15 ドラゴンの和約

休戦交渉【その1】

 風が気持ちいい。

 白い雲の切れ目から王国の風景が見える。

 豊かな土地だ。一面に広がる農地に、豊富な水量をたたえる河川。その先に王都がある。


「ダーリン、そろそろ王都に着くけど。あの都市にはモンスター除けの結界があるんでしょう。どうする? ブチ壊しちゃえばいい」


 俺を背に乗せているリーリアが、人間の言葉で聞いてきた。

 ドラゴンの姿でいる時も、彼女は自分のスキルで人間の言葉が使える。ただし発声器官はドラゴンのままだから、頭にガンガン響く。でもまあ、それにも慣れてきた。


「カティアたちの事前工作が成功していれば、交渉担当のゼノリス侯爵が結界を解除しているはずだ。もしそのままだったら、力づくでいこう。国王を拉致してでも交渉の場に連れていく」


「オレは最初からそうしたいな。その国王って奴、アニキのことをバカにしやがったんでしょう。アニキとの約束がなけりゃ、食い殺してやるところだ」


 隣を飛んでいるジリオンが言った。こっちはドラゴン語だ。もちろん、ミリアの翻訳があるから会話に支障はない。


「まあ、そう言うなよ。腹がたつ連中をいちいち殺してたら、人類が全滅しちまう」


「……ああ、そうか。メシだってみんな食ったら無くなっちまうもんな。気がつかなかった。さすがはアニキだ」


 ジリオンは感心したように翼をバタバタさせた。

 俺の冗談に反応したわけじゃないらしい。単純に、ただ喜んでる。ドラゴンって種族はゾッとするほどマジだ。


 高度を落としても、モンスター除けの結界には引っかからなかった。

 ゼノリス侯爵は約束を守ってくれたらしい。……だとすると、合流地点は王都の中央広場だ。

 よく見ると、広場の周囲は軍隊で囲まれていた。あちこちに旗が立っている。王家の紋章と、ドラゴンの旗だ。友好の意思表示のつもりらしい。


「広場のど真ん中に降りてくれ。俺がいいと言うまで動かないでくれよ」


「わかったわ。ダーリン」


「わかってます。アニキの指示があるまで、暴れるのはガマンします」


 おいおい、暴れる前提かよ。違うだろう。おまえが一番わかってない。

 

 ズシーン!

 ズドーン!


 二頭のドラゴンが広場に降りると、兵隊たちは一斉に敬礼した。

 パンパカパーン。軍楽隊がファンファーレを鳴らす。

 ここまでは命令された行動なんだろう。ただし、兵士たちの顔には汗が浮いている。気温が高い季節じゃないから、ぜんぶ冷や汗だ。


 俺はリーリアの背中から飛び降りた。

 すぐに王冠をかぶった国王が寄ってくる。ゼノリス侯爵も一緒だ。

 国王に会うのは、この世界に召喚された日以来だ。ただし表情はずいぶんと違う。あの日はやたらと偉そうだったが、今はそんな余裕は感じられなかった。たぶん、ほとんど眠っていないのだろう。目の下には濃いクマが出ている。


「ゼノリスから聞いている。エランド殿……だったな。そなたが和平交渉の仲介をしてくれるというのは本当なのか?」


「正確には、ここにいる小さい方のドラゴン……ドラゴンの女王が、和平の仲介者です。

 彼女はドラゴンが戦争に利用されたことに怒っています。これはドラゴンにとっては重大なルール違反なんです。そのために彼女は、両国の間を戦争の前の状態に戻すことを希望しています」


「それは願ってもないことだが……ドラゴンが我々の味方をしてくれるとは、どうしても信じられん」


 国王はチラリとリーリアの方を見て、ブルっと震えた。

 ドラゴンの女王というのは、もちろん嘘だ。ドラゴンは最強生物だから、国家に守ってもらう必要はない。それぞれが親族ごとに勝手に暮らしている……らしい。


「考え違いをしないでください。ドラゴンは人間の手助けはしません。ただ、彼女なりの理由でオトシマエをつけようとしているだけです。王国も帝国も、ドラゴンにとっては人間の縄張りにすぎません」


「国王陛下。我々にはもう、他に選択肢はないのです。王国軍は精鋭部隊のほとんどを失ってしまいました。残っている兵士は傭兵と訓練不足の素人ばかりです。

 敵にドラゴンが味方しなくても、いま戦えば必ず負けるでしょう。五百年続いた王国を、陛下の代で潰しても良いのですか?」


 交渉の担当者だっただけに、ゼノリス侯爵は理性的な男だった。

 会うのは初めてだが、画像とプロフィールはミリアを通じて知っている。宮廷での実質的なナンバーツーで、国王とは親戚でもあるらしい。


「そんなことは、わかっている」


 国王は苦しそうにうなずいた。


「理解していただければ結構です。そうと決まれば、すぐにでも帝都に向かいましょう。侯爵様、指示した物は用意してもらえましたか?」


「ああ、準備させた。鎖でつないだ6人乗りの馬車が2台。陛下と私の他に、官僚と兵士が5人ずつ同行する。それでよかったかな」


「はい。馬車はドラゴンが首に下げて運んでくれます。安全には十分に気をつけますが、こちらも不慣れですから。多少の揺れは覚悟してください」


「あれに乗っていくのか……」


 国王はドラゴンを、今度はまじまじと見た。

 グオォォォン!


「ひゃあ、助けてくれ」


 ジリオンが吠えると、小さな人間の権力者は人目もはばからずに腰を抜かした。

 

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