養殖
川田 海三
養殖①
ある大国の小さな田舎町でその異変は最初に確認された。
「先生、わたし頭がおかしくなってしまったみたい。」
この田舎町で唯一の診療所を訪れていた若い女性が、幼い頃から顔なじみの老医師に向かって深刻な面持ちで訴えていた。この女性は半年前にここで初めての出産を経験したばかりだった。
「わたし、毎日赤ちゃんから話かけられているの。でも。それって・・なんていうか・・、声が聞こえるってわけではないの・・でも、聞こえてくるの・・頭の中に直接聞こえてくるの。最初は気のせいだと思ったけど、日がたつごとに、すごくはっきりと分かるようになってきたの・・。」
そんな女性の話を優しい面持ちで、ゆっくりと頷きながら聞いていた老医師は、怯える孫娘を諭すかのように言った。
「それは心配なことだ。でも安心しなさい。それは産後不安と言って誰にでも起こりうることなんだ。私も長いこと医者をやってるけど、これまでそんな母親達を沢山みてきたし、治療もしてきたんだ。だから心配はいらないよ。必ず治してあげるから。」
老医師の話を聞いて安堵の表情を見せた女性は少し間を置いたあと、小さな溜息をつきながら言った。
「それからね先生、最近いろんな物が浮んで見えるの。わたしの赤ちゃんの周りを
ほ乳瓶とか、ぬいぐるみとかが、ふわふわと浮かんでいるの。この前、とうとうこらえきれなくなって主人に話てみたの。そしたら主人も、(今まで黙ってたけれど、僕も毎日のように幻聴が聞こえたり、幻覚が見えたりしていたんだ。君とまったくおなじだ。)って言ったの。」
女性はそこまで言うと、今まで溜まっていたものを一気に吐き出すかのように大声で泣きはじめた。
その日から女性の治療が始まった。だが、何日たっても一向に治療の効果はみられず、それどころか訴える症状はどんどん激しいものになっていった。何か家庭生活の中に問題があるのではないかと思った老医師は往診に出向くことにした。女性の家に着いた老医師は、冬場の極寒の外気を遮断するために重厚に造られた重い扉を開け、女性と幼子が暮らす部屋に入っていった。そこで判ったことは、この女性は病気なのではなく、いたって健全な精神状態であったということだった。
大国の政府はすべての事実を隠蔽し、子供の両親と老医師、それにこの事実を知っているすべての関係者に対し徹底的な取り調べをおこなった。だが、両親には特別な異変は認められず、出産時にこの子供を取り上げた老医師の証言からもとくに異常は認められなかった。その後、この取り調べを受けた者達は、社会から隔離された施設に幽閉され、やがて消息を絶つこととなった。
政府は特殊な能力を持って生まれてきたこの子供を研究するため専用の研究所を作り、極秘裏に召集した学者達に子供の研究を行わせた。その結果、この子供がテレパシーと念力を保有していることを突き止めたのだ。この子供は普通の子供より脳が非常に発達しており、身体の成長と共に脳の大きさは一般的な人間の二倍から三倍程の大きさになっていった。
やがて、政府にはこの子供と同じ能力を持つと思われる新生児の報告が次々ともたらされるようになった。だが、政府はこの事実を一切公表することなく、それらの子
供達を社会から隔離すると、驚異的な能力を持って生まれてきた超能力者達の研究を重ねていった。
それから数十年の歳月が流れ、集められた超能力者の数は数千の規模になっていた。この頃、超能力者達は政府の思惑によって軍の管理下に置かれ、軍の中でも最強の部隊と呼ばれていた。
政府によって軍事利用だけに特化され先鋭化されていったその超能力者達の能力は、テレパシーで他人の意識に潜り込み、心理を読み、幻聴や幻覚で攪乱させ、発狂までさせてしまうレベルに達していた。又、その念力は、飛んでくる銃弾はもとより、最大級の核弾頭までをも無力化させてしまう程の力になっていた。当然のことではあるが、人間など瞬時で圧殺することができた。
政府の要人や軍の幹部達は、敵対国はもとより世界各国が我が国と同じような、超能力者による部隊を保有していることを察知していた。だから、その対抗策としてこの部隊の増強に注力を注いでいたのだ。超能力者達の恐るべき力を目の当たりにした指導者達は、世界で最強の超能力部隊を持つことが、すなわち世界最強の力を持つことであることを理解していたからであった。
軍では超能力者同士の戦闘について数多くの研究が重ねられたが、最終的には超能力者の数の優劣が勝敗を決するという単純で明快な結論に至った。要するに二人がかりで一人を倒すということだ。一人が敵の超能力を自分の超能力で封じている間に、もう一人がその敵を圧殺してしまうということである。
政府も軍も超能力者を集めることに躍起になっていた。しかし、超能力者が出生される確率はおよそ数十万人に一人ほどの割合で、例えば同じ両親から生まれた兄弟でも兄だけが超能力者であったなど、その出生には法則性がなく突然変異の域だった。それは超能力者同士から生まれた子供でも同じことであった。軍は実験と称し超能力者達に人工授精による出産を次々に行わせたが、そのほとんどの新生児には超能力が
なく、すぐに処分された。このように超能力者の数を増やすために様々な試みが行われていたが、その確保に進展はみられなかった。とうとう軍はクローンによる超能力者の増産を決定した。
超能力者達による反乱が起きたのはその決定がなされた直後であった。全世界は超能力者達の圧倒的な戦闘力の前にあっという間にひれ伏した。
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