14 ドラゴンの舎弟

タイマン勝負

 サルサ要塞から脱出してから四日後、俺たちは帝国領の南にある砂漠地帯にいた。

 砂漠といっても全部が砂ってわけじゃない。あたり一面は赤茶けた土と石ころの荒地だ。所々に、乾燥に強い植物も生育している。


「佐野クン、本当にドラゴンと戦うの?」


 委員長が心配そうに聞いてきた。

 当然だ。彼女は俺がドラゴンと戦ったところを見たことがない。まあ、見せたい物でもないけど……。


「仕方ないさ。リーリアの話だと、ドラゴンって種族は脳筋ばっかりなんだそうだ。口先だけじゃ説得なんかできない。こっちの言うことを理解させたかったら、実際に戦って屈服させるのが一番早い。……まあ、要は勝ちさえすればいいんだ」


「勝つって、佐野クン。相手はドラゴンだよ。魔力爆発でも相打ちにしかできない強敵なんだよ」


「委員長、俺の今のステータスがどれくらいあるか知ってるか?」


「ううん。魔力1000……くらい?」


「ミリア、教えてやってくれ」


「ハイ。ショウヘイ様の現在のステータスは【異世界の戦士】レベル403、体力40820、攻撃力33922、魔力46272、です」


「ま、魔力。よんまんろくせん……」


 委員長は目を丸くした。

 もちろん、こんなことは常識じゃありえない。

 この異常なステータスの理由を、カティアは『異世界との回廊を繋いだことによる魔力流入』ではないかと言っていた。それに特異点が何とか……自分のこととはいえ俺にはサッパリ理解できない。


「俺はタイマンでドラゴンを倒す。人間との交渉はその後だ」


 バサッ、バサッ、バサッ。

 空から二頭のドラゴンがやってきた。ズシン。降りる時の地響き、風圧。


「きゃあ」


 委員長がスカートを押さえる。

 見渡す限りの荒地にいるのは、俺と仲間たちだけだ。そのために決闘場所に砂漠を選んだ。このことは、俺たち以外に誰も知らない。


 ドラゴンが並んで立っていると、それだけで壮観だ。

 天災級の災厄をもたらす巨大生物が二頭。もちろん大きい方が、これから戦うリーリアの弟だ。


「ショウヘイってのはどいつだ!」


 鼓膜が破れそうな大音声が響いた。

 ミリアの翻訳は順調だ。意思疎通もこれなら問題ない。


「バカッ! ダーリンのことは、お兄様って呼べって言ったでしょう。これからお姉ちゃんに種付けしてくれる大切なオスなんだからね。あんたも行儀良くしなさい」


「ドラゴンって、すごくあからさまに言うのね」


 委員長が顔を赤くしている。

 おいおい、頼むよ。もうちょっと言葉を選んでくれ。


「でも、姉ちゃん。姉ちゃんには悪いけど、オレは人間なんて認めないぜ。姉ちゃんは悪い夢でも見てるんだ。そんな虫ケラ、オレが踏みつぶしてやる」


「あらあら、私にだって一度も勝てないハンパ者のクセして。言うことだけは偉そうなんだから……知ってる? ダーリンは私をメチャクチャにしたのよ。うふふ。オスに屈服するのがあんなに快感だなんて、お姉ちゃん知らなかった」


「佐野クン!」


「えっと、なんか……ゴメン」


「ぐわわあああぁぁああああ!! 殺してやる。くそっ、姉ちゃんを。姉ちゃんを。姉ちゃんを……」


「なんか、ほっとくと大変そうだから。そろそろ行くよ。服を脱ぐから、後ろを向いててくれ」


「えっと……そうか。巨大化するんだっけ。服はそのまま置いておけばいいよ。後で、たたんでおいてあげる」


 委員長が後ろを向くのを確かめてから、俺はさっさと服を脱ぎ始めた。

 恥ずかしいなんて言っていられない。もう、すでに二万人の命が失われたんだ。俺がグズグズしてたら、もっとたくさんの人間が死ぬ。


 俺は体に魔力をため始めた。


「ミリア、落ちるなよ」


「ハイ、ショウヘイ様。大丈夫です。巨大化する前に、スマホを耳に密着させてください。計算では、耳たぶの内側で固定されるはずです」


「ショウヘイ殿、お願いします。……私は自分の犯した罪の大きさに怯えて、責任を果たすことを忘れていました。私の過ちを証明してください」


 後ろから声がした。カティアだ。

 彼女はあれから一睡もしていない。俺の突拍子もない計画を実現するために、シャーリィと一緒になって裏工作に走り回ってくれた。ドラゴンとの戦いは、その総仕上げだ。


「ショウヘイ、信じてるぞ」


「お兄ちゃん、ガンバレ!」


 シルフィが、ソラが声をかけてくれた。


 俺は体に満ちた魔力を、ゆっくりと全身にめぐらせた。

 ズン、ズン、ズン。細胞が音を立てている。体が膨張していくのがわかる。


「ほうら、アレがダーリンよ。すごいでしょう」


「な、なんだ。コイツ。本当に人間なのか」


 俺はわざと、相手と同じ身長になったところで膨張を止めた。本当はもっとデカくなれるが、タイマンをするなら同じ大きさでないと具合が悪い。


「はい、ダーリン。これを腰に巻いて。人間は裸だと恥ずかしいんでしょう」


 ドラゴンの手が赤い布を差し出した。

 やたらと大きい布地だ。これなら巨大化した俺でも使える。


「私のひいお婆ちゃんが人間にもらった腰巻きよ。前に話したでしょう。お婆ちゃんは私と同じ【人間化】のスキルがあったの。人間の王様と離婚した時に、手切れ金の代わりにもらったらしいわ」


「ね、姉ちゃん。こんな奴にどうして大切な一族の宝を……」


「私の物を、どうしようと私の勝手でしょう。さあ、さっさと始めるわよ。

 このタイマン勝負の見届け人は、もちろん私。時間無制限、ルールは相手を殺さないことだけ。負けた方は勝った方の言うことに何でも従う。……これでいいわね」


「いいぜ、正々堂々とやろう」


「くっ、くそ。オレが勝ったら姉ちゃんと別れてもらうからな。それでオレは姉ちゃんとずっとドラゴンの里で暮らすんだ」


「うわぁ、キモッ。我が弟ながらドン引きするわ。ダーリン、手加減はいいからボコボコにしちゃって」

 

 



 

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