第20話 決裂、する



【アズハ、大丈夫か?】

「はい。ガウルさん。すみませんが、おんぶで連れて行ってくれますか?」

【おんぶ、とは】

「また背中に乗せて欲しいのです」

【ガルッ! お安い御用だ!】


 ガウルはしっぽをぶんぶん振りながら、杏葉を軽々と背負ってくれた。


「ふふ。しっぽ可愛いです! 足にあたって、くすぐったい」

【んんん。すまない】

「違うんです! 嬉しくて」

【なら、良かった】

「首の毛、もふもふでいい匂い~幸せです!」

【ごほん! そうか……】

【いちゃいちゃにゃねー】

「【リリッ】」

【にゃにゃーん】

「「緊張感ないな」」

【【緊張感ないな】】



 とりあえず、全員で精霊の木の元へ向かうことにしたものの、ガウルと杏葉のやり取りで、毒気を抜かれてしまった全員。

 目先には、暴れまくる逆さ吊りのバッファローとキツネの獣人がいるが、その状況のせいでマヌケにしか見えず、当然といえば当然だった。


【うがああああ! ガウルうううううっ! この、裏切り者がああああっ】


 特に顔を真っ赤にして叫ぶバッファローのブーイは、理性を失った獣にしか見えない。巨木にぶら下がったままこちらをめ上げる、その両眼は血走っていて、杏葉は思わずガウルの影に隠れた。

 

【心外だな。裏切るとは?】

【人間と結託して、獣人に危機をもたらす気だろう!】

【とんだ言いがかりだな。それで俺に何の益がある】

【てめえは、クソ人間とつるみたがってたじゃねえか!】


 杏葉は、訳すのもはばかられるブーイの言葉を、苦い液体を飲み下すかのように耐えながら、全てそのまま吐き出した。


「こんな、中身のない恨みをぶつけられて、俺たちは一体どうしたらいいんだろうな」

 ダンが、ぎりぎりと奥歯をかみしめる。

「建設的な話し合いってやつは、絶望ぽいっすねえ」

 ジャスパーはあえて軽く言うが、その表情は暗くて重い。

 

【醜悪な人間もいるが、それで人間全てと断じるのは愚か者がすることだ。獣人にも愚かな者はいるだろう。お前のように、な】


 シュナが侮蔑ともいえる目線を投げると、ブーイはさらに激高した。


【はん! エルフの里長すら人間に堕ちたか! 世界の終わりだな!】

【……貴様たちのせいで、本当に世界が終わるぞ】

【ああ!?】

【魔素の見えぬ貴様らに、散々エルフは言ってきただろう。魔王が生まれると】

【馬鹿エルフめが! クソ人間を滅ぼしたら次はてめぇら……】


 シュンッ、とランヴァイリーがその長い後ろ髪をなびかせ、目に見えない速さでブーイの首元にナイフを突きつけた。

 

【だまれ、無知な獣。長を侮辱するということは、全エルフを敵に回すということダゾ】

【っ】

【うるせえ! お前らが、俺の兄貴を殺したんだろ! 人間!】


 叫ぶのは、キツネの獣人の方だ。


【国境警備で巡回してただけなんだ! なのに、なのに、殺されてた! 兄貴を返せよ!】


 ガウルの背で辛い言葉を訳し続ける、杏葉に寄り添うのはリリ。ジャスパーは不測の事態に備えて、神経を尖らせる。

 キツネの叫びに応えるのは、ダンだ。

 

「犯人が人間だという証拠はどこだ」

【獣人を殺すなんて、人間に決まってる!】

「証拠はないんだな? ならば、人間が殺した、と言ったのは誰だ」

【宰相閣下だ!】

「ほう? それを疑いもせず信じたのか。犯人は捕まらず、証拠もないのに」

【!!】

【ウ、ウネグ、騙されるな……】


 ランヴァイリーにナイフを突きつけられながらも唸るブーイを、当然ダンは無視する。

 

「おかしいと思わないか? ガウルがお前らに何をした? 具体的に害をなしたなら、言ってみろ」

【……人間と、仲良くしている……】

「それがお前にとって、どんな害になる? 何をこうむった?」


 ウネグは、言葉を失った。

 

【獣人は素直だ。その特性を知って利用している者たちがいるのではないか】


 シュナの淡々とした言葉に、ブーイは

【俺らを利用して、それこそ何になる!】

 と反論するも

【人間と対立させて、利益があるのは誰か……】

 ガウルが思考と共に発する言葉に、二の句が継げずにいる。

 

【人間を滅ぼすほど憎んでいるなら、魔王復活を好機と捉えるかもな。人間を滅ぼし、人間に寄り添おうとする獣人を滅ぼし……】

【ますます、セル・ノアが怪しいにゃねえ。あの宰相、普段からお香焚きまくりで、香水振りまいてたのにゃー】

「それって! リリに匂いを嗅がせないってこと!」


 後ろめたいことがなければ、わざわざそんなことはしないだろう、と全員の見解の一致を確かめるように、顔を見合わせ頷く。

 

「おい、ブーイとやら。お前らが受けた命令は、なんだ」


 ダンが代表するかのように、詰め寄った。


【吐くわけがないだろう!】

「ほーう?」

【聞かなくても分かる。危険分子である俺たちを排除せよ、だろう? ブーイ。貴様は汚い仕事が大好きだ。弱者をのもな】


 ガウルは詰め寄ったダンを制して、汚物を見るかのように見下した。リリは、その元騎士団長の顔を杏葉に見られずに済んで良かったと思う。これ以上ないくらいの銀狼の威嚇は、単純に恐ろしいからだ。


【はん! 強者こそ正しい! それが俺たちの生き方だ! 弱者を蹂躙じゅうりんして、何が悪い!】

【……アズハに聞かれたくはなかったが、仕方がない。これが、我々獣人の本質だ】

「ガウルさん……」

【だから俺は、変えたくて……】


 杏葉は、思わず後ろからギュッと抱きついた。


「大丈夫です、ガウルさん。みんながみんな、なんて思いません! だって、最初の町にも優しい人たち、たくさんいました!」

 

 怖がりながらも泊めてくれた宿屋のネズミは、宰相を食い止めてくれた。門番のオコジョたちは、馬を持ってきて【また来いよ】と言ってくれた。


「分かり合えるように、ガウルさんの考えを広めて行きましょう! ね?」

【アズハ……】

「ウネグさん!」

【!?】

「お兄さんのこと、私も悲しいです……だから、犯人探したいです!」


 これには、全員が驚いた。


「あじゅ!?」

「アズハ……」

「どうしてすぐに戦うの? 協力できないの? 私、それが悲しい。もし言葉が通じないせいだったら、私が、がんばるから!」

 

 誰もが息を呑む中、

【宰相閣下の言う通りだな。甘い言葉で、獣人を取り込もうとする。邪悪な存在だ】

 ブーイが笑い始めた。

【俺は、騙されんぞお!】

【ちょっ!?】


 わざと身をひねり、ランヴァイリーのナイフで自分の肌ごとつるを切る。

 切れ込みが入れば、バッファローの怪力でぶちぶちと引きちぎるのは容易だったようだ。

 どさり、と地面に落ちるや態勢を整え、

【ぶほほほーーーーん!!】

 雄たけびを上げた。


 

 ――杏葉を背負っているガウルに、その頭頂の角を向けて、地面を蹴った。

 

 


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 お読み頂き、ありがとうございます!

 国境で亡くなったキツネの獣人については、第三話でダンが言っています。

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