世界渡り
長濱芳人
0. おやすみ、世界。
世界が僕を呼んだから、僕はここにいられる。
いつもそう思っている。いや、事実そうなのだと知っていた。
魔王を倒して欲しい王様でも、この世界を正して欲しい神様でもない、世界そのものが僕を喚び寄せた。
その世界の理の中で、まるで元々ここで生まれて育った人のように、僕は生きている。
授かった特別な力なんて何一つなく、それでも——
——空間が裂けるようにして現れたソレは、まるで竜のような姿に見えた。
ああでも、こんなに強そうに見えるから、大したことはなさそうだな。
威嚇みたいなものだ。ソレはだいたい、さまざまな獣の姿をしているけれど、実のところ強さと見た目は比例しない。
むしろ小さくて弱そうな、例えば人型のは結構ヤバい、と思う。
世界の間隙より現れて、世界に穴を開け喰らうモノ。
世界の敵で、僕の敵。
静かに息を吐き、右手を軽く握り、前へと突き出す。
力を凝縮して剣の形をつくる。手の先に少しの重さを感じる。
まばたきの後、僕の手には簡素な見た目の直剣が握られていた。
「今回も気に入ってたんだけどなあ」
この世界で出会った人々が脳裏に浮かぶ。
僕は彼らの事が好きになっていたので、別れは惜しい。
世界を脅かす敵がいなくなれば、きっと僕はここにはいられない。
けれど安穏と暮らすために喚ばれたわけじゃない。
今やしっかりと実体を持った剣を、裂け目から完全に飛び出した竜へと目掛けて振り抜く。
大して抵抗も感じないまま、片方の翼を切り落とした。
やっぱり見かけ倒しかな。
身をよじり、苦しむようにも見える——僕が「獣」と呼んでいる存在へと追撃をかける。
飛びかかり、斬り、突き、薙ぐ。反撃に備えて距離をとり、再び飛びかかる。
こんな単純な攻撃にすら対応できない獣は、その身をただ削り落とされていた。
やがて最後の一欠が霧散するのを確認すると、世界の裂け目を閉じる。
閉じるといっても特別な事は何もなくて、裂け目は世界のゆがみやひずみなのでそれを正してやればいい。……獣の処理が終わってしまえば、あとは世界が自然に戻るに任せてしまうだけなのだけど。
そして、世界にとって本来は異物である……僕も追い出されてしまう。
それは僕を喚んだ世界自身が、正常に戻ったということなので……喜ぶべきだけど少しだけど寂しい。特に今回のように、短くない時を喚ばれた世界で過ごしたときは。
……感傷に浸る時間はあるだろうか。次はどんな世界で、どんな出会いがあるだろうか。
少しの時間、眠りにも似た意識の空白。
次に目覚めたらまた別の世界に辿り着いているのだろう。
それまで、少しだけ、
おやすみ、世界。
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