第24話 やはり、魔王とは
獣人騎士団から話を聞き、クタクタで戻ってきたガウルとリリに
【オカエリ】
【オツカレ】
ぐったりとしたダンとジャスパーが、あいさつをしてみる。
【おお!?】
【はにゃー、しゃべってるにゃー】
驚くふたりに無言でドヤ顔をするのは、腕の中でアーリンをあやすエリンだ。
【スコシ】
【オレ、ジャスパー】
ぶふう! と吹き出しながら、リリがジャスパーの首に抱き着く。
【知ってるにゃよーん。がんばったにゃね!】
「うぐっ、馬鹿にされてる気がする!」
「……合ってる。ぷぷぷぷ」
「エーリーンー!」
女子ふたりにもてあそばれるジャスパーを、笑って眺めるガウルが
【すごいな。どうやったのだ?】
と尋ねると
【マリョク】
ダンがぐったりした顔で答えた。
【ほう!】
エリンいわくは、封じられた魔力を解放することを意識するのだそうだ。
その昔、半郷に関わっていたある人物が、『古の黒魔術師団』へ潜入し『秘術』として持ち帰ったと言われている。
その後その人間は、半郷に危険を及ぼすからと、ソピアへ戻り二度と帰らなかったらしい。
それを聞き、エルフの言はやはり正しかった、とダンたちに戦慄が走った。
人間本来の魔力は封じられている。だから言葉を失っている。今使っている魔法は、こぼれ出た魔力を使っているに過ぎない。かつて神は人間という存在を恐れて、隔離した――つまり魔王とは……
「やはり、俺たち人間のことなんだなぁ」
「ダンさん……」
【?】
【……悲しそうにゃね】
リリが匂いで悟ったと見て、ダンは【アズハ、オキタラ、ハナス】と返した。
そして、ジャスパーも気づいていたか、と大きな溜息をつく。
「エリン、その秘術をもたらした人物も、そのことに気づいたに違いない」
「っ……、なら、儀式って……」
「魔力の全開放、か何かだろうな」
「神の封印を無理やり解くなら、生贄が大量に必要なのも分かるっすねー」
「そ、んな……じゃあ、アズハちゃんは」
「本来の人間の姿、なのかもしれないな」
ダンが、ふう、と大きく伸びをしてから立ち上がった。ツリーハウスの窓から顔を出し、葉巻に火をつける。
久しぶりの一服だ。深く紫煙を吐くと、広場で談笑している獣人騎士団の姿が目に入った。
「ま、ただの憶測だ。アズハが起きたら、魔法を練習しながらまた話をしよう」
「うん……」
「とにかくだ。バザンが心配しているぞ、エリン。追いかけたくとも、バザンの見た目では追いかけられない。それが分かっていて飛び出したお前は、バザンの気持ちをもっと汲んでやらねばならん。焦ったのは分かるが」
「あた、しは! っ……父さんが、心配で」
「うん。すまないな。俺が国王と不仲だから、だろう?」
エリンは、腕の中のアーリンをあやしながら、歯を食いしばった。
「父さんは、馬鹿だよ……うまくやればよかったのに」
「そうかなあ。心を捻じ曲げてまで従おう、とは思えなかった」
ジャスパーが唇をかみしめて、黙って
「このまま人間は、滅んだ方が良いのかもしれんなあ」
「父さん!」
「っっ、俺も、そう、思っちゃって……」
耳をぴくぴくと動かすガウルは、もちろんダンたちの会話の内容は分からない。だが――
【結論は、後で】
目を細めて、一語一語を、ゆっくりと話した。前とは異なり、簡単な言葉なら少しは通じているようだ。その証拠に、ダンが振り返り、目を見開いている。
「!」
【まだ分からない。アズハが、怒る】
「ふは! そうだな」
ダンはこの度量の大きな銀狼を、ますます尊敬するのだった。
◇ ◇ ◇
ほんと、あなたって猪突猛進なんだから。少し立ち止まって、周りを見直しなさい。
――ごめん、ママ。
ママは別に困らないもーん。あなたが後悔しなきゃ、それでいいのよ!
――うん。
信じる力が、あなたは強い。だから、突き進んでいい。けれど、忘れちゃだめよ。固定観念も思い込みも、いったん捨ててから、深呼吸して見直すの。
――むずかしいね。
難しいわよー! でもじゃないと、あなたすーぐ騙されちゃうし。こうやって、いつまで経ってもケアレスミスがなくならない!
◇ ◇ ◇
「……九十八点は、悔しかったなー」
「あ、起きた?」
「! エリンさん。おはようございます」
「おはよう!」
半分寝ぼけていた杏葉は、ベッドに上半身を起こして寝言を言っていたらしい。
エリンがアーリンの顎を肩に乗せて、背中をぽんぽん叩きながら、笑って教えてくれた。
やがて、げふ、と小さなげっぷが出て、アーリンが自分でびっくりした! みたいな顔をしている。
「わあ! 可愛い」
「ふふ。赤ちゃんって自分でげっぷができないのよね~」
「すごいなあ」
「まだ熱っぽいね?」
杏葉の頬は、未だに赤みを帯びている。
「はい。体の芯が、こう、燃えている感じがします」
「そっか……昨日ね、父さんたちと話したんだけど、私がアズハちゃんに魔法を教えることになったよ」
「魔法!?」
「そ。魔力を消費しないと、体調は元に戻らないと思う」
杏葉は、ベッドの上で自分の手のひらを見つめる。親指には、里長がくれた指輪。
「私に、できるでしょうか?」
「できるよ!」
エリンは、屈託のない微笑みで言う。
「簡単なのから、やろう!」
「っ、はい!」
明るい声音に、救われる気がして。
杏葉は思い切って、自分のアイデアを言ってみることにした。――夢の中で、母親が背中を押してくれた気がしたから。
「できれば、魔力を渡したいです」
「魔力を、渡す?」
「はい。私の魔力を分け与えれば、人間も【共通語】、話せるんじゃないかって」
この世界の固定観念を、変えればいい。
言葉が魔力なら、分け与えればいい。
「! すっごいこと、思いつくね! それは……里長さんにも相談だね。でもそれがもしできたら、消費と兼ねられて最強だー」
「ダー!」
「「!!」」
アーリンの返事に、二人して笑った。
――そして、見舞いにやってきたシュナ(入れ替わりでエリンは、食事をしに退室した)へ話をしてみると、
『譲渡……というより、結界を展開する考えの方が良いだろう』
目を細めつつ、言われた。心なしか楽しそうなのは、気のせいではないだろう。
「結界を、展開?」
『そうだ、精霊の子よ』
シュナが、ゆっくりとベッドサイドに腰かける。
「精霊の子、て?」
『エルフの間に伝わる予言だ。精霊の子現る時、魔王来たり。世界が滅びの危機に瀕するだろう、とな』
「え……」
『アズハは、精霊の子だと確信した』
杏葉は、目を大きくぱちぱちと瞬かせた。
「あの、それって、不吉……?」
『どうだろうな。アズハを見るまではそう思っていたが、見てみろ』
シュナが、空中のそこここを人差し指で差す。
くるくると踊りながら飛ぶ、小さな精霊たちがいる。光を振りまきながら、しかも、みんな笑顔だ。
『これほど精霊が楽しそうなのは、見たことがない』
「はあ」
『恐らくは、魔王出現に備えて、神が呼ぶのではないかと。そう思った』
「はい!?」
『だからまあ、世界の危機を救ってくれ』
「かっる!!」
思わず突っ込む杏葉に、シュナは大爆笑。いつもクールな分余計にギャップが大きく、その表情は思わずドキッとするぐらいに素敵だ。
さすがエルフ、そんな顔も美人なんてずるいな、と杏葉は思う。
『おや、そんな目で見ないでくれ。ガウルに殺されてしまう』
「はい!?」
『二人は、
「は!?!?!?」
『ん? あれほど匂いを嗅いでおいて、違うのか? ありえないが』
首を傾げるシュナはだが、
『狼獣人の首元に自分の匂いをああして擦り付けるのは、激しい求愛行為だぞ。まして狼は一途だからな。それを許すのは、世界でたったひとりだけだ』
こともなげに言った。
「きゅう、あい……いち、ず……ひとり……」
『そうだ。
「つが、い、って!」
『? 熱で、しゃべれなくなったか? 大丈夫か?』
ようやく内容を理解した杏葉は、ぷしゅうううう、と音が出たと錯覚するぐらいに、耳から首の後ろまで真っ赤にしてしまった。
前かがみに折れるその熱い背中を、優しく撫でてくれるシュナに対し、
「ちがーーーううううううう……ああああああ……!」
叫ぶしかできない、杏葉だった。
-----------------------------
お読み頂き、ありがとうございました!
ガウルさんの鉄の理性、すごいっす。
杏葉、やっちゃってましたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます