティナが不思議に思っていたことを聞いた。
初めはセレナージェの気まぐれだろうと思っていたベルティナもこう毎日だと不思議に思ってしまうのだ。
セリナージェはお菓子を置いて果実水を一口口にする。
「これくらいはベルティナにとっては普通なのでしょう?」
逆にセリナージェがベルティナに不思議そうに聞いた。
すぐにお菓子に手を伸ばす。お菓子への手は止まらない。しかしメイドが目を光らせているので淑女としての嗜みを持っていただいている。
「そうね。私にはお勉強する理由があるもの」
ベルティナは果実水をテーブルに置いてそう答えた。冷えた果実水が喉を潤し再びお菓子へ手を伸ばしたくなる。話の頃合いを見ながら絶え間なくお菓子をいただく。さすがに侯爵家の料理人はお菓子まで最高に美味しい。
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