第2話 一難去ってまた一難

「見えたぞ。あれが王都ルーフェンだ」



 空を飛ぶこと1時間ちょっと。

 俺たちはリオの背に乗り、王都ルーフェンへやって来ていた。

 本当は近くの街に行く予定だったけど、行き先を変更してもらった。


 理由は、眼鏡だ。

 なんとこの世界、眼鏡がないらしい。

 そもそも、目が悪い人間がいないらしいのだ。

 よく考えると、それもそうだ。

 ドラゴンみたいな魔物がはびこる世界で、視力が低下するなんて弱点、あるはずなない。


 そのせいで、眼鏡というものが発明されてないらしいが……俺にとっては、由々しき事態だ。


 けどリアンナ曰く、王都には世界中から物が集まるらしい。

 その中には、もしかしたら似たようなものがあるかもしれない。

 だから王都へやって来たのだ。



「どうだ、綺麗な都市だろう? リヴァーブ王国の誇る、最大の都市だ」

「まったくわからない」

「あ……そうか、ハザマは目が悪いんだったな」



 そんな気まずそうにされても。却って気まずいから。

 リオは王都の上空を旋回し、ゆっくりと降下していく。

 広場みたいな所へ入っていくと、リオ以外にも沢山のドラゴンっぽい生物がぼんやりと見えた。



「隊長がお戻りだ!」

「おーい、そこ空けろー」

「オーライ、オーライ」



 下の方を行ったり来たりしている人たちが、リアンナの為に動いている。

 リアンナもリオを上手く操作して、指示通りに地面へ着地。

 すると、1人の男性が急いでこっちに近づいてきた。



「隊長、お疲れ様です!」

「副長、変わりはないか?」

「ハッ! このルーガ、隊長の留守をしっかりと守っておりました!」



 なんか、懐いてる犬っぽい。

 多分美形。よし、お前は俺の敵だ。

 ルーガと名乗った男だが、急に視線をこっちへ向けた……気がした。



「む? お、お前! なぜ隊長に抱き着いている!」

「へ?」



 あ……俺か。誰に向かって言ってるのかと思った。



「副長、落ち着け」

「ハッ!」



 鶴の一声ならぬ、リアンナの一声。

 ルーガは直立不動で、敬礼した。



「彼はハザマ・キョーイチ。私の客だ。無礼な真似は許さん」

「しょ、承知しました……!」



 リアンナがルーガだけでなく、周りへ宣言するように声を張る。

 ここではリアンナの言葉は絶対らしい。

 そりゃそうだ。竜騎隊の隊長なんだし。


 リアンナの共にリオから降りる。

 まだルーガには睨まれてるっぽいけど、とりあえず無視で。



「ルーガ、リオを竜舎へ頼む。ハザマ、お前はこっちだ」

「ハッ!」

「わ、わかった」



 はぐれないよう、リアンナの後について行く。

 周りからの視線は気になるけど、今は逃げ出すこともできない。

 こんな見ず知らずの土地で、眼鏡がないまま逃げたら、飢え死にがオチだ。


 リアンナに続いて建物に入る。

 電気は点いてるけど、薄暗いな。

 目の悪さも相まって、足元すらおぼつかない。


 ガッ──やべっ、何かにつまずいて……!



「ほべ!」

「キャッ!?」



 し、しまった。リアンナを押し倒しちまった。



「ご、ごめん。足元が見えなくて……」

「い、いや、こっちこそすまない。ハザマの目が悪いことを失念していた」



 俺はダメージないけど、リアンナは普通の(?)女性だ。

 怪我がないか心配だけど……。

 そう思い、顔を上げると……薄暗い中でも美しく輝く、ブロンドヘアーが俺の頬をくすぐった。


 ……まさか……?

 目を凝らしてよく見る。

 と……相当近いのか、はっきりとリアンナの顔が見えた。

 ぶつかった勢いで、脱げてしまったらしい。


 可愛い。いや、綺麗?

 とにかく完成された美貌に、ブルームーン色に輝く瞳。

 しかし左頬には、傷のようなものがついている。

 血は出ていない。古傷なのだろうか。

 でも、こんな物騒な世界で生きているんだ。こういう傷は日常茶飯事なのだろう。

 こういう傷を、勲章……って、言うのかな。かっこいい。



「え、あ。あれっ? か、兜……兜は……!?」



 兜が脱げてしまったことに気付いたのか、リアンナは慌てて顔を隠す。



「どうして隠すんだ?」

「だ、だって……! 醜いだろう、こんな傷……!」

「どこが。リアンナが頑張った証なんだろ? どうして醜いなんて思うんだ」



 思わず、頬の傷を撫でてしまった。

 撫でる度にピクッと反応するリアンナ。

 どんな顔をしてるのかわからないけど、嫌そうではない。



「だ、だが……この傷を見た者は、みな変なものを見るような目で……」

「馬鹿だよ、そういう奴らは。気にすることない」

「お、女が兵士ということだけでも、奇っ怪な目を向けるんだぞ。そんな女の顔に傷なんてあったら……」

「今どきじゃねーな。女性だって戦う権利はある」



 少しだけ顔を近付けると、またピントが合った。

 顔が真っ赤だ。目も少し潤んでいる。

 口をあわあわさせて、何かを言おうと開いては閉じるを繰り返した。



「もし視線が気になるなら、俺と一緒にいるときくらいは兜を外せばいい。なんて言っても、目が悪すぎて見えないからな」

「……ふふ。自虐か?」

「優しさだ」

「……ありがとう」



 リアンナに手を貸して引き起こす。

 もう兜は付けなくていいと思ってくれたのか、そこからは兜を脱ぎ、先導してくれた。


 建物の最上階、3階まで上がり(その間に5回コケた)、最奥の部屋に案内される。

 どうやらここが、隊長室に当たるらしい。

 ……にしても……物が溢れ返ってるな。

 ぼんやりとしか見えない俺でも、汚いのがよくわかる。

 座るところどころか、足の踏み場もない。



「さて、ここならしばらくは誰も来ないだろう。くつろいでくれ」

「くつろぐって……」

「む? その辺でいいぞ」



 リアンナは積み重なった物を蹴っ飛ばし、適当に空間を開ける。

 ここに座れと。地べたなんですが。

 まあ文句は言わないけど。

 床に座ると、リアンナは「さて」と口を開いた。



「確か……めがね、だったか? どんな形状だ?」



 どんな形状と言われても……説明が難しいな。

 適当にその辺に転がっていた紙と鉛筆を手に取り、見えないながらも必死に形を描いていく。



「こんな感じ。2つの丸はプラスチック……もしくはガラスで、耳に掛ける棒のようなものがついてるんだ」

「ガラスでよく見えるようになるのか? そこにもガラスはあるぞ」

「いや、そうじゃなくて、厚さとか曲線を調整してるんだ。そういう加工をしないと、いくら普通のガラスでもダメなんだよ」

「へぇ……」



 本当に見たことがないらしい。

 リアンナは紙に描かれた眼鏡を見て、首を捻っている。



「ふむ……とりあえず、商店街で探してみるか。あそこは世界中から物資がやってくる。めがねとやらも、見つかるさ」



 兜を被ると、机の上のベルを鳴らす。

 ベルの音を聞いてか、直ぐに兵士が部屋に入ってきた。

 この人も女性だ。リアンナのようなガチガチの鎧ではなく、流線型の女性らしい肉体に合わせて作られている。



「隊長、ただ今参りました」

「休め。実はメリスに、探し物をしてもらいたくてな」

「……だから片付けてくださいと、あれほど申していましたよね、私は」



 メリスと呼ばれた女性は、じとーっとした目で部屋の惨状を見渡す。

 わかる。わかるよ、メリスさん。



「ち、違う。部屋の中ではなく、商店街でだ。めがねと呼ばれる道具を探してほしい。これがその図だ」

「はぁ、めがね……ですか」



 リアンナから紙を受け取り、訝しげな顔をする。

 ごめん、俺のおつかいです。



「五人ほど連れて行っていい。期限は三日。頼んだぞ」

「はぁ、わかりました……失礼します」



 結局メリスさんは俺には一瞥もくれず、部屋から立ち去ってしまった。

 部屋にはまた、俺とリアンナだけが残される。

 リアンナは再び兜を脱ぐと、そっと息を吐いた。



「これで、近いうちにめがねは見つかるだろう」

「悪いな、俺のために」

「気にするな。困っている者は助けるのが、騎士というものだ」



 やだかっこいい、惚れそう。

 リアンナの漢気に感動していると「ところで」と口角を上げた。



「ハザマ、聞きたいことがある」

「なんだ?」



 ──直後、風が吹き抜ける。

 何もできずに硬直していると、いつの間にか、首筋に冷たいものが当てられていた。

 ……剣だ。多分、本物。

 今の一瞬で、腰に携えていた剣を抜いたのだ。


 リアンナは歴戦の勇士然とした眼光で、俺を射すくめた。



「貴様……いったい何者だ?」

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