純文学と恥ずかしい手紙


 昼休みになった教室で、一際人の集まっている区画に目線を送る。

 そこには、いつものように彼女を中心とした人だかりができていた。


 いったいどこに隠していたのか、親戚全員を賄えるほどにドデカイ弁当箱を机の上に置き──


「いやあ、作りすぎちゃったからさ~。よかったらみんなで食べてよ」


「って、琴音っち。こんな大きなお弁当箱、普通家に置いてないって!」

「よくみたら、中身もマジヤベえぞ、これ。豪華ってレベルじゃねえから」


 照れ笑いを浮かべる彼女の周りで、ケラケラと笑う女子や、そのあまりのおいしさに目を剥く男子。

 彼女の周りには、いつも必ず人がいる。それも、男女問わず、いろんな人間が集う。


 しかし、彼女を特異点と称するのにはもう一つ理由がある。


 彼女は、いわゆる”人気者”と呼ばれる存在とは異なる振る舞いをする。

 普通ならば、自然と出来上がるカーストの上位ランカー達とつるんでは、クラス中に華やかで押し付けがましい陽のオーラを放出するところだろう。


 しかし、彼女はそうではない。特定のグループと交流を持つことはなく、まるで回遊魚のようにクラス中の生徒たちと分け隔てなく接するのだ。


 昼食だってそうだ。

 この前は体育部の奴らと弁当早食いで勝負したかと思えば、弁当を作り損ねたと泣いては金持ち連中からおすそ分けを貰っていたこともあったし、超立体的な3Dキャラ弁を自慢げにオタク層に見せびらかしながら食べていたこともあった。


 そのせいか、あれだけ目立つ存在でありながら、クラスで彼女の悪いうわさを聞いたことがない。

 俺とは対極の存在。対人関係バリアフリーなのだ。

 

 なに?それだけ付き合いが広ければ、俺とも接点があったんじゃないのかって?


 いくら彼女の交友関係が広いとはいえ、このクラスの規模はさらに広い。

 ましてや、俺のように極力目立たないように生活していればなおのことだ。


「ま、万が一直接話すことなんかあっても、きっと満足に口すら聞けないんだろうな……」


 誰にも聞こえないような小声で愚痴をこぼすと、周囲の生徒が食べ終わる時間にぴったり合わせて弁当の蓋を閉じる。


「うわ、佐藤くんっていつも同じタイミングでお弁当食べ終わってるんじゃない?」

「え?そうかな。母さんが、毎日同じ量になるように調整してくれてるのかもね」


 隣の席の金木さんが驚いたような声を上げたので、慌てて"火消し"に回る。些細なことでも、油断するとすぐに注目の的になりかねない。

 

「金木さんは、今日はいつもより食べる終わるの早かったね。ボリュームが少なかったのかな?」

「あやや、バレちゃった?実は、今ダイエット中で……」


 恥ずかしそうに頭を掻く金木さん。どうやら話題は十分に逸らせたようだ。


「お昼、食べ過ぎると午後の授業も眠くなるからね。5時間目は香田先生だから、気が抜けないよね」


 巧妙に話題を逸らして、その場を収め切った。

 「そのままでも十分に奇麗なのに」と言った歯の浮くようなセリフは死んでも口にしない。他人からの注目は、良いものであっても絶対に避けなくてはならないからだ。


 あとは、周囲に溶け込むように読書をしながら午後の授業を待つだけ。視線を再び、遥か彼方に向けなおす。


 そして今日も、彼女を見つめるだけの一日が過ぎていく……





「……ふう」


 いつも通り、予定通り、完璧なまでに無難な一日を終え帰宅する。

 通学も、狙い通り最も混んでいる満員電車に乗ることができた。


 体育の時間はサッカーだったが、周囲の生徒の行動を巧みに操り、俺に一切パスが回ってこないように立ち回れた。

 それなりに走って、声を出して"参加している雰囲気"を醸し出しながらも、一回もボールに触れないようになるまでにはそれなりに苦労があったんだぞ?


 昼休みだって、飯を食う相手を定期的にローテーションさせることで特定のグループに取り込まれずに済むように工夫している。

 俺のテクニックをもってすれば、会話が盛り上がって、こっちに飛び火しそうになる瞬間を見計らって話題をすり替えるなど造作もない。


「まったく、目立たずに生きるってのも大変だぜ」


 一人ごちながら椅子に座る。やっぱり、世界中でここが一番落ち着く。


 部屋に戻って最初にするのが、今まで書き溜めてきたラブレターのチェックだ。


「やっぱり、去年の夏に書き始めた『煉獄編』はちょっとばかり表現がくどいな。だからといって、秋口に着手した『氷の帝王編』はあまりにもキザ過ぎる。決め台詞のつもりで書いた"俺様の美字に、酔いな"は、もはや完全に浮いてしまってる」


 適当にチョイスして読み返してみるが、やはりどれもしっくりこない。

 だからこそ没にしたのだから、当然と言えば当然だけど。


「今日は、こっちの方から先に書き始めるか……」


 ひとり呟き、webサイトを立ち上げる。

 ラブレターの下書きを保存している、小説投稿サイトだ。


 実は、俺がこのサイトにラブレターの下書きを保存しているのにはもう一つ訳がある。

 何を隠そう、この俺。このサイトに小説を投稿していたのだ!その名も『雪の残り香』!


 とまあ、息まいたのはいいが、現実は残酷だ。


「やっぱり、今日もPV1か……」


 毎日せっせと投稿しているのだが、一向に伸びる気配もない。ていうか、ランキングサイトの癖にランキングに乗ったこともない、超ド底辺作品だったりする。

 このご時世、人の心の機微を描くような純文学じゃ、流行らないのかなあ。


 それでも、めげずに俺は書き続ける。

 匿名での投稿ができるこのサイトは、目立つことが嫌いな俺にとっては数少ない自己表現の場所なんだし。

 そしてなにより、こんな俺でも応援してくれるファンがいるんだ。


「お、やっぱり今日も感想くれてる。ありがたやありがたや……」


 画面に拝みながらページを開き、投稿された感想に目を通す。

 相変わらず、痒い所に手が届く完璧な考察だ。最後の一文に込めた俺の意図をばっちりと汲んでくれているのが分かる。


 きっと、俺に似て繊細な心の持ち主なんだろう。


「どこの誰かは、さっぱりわかんないけどさ」


 苦笑しながら、感想の主に目を落とす。

 そこには、『エドワード=ノイズ』というペンネームが記されていた。ひょっとしたら、日本人ですらないのかもしれない。


 このエドワード、通称エドさんは、連載開始当初から俺の作品を追いかけてくれている。

 最新話をアップロードするたびに感想をくれ、最後に必ず”続きを楽しみに待っています!“と書き添えてくれるのだ。


 正直言って、ここまで話数が進んでこの低評価では、このサイトにおけるこの作品は”詰み”に等しい。

 これだけ連載しているのに読まれていない、評価されていない、という時点で新規読者もページを開く気を失うだろう。


 でも、俺はこの作品を書き続ける。

 だって、世界中のどこかで俺の作品を待ってくれている人が、少なくても一人はいるんだから。


 自分の作品が誰かを楽しませているなんて、こんなに嬉しいことはないよな。

 ……実生活じゃ、感謝されることだって目立つ行為に該当するから滅多にやらないし……


「さて、今日もいつも通り、連載とラブレターの下書きの二本立てと行きますか」


 宿題なんてあっという間に終わらせた。残った時間の全てを、会話すらしたこともない彼女と、名前すら知らない読者に捧げるのだった。


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