第36話 再会の奇跡が生み出すものは
リリの立てたしっぽがゆらゆら揺れて、背後の皆にその危険度を告げる。
「敵意はないみたいにゃね」
「であっても、油断はするな」
ガウルは剣先を前にまっすぐ構え、覇気を発した。
前に出たガウル、リリ、クロッツ以外は、下がって様子を見守る。
「あっ!」
が、後方で杖を構えていたジャスパーが、突如として大きな声をあげた。
「まさか! 殿下っ!?」
「なんだと!」
ダンが信じられないという顔でジャスパーを見たあとで、自身でも目を細めてじっと前方を見ると――次第にうるうると涙が溜まっていき、やがてその名を呼んだ。
「嘘だろ……アンディ殿下っ!?」
名を呼ばれた瞬間、草むらの向こうで動きを止めた人間が、頬についた泥を手の甲で拭いながらその顔を歪める。
それは驚きののち、じわじわと湧き上がる喜びの表情に間違いなかった。
「ダン! ジャスパー!」
確信をもってお互いを認識した瞬間だというのは、言葉が通じなくても態度で分かる、とガウルは微笑みつつ剣を鞘に納め、リリとクロッツにも顎で指示を出した。ランヴァイリーが付き添い杏葉も前へ出てきて、相手にも言語フィールドを広げる。
「殿下! 殿下ぁっ! お待ちくださいっ」
後ろから焦った様子で追ってくるもう一人の人間にも
「うわ! あれ、ネロじゃね!?」
とジャスパーが叫び、
「あ? ジャスッ!? ジャスパーかっ!」
相手も応えた。
柵の向こうで大きく手を振りながら近づいてくる二人の人間に対し、ダンとジャスパーが近づいていく。
が――
「はーい、ちょっと待ってー」
クロッツが冷静な声で腕を水平に伸ばし、ふたりの動きを止めた。
「話がうまくいきすぎ。罠でない保証はどこにもない。相手がホンモノの知り合いかどうか、確かめる方法は?」
「!?」
「……当然警戒すべき、てことだな」
ダンとジャスパーは、素直にびたり、と足を止める。
ところが
「なんだと! 無礼だぞ、ワンコロ!」
と柵の向こうで
「うわ~あの上から目線で嫌味な感じ。絶対ネロだけどね。まじごめん、クロッツ」
と苦笑を返す。クロッツは黙って肩をすくめた。
「ネロッ! ……我が従者の無礼、許して頂きたい」
アンディは、よく通る声で言った後、丁寧に頭を下げた。
「私はアンディ・ソピア。ソピア王国の王太子である! 証明とは、何をすればよいか!」
ダンがガウルを始めとした全員を見やると、ガウルが代表して「ダンに判断を任せる」と告げた。
それを受けてジャスパー、クロッツと共に鉄柵ぎりぎりまで近づくダンは、すっかり冒険者ギルドマスターの顔だ。
「アンディ殿下であれば、王家に伝わる紋章をお持ちのはずです」
「! ああ、ここに」
「では失礼して。ジャスパー! 鑑定を」
「はい」
アンディが手で示した場所――恐らく、ペンダントにしているのだろう、鎖骨中央のあたりだ――に向けてジャスパーが杖を振ると、服の下でも分かるぐらいに眩しく明滅した。
「ふむ、では……紋章をかじる動物は」
「蛇」
「はい。本物の殿下です」
ダンが、笑顔で振り返る。一方で
「え……竜ではないのですか……」
とアンディの隣で瞠目する赤髪の侍従が、肩を震わせている。
その肩をぽんぽんと気安く叩く王太子は、ようやく緊張を解いた。
「大蛇なんだよ、ネロ。でも秘密にしてね。限られた者しか知らないんだ」
「そういうこった。さて、ネロはどうやってホンモノって証明するかねえ」
それを眺めるダンが、意地悪な笑みを浮かべている。
「え」
「ネロな~。性格に難がありすぎるんすよね~」
ジャスパーもそれに乗っかって、にやけながら頭の後ろで手を組んでいる。
「お、おい、ジャス」
「確か……女子供にも容赦ない、赤髪の狂犬、だったっけか?」
「っすね。あと王太子の専属番犬っす」
「え! ネロってそんな風に言われているのか!? 知らなかったなあ」
あからさまにショックを受けているネロの顔を見て、杏葉が思わず「ぶふ」と吹いた。
「そんなに言ったら、可哀相ですよ! もう大丈夫ですよね? 門、開けましょう! お洋服汚れてるし……」
だがそれを聞いたネロが、何を思ったかずかずかと近づいてくる。
柵越しに杏葉に詰め寄り
「誰だ君は!」
と叫ぶので、杏葉は慌てて犬耳のついたマントの、フード部分を後ろに落としてから
「はいっ。アズハと申します。ダンさんの娘です」
と、律儀にぺこりと自己紹介をした。
「ダンの娘……」
そのやり取りの間、鍵穴に鍵を差していたリリが
「あにゃ~団長、まずいにゃ。開けるのやめるにゃ?」
と眉を寄せる。
「どうした、リリ」
「また恋のライバルにゃよ」
「うが!?」
ガウルがぐりん、と再び首を回すと、柵の隙間から
「天使だ!」
と叫びながらネロが杏葉の両手を握り、即座にダンに叩き落とされていた。
ガウルは片手でおでこを覆って空を見上げ、ランヴァイリーが
「オイラ、アイツとは絶対仲良くなれナイと思ウ」
とぼそりと呟いた。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、獣人王国リュコスへ」
リリが開けた門扉を通り、伯爵邸裏庭へ足を踏み入れた王太子のアンディと従者のネロを、ガウルが迎える。
「俺は、獣人騎士団長のガウルだ。こちらは」
「エルフ大使のランヴァイリトリウス。ランヴァイリーとでもお呼びくだサイ」
「歓迎、嬉しく思う……というか、言葉が! わかる!」
驚きと戸惑いと喜びがアンディから溢れているのを、リリは好ましく思った。
密かにハンドサインで【悪意なし】を改めて全員に通達する。
「エルフの技術ですヨ、殿下」
ぱちん、とランヴァイリーがウィンクで杏葉を見やる。
杏葉も、今のところは黙っておこうと頷いた。
「なんと……!」
そしてそれぞれの名前と所属を言い合う簡単な自己紹介が終わった後、ボロボロのふたりの様子に
「それにしても殿下……ここに至るまで、ずいぶんなご苦労をされたとお見受けする」
とダンが気遣った。
安心で気が抜け、今にも膝が崩れ落ちそうなアンディを支え、
「あちらこちらに魔獣が湧いているのだ。我々はなんとかやりすごして、命がけでここまで来た」
ネロが苦し気な表情で言うと、アンディも
「ああ……ソピアはもう、持たないかもしれない……だが、なんとか、貴殿らの力を借りたいのだ!」
必死な様子だ。
「魔獣が湧く、ということは、既に魔王の活動が始まっているということです! 一刻も早く」
杏葉が叫ぶように言うのを、ガウルが優しくなだめた。
「アズハ。焦る気持ちは分かるが、まずは情報共有しつつ回復と傷の手当を。それから陛下へ伝令を飛ばす。アクイラ!」
「はい!」
「その翼に頼っていいか」
「っ、はい!」
「一番過酷な役目になるぞ」
「お任せください」
「よし。……本邸は
ガウルが先導して歩き出すと、アンディの唇がわなわなと震え出した。
「銀狼……ここは、君の家……?」
歩みを止めたアンディを、不思議そうにガウルは振り返る。
「? そうだが」
「っ! ならば! 小さなころ、この門扉の先の橋の近くで、人間の子と遊んだのを覚えているか!?」
「!! もちろんだ。俺の唯一の人間の友達だ。知っているのか?」
「知ってるもなにも! 僕のことだっ! ガウルという名前だったんだな! はは、ははは!」
「な、んだと。俺の、友達……王太子が?」
「そうだ!」
「ちょ、まて……あー」
「信用できないか? 釣りに夢中になって、小川に足首がはまって」
「抜けなくなって尻もちをついて、俺のしっぽが」
「泥まみれになって、泣いた!」
――え、なにそれ、可愛い! と杏葉は思わずガウルを見た。その銀色でふさふさのしっぽが、ブンブン振られている。
「こんなことが、あるか? まさか、騎士団長とは!」
アンディがネロに支えられていない方の腕を広げ
「奇跡だ……王太子とは!」
ガウルはそれに応えて、ぐ、とネロごとハグをした。
「団長、やっぱすごいにゃね~!」
誇らしげに喜ぶリリの頭を撫でてやりながら、ジャスパーも頷く。
「人間の王子と、獣人の騎士団長が幼馴染とか。物語みたいだな」
「ああ……希望を感じるな」
ダンが、にやりとランヴァイリーとクロッツを見て言う。
「こればっかりは、セル・ノアとやらも読んでなかったんじゃないか?」
「ウヒ。ダンってやっぱ腹黒いヨネ」
「ボクもそう思う」
狡猾さの代表のようなランヴァイリーとクロッツに言われて、
「うおぉ!? 俺、腹黒いのか?」
と結構真剣に悩むダンなのであった。
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