第337話 王女さまたちとの再会

 ザラ王女の後に続いて、手を添えられながら馬車から降りてきた女の子が、降りる足を途中で止めて、僕を見つめて目をパチクリさせて、口をあんぐり開けている。


 オレンジに近いウェービーな金髪を、ハーフツインにまとめた髪型に青い目。

 ザラ王女と比べると、ちょっと幼児体型な印象を受ける可愛い女の子。


 リーグラ王国第二王女、エンジュ・マオユ・スティビア殿下だ。

「あ、あ、あ……。

 いたーっ!いましたわ!」


 すっごい声で叫ばれて、耳がキンキンするよ。思わず耳を塞ぎそうになっちゃったけど、王族相手にそれは不敬というものだから、なんとか一瞬目を閉じるだけで耐えた。


 エンジュ王女は馬車を降りた途端、グランドール男爵令息の向こうにいる僕めがけて、まっすぐに突進するように駆けてくる。


「そこの者!

 名を申しなさい!?」

「はっ、わたくしめは、グランドール男爵令息、テオ・グランドールともう……」


「あなたではありませんわ!

 そこの後ろの金髪の者!

 名を名乗りなさい!」


「エンジュ!

 あなたまだそんなことを……。」

 ザラ王女が慌てて振り返った。


「……アレックス、まずいぞ。」

「え?」

 叔父さんが小声で僕に囁いてくる。


「ザラ王女が言っていただろう、貴族籍が抜けるまでは、お前はエンジュ王女の前に姿を現さないほうがよいと。」

「そう言えば、そんなこと言ってたね。」


「エンジュ王女はな……。恐らくお前を婿にするつもりだ。貴族であれば、リーグラ王国の強制力をはたらかせることが出来る。強制的に婿取りするくらい、可能だぞ。」


「ええっ!?困るよ!」

「だから逃げよう。オリビアにもう一度、認識阻害魔法をかけてもらうんだ。」

「……わかった。」


 僕と叔父さんが密談をかわしていると、グランドール男爵令息が一歩前に出て、

「美しい方。ひょっとして、あの男の素性をお求めですか?」


 と胸に手を当ててたずねている。

「そうよ。何か知っているの?」

「ええ、知っていますよ、よおおくね。」

 とニヤリとして言った。


 しまった!

 僕はさっき、こいつに身分を明かしてる!

 このままいなくなっても、こいつから僕の素性が伝えられたら意味がないよ!


「わたくしはグランドール男爵令息、テオ・グランドールと申すものです。

 あの者の素性をお伝えするわたくしめのことも、ご記憶いただけませんでしょうか?」


 紋章のない馬車に乗っていたし、グランドール男爵令息は、エンジュ王女のことを誰だかわかってるわけじゃないだろうけど、王宮に関係する人だということはわかっている。


 国にもよるけど、王宮に男爵令息が呼ばれることは殆どない。

 せいぜい新年の挨拶くらいのものだ。これにはすべての貴族が呼ばれるからね。


 それだって序列順におこなう国が多い筈だから、下の方の男爵一家のことを、王宮関係者が記憶することはほぼないと言っていい。


 それは王宮に出入りする貴族であっても同じこと。服装から見ても、少なくとも王宮の馬車に乗って来られる爵位があることはわかる。誰だかわからなくても、少しでも記憶に残ることは得だと考えているんだな。


「ええ、もちろんです!

 あなたに感謝することでしょう!」

 発言の許可も求めない不敬者に、エンジュ王女が嬉しそうに微笑んだ。


 キリカ!僕、素性が知れると困る人に捕まっちゃったんだ!何かいい方法はないかな?

 兄さまたち、人間の記憶を消したりとか、そんなことは出来ない?


【そういうのは出来ませんね。出来ないというよりも、神はしません。一人ひとりの人間に干渉しないことになっているので。


 ですが、ミルドレッドさんは高位魔法の使い手ですから、そういった魔法もお持ちのようですよ。

 ミルドレッドさんにお願いしてみては?】


 わかった!ありがとう!

『ミルドレッドさーん!』

 僕はさっそく心の中でミルドレッドさんに呼びかける。


「エンジュ!お待ちなさい!あなた、ここまで国の皆を迎えに来ておいて、何をしているの?早くこちらにいらっしゃい。」


 ザラ王女が叱責する口調で、エンジュ王女の気を引いてくれる。

「でもザラお姉さま、わたくし、この者に用事があるのです。」


「それはあとになさい。

 まずはわたくしたちの為に長旅をしてきた従者たちをねぎらうこと。わたくしたちはその為にここまで来ているのですから。」


「はあい……。ザラお姉様……。」

 エンジュ王女はションボリしながらグランドール男爵令息から離れて行く。ザラ王女がちらりとこちらを見た。今のうちだ!


『なんじゃ?なぜ近くにおるのに、念話で話しかけてくるのじゃ?』

 この状況がよくわかっていないミルドレッドさんは、首を傾げつつ念話で応えてくる。

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