もう一声

 この後宮は事実より奇なりで間々おかしい。

 ブクブクとばたつかせるわけにも行かず、その者は静かな心を表には出していた。

 そうだそうだ、あの女の思い通りにするにはそれが必要ないのだと言っていた。

 自分の嫌なものは全て覆い尽くす濃い霧のように隠してしまえば良い。

 そうすれば誰も傷付かずに済む。

 調度品の中にあったそれを女は捨てようとはしなかった。

 ただそこに置いてあるだけ。

 本来の使い方だ。

 誰もだから分からない。

 偽物ではない本物だ。

 ただ暇潰しの為にあの方が選んだ方法。

 魅入られた者はすぐに奇禍してしまう。

 いや、あの方に属するものになるのだ。

 そうしてあの方のそれを守る『四守よんしゅ』となった今、人の形を借り生きている。

 正しくはその者の中にあるものに居着いてだが、そうされた者は知って尚、追い出そうとはしないであきらめる。

 そうなってしまったと知られたら、あの皇帝陛下の異母弟のような扱いをされるからだ。

 それは嫌だと心の奥底で訴えて来る。

 あんな惨めな事は嫌だと、これ以上の苦労は嫌だと。

 己を守る為に、そうするのだ。

 そしていよいよ終わりが近付いて来たら、逃げ出せば良い。

 簡単にそう出来る。今の自分なら――。

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