第46話 滅び、そして



「ばか……な……嘘を……つくなあ!」

【嘘じゃない】


 パンテラは、マードックにうれいの目を向ける。


【あんたは、天才だ。逆境をものともせず地位と財産を築き、魔力も底知れぬほど強い――だから、認めたくなかったんだろう?】

「なに……?」

【拒絶されたことを】

 

 黒豹の半獣人は、剣を構えるガウルの横に並び立つ。


【ソピアで貴族の地位を得たのは、半郷のためだったはずだ】

「っ」

【狂気でそれすらも忘れたのか。神の意図とはいえ、ソピアとの隔たりは、それほどまでに大きかったんだな】

 

 そうして話しながら、パンテラはゆっくりとマードックに近づいていく。足音も立てずに。

 

【もし助かったとしても、魔王を輩出してしまった黒豹族は……その血を絶やすため、皆で死ぬつもりだよ】

「くろひょう……ぞく……を絶やす……?」

【これだけの命を奪ったんだ。当然だろう? オレは代表して、それを直接伝えに来たんだ】


 パンテラは、辛そうに下唇を噛みしめる。


【願わくば、全ての種族が自由に生きられる世が、訪れたらいいな】

 

 それから、正面からマードックの両手を取って、ぎゅっと握った。

 

【さあ、もう一人にはしない。共に逝こう】

「!?」


 マードックは驚きの表情をパンテラに向け、パンテラは目だけで杏葉を振り返る。

 

「滅びの炎は、最後に魔王自身も滅ぼすのよ」


 それを受けて杏葉が告げるのは、前魔王カイロスの記憶だ。 


「魔王は、争いが産んだ悲しい存在。世界を滅ぼした後は、その存在も滅びるしかない」

「はは……わたしは、なんと無駄なことを……」


 杏葉は両手を自身の身体の前で、祈るように組む。


「壊さないで、大切にすれば良かったのに」

「拒絶されてもか」


 いつの間にか、ブランカも杏葉に寄り添っていた。

 傷だらけで、乾いた血がこびりついた頬と手。だが白狼の令嬢は優しい声で告げる。

 

【……ミラルバは、心から信頼していた友人に、裏切られた】

「っ」

【あの噓で心を壊してしまったのは、そういうことよ】

「……しん、らい……」

【セル・ノアも、あなたを父として慕っているからこそ、支えようと頑張っていた】

「……セル……」

【あなたを愛してくれている人々から、目をらさないで】


 ブランカは、ポケットから小さな手帳を取り出し、マードックへ捧げる。


「わたしも、愛されていたと。そう言うのか」

【そうよ】


 だが彼は、それを受け取らなかった。


「……それが分かれば、もういい。パンテラ。離せ」

【なぜ】

「責任というなら、わたしが全て引き受ける……そこの熊」


 マードックは、パンテラの手を振りほどいてバザンに近づく。


「お前が持っているものを出せ」

【っ……、これのことか?】


 身構えつつも、ポケットから取り出して見せたのは、黒霧が渦巻く水晶玉だ。

 ウネグが、セル・ノアの部屋から咄嗟に持ち出したもので、バザンが預かっていた。


「ああ。それが魔王のたねだ。割るが良い」

【なっ!】

「当然奪った命は取り戻せない。が、壊せば、魔王は確実に滅び、今世界中に湧いている魔獣も消すことができる。いにしえから続くあらゆる制約もだ」

【世界を滅ぼすのを、やめるというのか】

「……そうだ。そして『争いが魔王を産む』という制約も壊す。またを一から構築するには、膨大な時と魔力を要するだろう」


 バザンは、その事のあまりの大きさに、肩も手もぶるぶると震わせた。


「ぐ、はや、くしろ。わたしが生きて、いる、うちに……」


 動揺するバザンの手を、下からがっちりと支えるのは

【一人に背負わせたりしない!】

 ガウルだ。

【俺も、ともに壊そう】

 パンテラが歩み寄り、決意の顔でそれを上から握る。

「私も!」

 杏葉も、その上から両手を重ねた。そして――

『オイラもね!』

 いつの間にか、王都入口で戦っていたはずの、エルフのランヴァイリーも。

 

 ブランカが、辛い表情でだがしっかりと、それを見届けようと顔を上げる。レーウはその肩を抱き、寄り添った。

 

【皆……ありがとう】


 バザンが深く息を吸い込み、力を込めると同時に、全員が手を握りしめた。精霊たちは一堂に集い、魔力が一点に集約される中、パキンという乾いた音が響き渡った。


「さあ神よ! たった今、種は失われた。もはや争いは魔王を産まない。人間への制約も、解き放て。全てを……自由に!」


 マードックは天を仰ぎ、強く願い、そして叫ぶ。

 徐々に浮いていく身体は、指先や肩先からホロホロと砕けて、黒い灰となって宙を舞う。


 杏葉たちは、その彼の姿を目に焼き付けるため、自然と重ねた手を繋ぎ直した。

 バザン、パンテラ、ガウル、杏葉、ランヴァイリー。

 横一列になって、見送る。



へだたりこそが、災いだ! 神よ! 奪われた数多あまたの命は、魔王である我ひとりの罪! だが、お前の罪でもあるぞ! 覚えておけ! 二度と……しゅを分かつことなど……」


 

 叫びながら、マードックはその命を細かい霧のように巻き散らしていく。

 同時に、世界中の魔獣たちも――灰となって宙に舞い、やがて消えていった。

 


「ほろ……んだのか……魔王……」


 アンディが、空を見上げたまま呆然とした顔で呟くと

 

「殿下あ゙あ゙あ゙あ゙!」


 顔面をぐしゃぐしゃにしたネロが、叫んだ。


「いまこそ! 勝利宣言をおおお!」

「はは。……そうだな」


 裂けた肌から血が流れるのをいとわず、アンディは剣をめいいっぱい空に掲げた。


「魔王、滅びたり!」


 その宣言は、喜びとなって騎士たちに伝染し、やがて王都を揺さぶる怒号となった。

 

「おおおおおーっ!!」

 

「あー、しんど……」

 魔力を使い切ってしまい、とても雄叫びを上げる気にはならず、へなへなと地面にお尻をつくジャスパーに

「ジャス、へばったのにゃ? 情けないにゃー」

 とリリが笑いながら近寄る。

「うえ!? リリ!?」

「はにゃっ」

「はは、言葉が……」

 ダンが、リリの頭をわしわし撫でながら、涙を浮かべる。

「終わったなあ。無事で、良かった……あー、クタクタだ」

「ダン、葉巻吸ってもいーにゃよ。特別にゃ」

「お? そうか? ならお言葉に甘えて」


 懐から出した葉巻に火をつけて、何度かぷかぷかふかすと、白い煙がダンの表情を隠した。それなら彼の流れる涙を、リリもジャスパーも見なかったことにできる。


「はあぁ〜生き返るなぁ〜」

「アタイの鼻は、もげるにゃよ〜」

「ふははっ」

「ジャスの匂い嗅ぐにゃ」

「げっ、スンスンはまあいーけど、ぺろぺろすんなって! え? 俺いよいよ食われんの!?」


 へたりこんでいるジャスパーの首を後ろから羽交い締めにして、リリは思う存分、その匂いを嗅いでは頬を舐めている。


「マーキングにゃ」

「ひえっ」


 その様子を少し離れて見るウネグは、ようやく肩から力を抜く。

 

「これで良かったんだよね、にーちゃん……」

「ロドリグは、川の向こうのみんなとも仲良くしたがってたからねえ。喜んでると思うよん」

「クロッツ様……兄をご存知だったんですか!?」

「ん? あのねー。ボクこれでも男爵なん……あ!? ウネグ、この匂い……!」

「え……あ!」


 ふと、クロッツの鼻先をかすめたのは、独特のお香の香りだった。

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