第32話 セオドア・ラウマンになった日・その2

 双剣を振るううち、何故か俺のスキルは中級片手剣使いへと変化していった。

 そしてそれは最終的に、なんと剣聖へと変化したのだ。


 ──片手剣使いが双剣を使うと、剣聖へとスキルが変化する。そんな伝説が持ち上がって、俺はその話題の中心となった。


 最初から剣聖だったら、騎士学校から無償でスカウトも来ただろうし、無償であれば父も俺を騎士学校へと通わせてくれただろう。


 こればかりは致し方ないが、人生というのはわからないものだ。だが俺には平民の生き方があっていたようだ。貴族は向いていないとなんとなく思っていたが、平民はいい。


 何よりも自由だ。Sランク冒険者になり十年近くが経過した頃、俺はかなりの金を貯めることが出来、早々に引退を決めた。


 パーティーメンバーには残念がられたが、命の危険をとしてまで、続けたい仕事でもなかった。田舎に家を購入して、のんびりと野菜を育てるその日暮らしだ。


 そうしても問題がないくらいの、余生をのんびり暮らせるだけの金があったし、貴族のつまらないしがらみや、やり取りに悩まされないのはとても楽だった。


 まあ、引退したとは言っても、ギルドカードを返却していないから、招集がかかれば行くことにはなるんだが、現役のSランク冒険者であったほうが何かと都合が良かった。


 現役で居続ける限りは、Sランクである年数に応じて叙爵を受けることが可能だ。もちろん今更貴族になるつもりはないが、ならないのとなれないのは大きく異なる。


 権力というのは大切だ。万が一なにかあった際に貴族になれる立場というのは、俺が自由でいる為に大切なものとなった。


 俺のスキルが上級片手剣使いに変化した頃だった。兄さんがキャベンディッシュ侯爵家を早々に継いだと連絡があった。そして、俺に名指しでクエストを依頼したいのだとも。


 まだ父は現役の年齢だったから、家督を譲るには早かったが、兄さんは相当頑張ったのだろう。そしてその理由のひとつが、冒険者としての俺に仕事を振ってやりたいからだというのも、俺にはなんとなくわかっていた。


 特にそういう約束をしたわけじゃない。

 だけど家を出る俺を最後まで心配してくれたのは、兄さんだけだった。


 平民となった貴族は、貴族である家族と連絡を取ることが許されない。別に法律で決まっているわけじゃないんだが、貴族の習慣としてはばかられる事柄とされているのだ。


 そんな俺に堂々と連絡をすることが出来、なおかつ俺の生活のたしになるような金を渡すことも出来る。兄さんが頼んできたのは護衛の仕事だった。


 後継者として生まれた子どもと、妻の避暑旅行の護衛を頼みたいというものだった。

 兄さんは仕事が忙しかったから、毎年子どもとオリビアだけで旅行に出るらしい。


 普段ならキャベンディッシュ侯爵家の護衛がつくことになるが、それを俺に頼みたいのだと言う。そうすることで、俺は堂々と甥っ子に会う口実も得ることが出来た。


 甥っ子のアレックスは、俺たちの幼馴染で兄さんの妻であるオリビアによく似た、とてもかわいらしく賢い子どもだった。


 それから年に1回、俺はオリビアとアレックスの避暑旅行の護衛を勤めた。だがアレックスが5歳になる年、オリビアは死んだ。


 それから避暑旅行はなくなり、代わりに兄さん──アーロン・キャベンディッシュ侯爵の、護衛の仕事を頼まれることになった。


 俺たち兄弟は、久しぶりに2人きりで、護衛とその護衛対象の名のもとに、同じ馬車の中に揺られていた。


 互いの近況を話す中で、兄さんはアレックスに大泣きされ、そのことを父さまにも叱りつけられて、理由がまったくわからないのだと窓に肘を付き、顎を拳に乗せてぼやいた。


 その頃既に兄さんは、結婚前から愛人にしていた女性を後妻に迎えていた。貴族にはよくあることだ。政略結婚で親が結婚相手を決めるこの国では、心から愛した人を愛人として囲っていることも少なくない。


 ようはオリビアの遺品を後妻であるエロイーズさんに強請られて、それをやってしまったところ、アレックスに大泣きされたのだそうだ。そしてそれを父に取り上げられたと。


「エロイーズはオリビアと違って、あまり新しい物を強請らないからな。基本家にあるものを欲しがるんだ。今回は父さまが昔母さまに差し上げたペンダントだった。」


「母さまがオリビアの輿入れの前にやったものだったか。エロイーズさんには、代わりの新しいものを買ってやればよかったんじゃないか?」と俺は兄さんに尋ねた。


「なぜ新しいものが必要なんだ?」

「夫にお古を強請るエロイーズさんのほうが珍しいだろう?普通は誰かが使っていたものよりも、自分だけの物を欲しがるものさ。」


「まだ使えるのに、新しいものを欲しがる感覚は分からないな。エロイーズはそれがわかっている、謙虚で素晴らしい女性だよ。」

 兄さんは心底わからなそうだった。

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