【完全版】"非公開"にしたはずなのに……! 3年書き続けたラブレターの下書きがいつの間にかネット小説でぶっちぎりの一位を獲得したと思ったら、意中の彼女に追いかけまわされる羽目に

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地味な俺とド派手な彼女

青蓮院ショウレンイン 琴音コトネ 様


 あなたのことが好きです。


 その少し栗毛がかった髪が、朝の光に透ける瞬間も

 花弁のように麗しい肌が、昼の微睡に淡く染まる時も

 放課後の教室で、夕暮れ色に輝く切れ長の瞳も

 

 もっと近くで、好きなあなたを感じていたい

 でも、私とあなたの間には、宵闇と朝焼け程の距離がある

 地球の自転のように当たり前で、そしてどうしようもなく遠いあなた

 でもだからこそ、あなたのことが愛おしい


 きっと届くことのない思いを、どうか受け取ってください






「だ……め……だ!ボツ!ボツ没ボツボツ没っっっっァ!」


 恥ずかしさに耐え切れず、俺はPCの前で一人悶絶していた。

 なんだよ、このポエムは!今時中学生でもこんな恥ずかしい文章書かねえよ!


 ああ、背中どころか全身がむず痒い……!手が8本あっても掻きむしれないほどに、だ!


 たまには基本に返ってみるかと思って、甘酸っぱい雰囲気を醸し出そうとしたんだが……。

 やっぱり、夜中のテンションで書くとロクなことがないや。


「……はあ」


 ため息をついて、通算2102をwebサイトに保存する。

 え?どうしてPCのハードディスクに保存しないのかって?

 通学中や授業中に閃くこともあるから、いつでもまとめて文章を保存できるwebサイトが便利なんだよ。


 なにしろ、学園のヒロインともいえる彼女に思いを伝えるんだ。生半可なラブレターじゃ通用するはずがない。

 究極の……そう、"究極のラブレター"を書き上げるその日まで、俺はこうして毎日のように下書きをせっせと書き続けてるって訳さ。


「なんだよ、アニキ。また今日もポシャったのか?」

「まだ起きてたのか。子どもは寝る時間だぞ」


 隣の部屋から声が聞こえる。可愛くも生意気な、俺の弟だ。

 壁が薄いもんで、静かな夜だと特に声が筒抜けになる。今みたいに壁越しで会話が平気で成立するのだ。


「まだ12時だぜ?それに、一つ違いの弟を子ども扱いするんなら、アニキも寝るべきじゃねえの?」

「俺と違って、お前は朝練があるんだからとっと寝ろってことだよ」


「朝練なんて、徹夜でも余裕だって。授業中寝てても、俺様に文句言う奴なんていねえしな。それはさておき、そろそろ諦めたらどうなんだよ?」

「んだと?」


 聞き捨てならない台詞を吐くじゃないか、弟よ。


「今時、手紙で告白なんて古すぎるって。2000通も下書きしてる暇があったら、さっさと告白しろよ」

「そんな目立つこと、俺ができるわけないのはお前が一番知ってるだろ」


 わかってて、挑発するような口調でこんな事を平気で言うのだ、我が弟は。


「でもよ、今時告白はスマホ越しがセオリー。もしくは面と向かって直接告白。まあ、俺様的には直の方が、恥ずかしがる顔が見れるんでポイント高いけどさ」

「お前の趣味の話は聞いてないって。大体、一度も会話したことないんだぞ?初対面でいきなり告白とか、無茶が過ぎるだろ」


「何度も言うけど、まずは知り合いになるところから始めるんじゃねえの。そういう場合?」

「だって、恥ずかしいじゃんか」


 壁に頭をコツントぶつけて天井を見上げる。

 彼女の顔をこうして思い浮かべるだけで、今でも顔から火が噴き出そうだ。


「それに、そのためのラブレターだ。どんな相手でも必ず振り向かせられる、そんな究極のラブレターを、いつかは書いて見せる」

「アニキがそういうの得意なのは知ってるけどよ。ま、いいか。気長に頑張ってくれ。直接告る気になったら、いつでもアドバイスするぜ」


 それだけ言い残して、隣の部屋からすうすうとした寝息が聞こえてくる。相変わらず、器用なやつだ。

 でも、俺もそろそろ寝る時間だな。


「おっと、これだけは忘れないようにしないと……」


 毎日の様に繰り返している作業だが、これだけは絶対に忘れちゃならない。だから、どんな時でも口に出して確認するようにしてる。


「設定は……『非公開』……っと」


 タッチパッドを指でなぞりながら、確実にカーソルを『非公開』に当ててクリックする。

 これだけは、何があっても、絶対の絶対に間違ってはならない。


 こんな恥ずかしい文章を世界中に公開することを考えただけで……。背筋から蕁麻疹が全身に走る!


 ああ、痒い痒い痒い痒いかゆ……うま……


「いけね、くだらねえギャグ言ってる場合じゃない。さっさと寝よう」


 PCの蓋を閉じて、ベッドに寝転ぶ。明日も、いつも通りの平凡な日々が待っている。






 ──俺は、目立つのが嫌いだ──






 っていうか、人の目線に晒されるのが嫌いなんだ。

 人によっては、極端な恥ずかしがりやと言う奴もいる。


 とにかく、ひっそりと静かに暮らしていくことこそが、俺の生きる目標である。


「おーっす」

「おはよー。なんだか眠そうだな」


 見知ったクラスメイトと当たり障りのない会話をしながら、予定通りの時間に教室に到着する。

 始業の5分前。通学の人数が一番多くなる時間帯だ。これだけの人ごみに紛れていれば、当然ながら目立つことはない。


 まかり間違って遅刻なんぞしようもんなら、机までの長い道のりをクラス中の視線に耐えながら進み続けるという拷問を受けることになる。

 そんな辱めを受けるくらいなら、その場で自害したほうがマシだよな。


 教室を見渡してみると、もはやすっかり慣れ切った異様な光景が広がる。

 同時に、本当にこの学校を選んでよかったと、幸せをかみしめる。

 この幸せに比べれば、自分の机まで3分かけて歩く面倒さなど、些細なものだ。


「あ、おはよー。今日もいつも通りの時間だね~」

「そうだっけ?金木さんはいつも来るの早いよね」


 隣の席の女子に軽く声をかけて席に着く。

 黒板などないこの教室だが、教壇が軽くかすんで見える。


 なにしろ、この『私立多部川たべがわ学院』。1クラス4000という、超ド級マンモス校なのだ。

 繰り返すが、本当にこの学校を選んでよかった。これだけ大勢の生徒の中では、普通に生活していてもまず目立つことなど不可能。


 加えて、不断のたゆまぬ努力によってさらにステルスっぷりに工夫を重ねてきた。

 服装は地味すぎず派手過ぎず。あまり地味すぎても、それはそれで周囲に浮いてしまう可能性があるからな。


 成績も、ほとんど完璧。順位は狙い通り中央値をキープしている。

 テストの難易度、クラスメイトがどの程度勉強しているかを考慮し、間違うべきところもきっちり間違うという徹底ぶりだ。

 間違っても成績上位者として張り出されるような愚行も、赤点をとって少人数の補講を受けるような蛮行も回避する。


 ……できれば、きっちりと中央値を叩きだしたいところなんだが、4000って偶数だから中央値がないんだよなあ……


『よーし。それじゃあホームルームを始めるわよー』


 スピーカーから教師の声が響く。今日も一日、いつもと同じくひっそりとした学校生活を始まろうとしていた。

 と、その時──


「ごめんなさーい!ギリギリセーフっ!!」


 景気の良い、少しハスキーな声がだだっ広い教室の中に響き渡る。

 クラス中の注目を浴びながら、勢いよく扉を開け、彼女は教室の中に飛び込んできた。


『……青蓮院さん。また貴女なの……。それに、チャイムが鳴り終わってから入ってきてもギリギリセーフとは言わないのよ。加えて、先生はもう授業の開始を宣言した後』

「まあまあ、そう言わずに。朝練が長引いたのは私のせいじゃないですし、これ以上授業が始まるのを邪魔するのも悪いですから」


 艶やかな髪の毛を放り投げるようにくしけずりながら、悪びれた様子もなく快活に笑う。

 言葉に嘘がないのが誰にでもわかる。説得力、と言うよりも疑念すら浮かばせない問答無用の迫力が全身からにじみ出ていた。


 事実、先生も「まったく……。さっさと席に着きなさい」と呆れたように呟くだけで、おとがめなしだった。

 これだけ大勢の生徒を抱える学院では、生徒を管理するため規則遵守が徹底されている。

 しかし、彼女の前では規則も歪んで脇に逸れるらしい。何もなかったように席に向かって小走りでかけていく。


「……はあ」


 誰にも聞こえないように、こっそりとため息をつく。

 

 青蓮院しょうれんいん 琴音ことね


 彼女は、この学院の特異点とも呼べる存在だった。

 さっきも言ったけど、これだけ大勢の生徒を抱えるクラスで、あれだけ目立つ言動をすれば多くの注目を集める。もちろん、良い注目も、悪い注目も。


 だから、ほとんどの生徒は俺のように目立たずにひっそりと過ごそうとするはずだ。

 妙な噂を立てられないよう、本音を隠して周囲との摩擦を極力避ける。


 でも彼女は違う。さっきのなんか序の口だ。どれだけ周囲の注目を浴びてもお構いなし。

 遠慮も物おじもせずにずけずけとモノを言う。だが、彼女のことを悪く言う生徒など、聞いたことがない。

 ともすれば、彼女に堂々と物申されたことを嬉しげに語る奴までいるくらいだ。

 

 とにかく、この学院で最も稀有な存在。それが彼女だった。



 そして、俺にとっての特異点でもある。



 聡明な諸君ならお気づきだろう。俺が3年間書き続けてきた、ラブレターの相手だ。

 俺自身、どうして彼女にここまで惹かれたのかよく分からない。


 何よりも目立つのを嫌う俺が、"歩くスポットライト"との異名を持つ彼女に思いを寄せるなんて、ほとんど自殺行為だ。


 でも、好きになってしまったのだから仕方ない。

 思いは募るが、近づいて声をかけることすらできない日々で、俺はいつの間にかその激情を文章にぶつける習慣が身についてしまっていた。


『それじゃ、授業を始めるぞー』


 気が付けばホームルームが終わり、担任の香田先生に代わって数学の先生が教壇に立っていた。

 教師の声を完全にシャットアウトして、彼女のいるであろう方向に視線を向ける。

 授業なんて聞くだけ無駄だ。今日の数学の教師が誰を当てるかは完全に把握している。

 理系人間の規則に凝り固まった思考パターンを推測するなんて簡単すぎて欠伸が出る。文字通り寝ていても問題ないくらいだが、そんな目立つことはしない。


 授業を聞いているふりをしながら、その他大勢の生徒の向こうにいるであろう彼女に秘かに思いを馳せる。

 彼女と同じ空間にいられる幸せを噛み締め、今日も穏やかで地味な学校生活が始まろうとしていた。

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