第5話 転生特典

「こほん。ま、待たせた」



 お、戻ってきた。

 今度は厚手のタートルネックセーターを着ている。

 まあ、そんな服でも隠せない特盛は、とても眼福ですが。

 にしても、異世界にもこういう服ってあるんだな。



「ハザマ、食材で苦手なものはあるか?」

「つっても、異世界の食材なんて知らんし」

「じゃあ肉にしよう。それがいい」



 まあ、肉ならハズレはないか。……ないよな?

 リビングに設置している冷蔵庫みたいな箱から、何やら巨大なものを取り出した。

 赤黒い何か。何あれ。



「リアンナ、それは?」

「肉だ。ベヒーモスの」

「へぇ……ベヒーモス……え?」



 それって、あれだよな。よくファンタジー作品にもでも出てくる、あれ。

 旧約聖書では、リヴァイアサンと並ぶほどの化け物ってされる、あれ。



「こっちの世界だと実在するんだ……」

「実在も何も、ただの魔物だ。強力だが、私とリオの手にかかれば雑魚よ」

「地球だと、怪物とか悪魔として名高いんだけど。伝説上の生物だし」

「はっはっは。あんなのが悪魔とは、悪魔族が聞いたら怒るぞ」



 そんな楽しそうに言われても。

 ……ん? え、悪魔族?



「悪魔、いるの?」

「いるぞ。その様子だと、ハザマのいた世界にはいないみたいだな」



 え……えぇ……?

 魔物、ドラゴン、怪物ときて、悪魔までいんの、この世界?

 どんだけ人類にとって生きづらいせかいなんだよ。

 なのにこんなに発展してるし……よく滅んでないね、人類。



「こっちの世界のこと、気になるようだな。話してやるから、テーブルの上の準備を頼む」

「皿、いくつまで割っていい?」

「……座っていろ」

「うい」



 役立たずでごめんね。

 だからそんな冷たい目で見ないで。見えない分、気配に敏感なんだから。


 肉の焼ける音と匂いが漂ってくる。

 この匂いは、世界が変わっても変わらない。

 しかも焼いてくれてるのが特級の美女って、勝ち組もいいところだ。

 そっと息を吐き、目を閉じる。

 あー、今まで無理に目を開けてたから、異様に目が疲れてる。

 やっぱり眼鏡がないと不便だよなぁ……。

 眼鏡のない世界とか、そんなのありかよ。

 あ〜ぁ……。


 ジャリッ。



「ん? リアンナ、客みたいだぞ」

「そんなわけないだろう。もし誰かが近付いてきたら、リオが何かしら反応を……」

「──グルルッ」



 直後、外のリオが少し唸った。

 多分これがリアクションなんだろう。リアンナも驚いてる。



「まさか……どうして気付いた? リオより早く察知するなんて……」

「どうしてと言われても、足音が聞こえたとしか」

「足音だと? ……視力が低い分、他の機能で補っている、と……? ありうるが、ドラゴンより察知が早いなんて……これも転生とやらのおかげなのか……?」



 何かぶつぶつ言ってる。どうしたんだろうか。



「どうする? 俺、出るか?」

「ぶつぶつぶつ……えっ? あ、ああ。頼めるか? 私はキッチンから離れられんから」

「うい」



 居候させてもらってる身だ。

 これくらいのことをしても、バチは当たらないだろう。

 と、直後にノックが鳴らされた。

 随分と控えめなノックだ。誰だろうか。



「はいはーい。ようこそリアンナ邸……へ……?」

「失礼します、隊長! 隊長の留守中に仕上げた資料を持って……きま……?」



 綺麗な敬礼をしたまま硬直していたのは、確か副長と呼ばれていた男。近いからわかる。

 名前は……ルーガ、だったか?

 俺も思わずリアンナの方を振り返り、もう一度ルーガを見てしまった。



「……き……貴ッッッッ様ァァアアアア!! なぜっ、なぜ隊長のお宅にいるのだァ!?」

「いや、行くところなくて居候で……」

「はああああ!? い、い、居候だとおおおおおお!?!?」



 うるっさ。何、パッション?

 ルーガの声を聞いたのか、料理をしていたリアンナが顔を覗かせた。

 って、いつの間にフルフェイスのマスクを……そんなに顔を見られたくないんだなぁ。



「おー、副長。どうした?」

「た、隊長! どどどどどどうしてこんな男が隊長の家に……!?」

「まあ、いろいろあってな。少しの間、私の家で面倒を見ることにした」

「だ、だからってどうして隊長自ら……! こんなの、その辺の騎士に押し付ければいいでしょう!」

「事情があるのだ。監視も兼ねている」



 え、監視されてるの、俺?

 まあそうか。まだ転生については信じられてないみたいだし。怪しさ満点だもんな。

 リアンナは口をパクパクしているルーガの手から資料を取ると、ざっと眺めて頷いた。



「確かに受け取った。確認しよう。すまない副長。これからハザマと大切な話がある。今日はもう帰って休め」

「たいせっ……!?」



 なんか、勘違いされてる気がする。

 だってこいつ、今にも俺のこと殺しそうな目で見てるし。

 と、とにかく誤解を解かなければっ。



「さあ、ハザマ。料理が冷めてしまうぞ」

「えっ、ちょっ……!」



 力強っ! ほ、本当に待って待って、まだ誤解が……!

 バタン。……閉じちまった。



「お前なぁ」

「な、なんだ? なぜそんな怖い顔をする」

「怖い顔にもなるわ。あんな言葉、誤解されるだろ」

「誤解? なんのだ?」



 こいつ……本当にわかってないのか。

 あのルーガって奴の反応からして、あいつはリアンナに惚れている。

 惚れてる女のところに、見知らぬ男が転がり込んでたら、そりゃあ敵意も向けられるって。


 けど、あいつがリアンナに惚れてるなんて、俺の口からは言わない。

 いや、言えない。無粋すぎる。


 リアンナはマスクを脱ぎ、肩を竦めた。



「おかしな奴だな。さあ、食事にしよう」

「……あいつが暴走しても、俺は知らないからな」

「暴走する要素がないだろう」



 要素しかないんだよ。

 そっとため息をついて、食卓を見る。

 そこには、さっきまでそこに無かった料理の数々が並べられていた。

 美味そうな匂いが鼻先をかすめる。

 ぐぎゅるるるるるる〜……。腹の虫が鳴いた。

 そういや、今日一日何も食ってなかったな。



「はは。ほら、さっさと食おう」

「……いただきます」



 ざっと見渡すと、俺とリアンナの前に巨大な肉の塊が一つずつ。スープまでついていた。

 中央にはサラダっぽいやつ。上に青色の物体が乗っている。

 美味そうだけど、この青色のやつはいったい……?



「肉は一人一キロ。これくらいは食えるだろ?」

「い、一キロ……多分、食える。この青いのは?」

「ポテトサラダだ」



 ポテト……じゃがいも?

 ド青色なんだけど……大丈夫か?

 恐る恐る、ポテトサラダに手をつける。

 もぐ、もぐ……あ。



「じゃがいもだ……」

「美味いだろう。私の得意料理だ」



 確かに美味い。見た目はあれだけど。



「こっちの世界にもじゃがいもがあるんだな。驚いた」

「ハザマのいた世界にもあるのか?」

「ああ。黄色っぽい色だけど」

「うえ、気色悪い」

「俺からしたら青いじゃがいもの方が気色悪いわ」



 紫色のじゃがいもはあるけどさ。

 でもド青色はちょっと引く。



「……ん? すまん、リアンナ。もう一度じゃがいもって言ってくれ」

「どうした急に。……じゃがいも」

「もう一度」

「じゃがいも」

「もう一回」

「……$€%〒×じゃがいも

「!?」



 え……あれっ、今……?

 リアンナは間違いなく、じゃがいもと言ったはずだ。

 頭ではじゃがいもって言葉で理解している。

 けど、喋り言葉がじゃがいもじゃない。まったく聞いたことのない言語だ。


 これは……どういうことだ?

 リスニング言語は理解不能だけど、頭ではじゃがいもと認識できる。

 今まで脳が完全に理解していたから、違和感はなかったけど……意識すると、言語と意味がちぐはぐで気持ち悪い。


 これは……転生特典ってやつか?

 みんなが喋っている言葉を、俺の脳が勝手に日本語の一番近いものに翻訳してくれる……とか。

 逆に、俺が喋ってる言葉を、みんなは異世界の言葉として認識してくれる。


 なんだ、やるじゃん神。少しは見直した。


 思考に耽っていると、リアンナが俺の手を包んだ。

 心配そうな顔をしている。……気がする。



「ハザマ、大丈夫か? やはり疲れているか?」

「……いや、大丈夫。少し考えごとしてただけだから」

「それならいいが……もし腹がいっぱいになったら、無理して食わなくてもいいからな」



 気遣いの言葉はありがたいけど、俺だって育ち盛りで食べ盛りだ。

 これくらいの肉、食べきってみせるぜ。






 三十分後。



「うぇっぷ……しんど」

「言わんこっちゃない」

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