第135話 ベッドの上の誘惑

「レンジアがやりたくて、作り方を覚えたんじゃないの?」

「商人に扮するのは、任務に必要な場合がある。だから覚えた。」


「そっか。

 けど、リュウメンにしたのはなんで?レンジアが、それが好きだからじゃないの?」


「リュウメン……。好き。」

 レンジアがコクッとうなずいた。

 やっぱり好きで選んだんだね。


「将来自分のお店が持ちたかったりしない?

 ほら、いつかは王家の影も引退でしょ?」

 王家の影はあまり年配の人がいないと、噂で聞いたことがあるからね。


「自分の店……。したい。」

 レンジアが頬を染めてコクッとうなずく。

「そっか。なら、僕が自分のお店がうまくいったら、レンジアのお店に出資するよ!」


「出資?」

「そう。お店を出す手助けだね。僕に君の夢をかなえさせてよ、レンジア。どう?」


「アレックスさま。──して欲しい。」

 上目遣いで見つめてくるレンジア。

 え、え、え、え、援助をね!?援助をだよね!?思わず唇を見つめてしまって焦る。


「うん、わかったよ。僕の店がうまく行ったら、次はレンジアの店だ。

 だからいなくなるなんて言わないでよ。」


 僕はレンジアの絡めた手を握り返した。

「どこかの知らない誰かより、僕はレンジアにずっと護衛して欲しいな。」


「アレックスさま……。

 私、したい。アレックスさまと。私の店。

 護衛、頑張る。」

 レンジアがほんのり微笑んだ。


 僕は思わずドキッとした。

 レンジアって、こんな風に笑うんだ……。

 いつも無表情だから、笑顔なんてはじめて見た気がする。


 ほんのわずか、表情を動かしただけなんだけど。日頃無表情なだけに、その変化は僕に衝撃を与えた。


 こんな風に、いつもレンジアが笑えるようにしてあげたいな。王家の影しか生き方が選べないなんて、それこそ搾取だよ。


「レンジア、そろそろ、手、いいかな?」

 つながれたままの右手を見ながら、レンジアにそう言った。正直恥ずかしいしね。


 レンジアはそれを見て、

「離さないと……駄目?」

 と、無表情にコテッと首を傾げた。


「だ、駄目ってことはないけど……って、いやいやいや、ベッドの上だし!ずっとベッドの上で、護衛対象と護衛が手をつないでいるのは、おかしいでしょう!?」


 というか、そもそもレンジアは、ベッドの上の僕の膝の上に、膝立ちとはいえ馬乗りみたいな格好だからね!?


 レンジアは裏表がない子だから、他意がないのが分かるし、だからこそ僕の動揺も最小限なわけだけど、可愛い女の子にこんなことされて、恥ずかしくならないわけがない。


「護衛と護衛対象が、ベッドの上で手をつなぐのはおかしい。理解。」

 レンジアがしょんぼりと僕の手を離す。

 無表情だけどなんとなくそれがわかるよ。


「ごめんね、嫌なわけじゃないんだけど。

 恥ずかしいからさ。

 そんなわけだから、これからも、僕の護衛よろしく頼むよ。」


「護衛、頑張る。」

 レンジアが、ムンッて感じに、口を半開きにした真顔で、両手の拳を握りしめる。


「誘惑も頑張る。」

 ───!!!!!?????

「え?え?え?どういうこと!?」


「お師匠さまに、アレックスさまを誘惑するよう言われた。誘惑よく分からない。

 けど、頑張る。」


 レンジアの中で、さっきのあれは誘惑に入らないんだね……。まあ、そもそも誘惑がなにか、理解出来てないからなんだろうけど。


 というか、僕のお風呂は監視しなくていいのに、僕を誘惑はさせたいの!?レンジアよお師匠さまって、何を考えてるんだろう。


「お師匠さまから、誘惑は、アレックスさまを私に夢中にさせることと言われた。

 今、夢中に出来るよう練習してる。

 披露するから楽しみにしてて欲しい。」


 ──……なにを?

 レンジア的には、僕を夢中に……つまり誘惑する為に、何かを練習しているらしい。


 たぶん、お師匠さまが考えてることとは、絶対に違うことをしてるんだろうなあ。

 それにそれって、僕に話さないほうがいいことなんじゃないだろうか?


 レンジアらしいけどね。

 そっか、楽しみにしてるね、と告げると、レンジアが満足そうに消えて行ったので、僕は時空の海を出して使ってから就寝した。


 次の日の朝、朝ごはんを食べてから、叔父さんの畑を手伝って、お昼ごはんを食べて、叔父さんに市場に送って貰った。


 商人ギルドで奴隷市場の場所を教えて貰うと、普段僕らが商売しているところの裏手にあると教えられた。


 市場と言っても、レグリオ王国の奴隷市場のように、布で仕切られた露天はなくて、店舗型の店が2つきりだった。


 まあここの市場自体がそこまで大きくないから、いくつも店舗がいらないんだろうな。

 道を挟んで少し離れた斜め向かいに、それぞれ店はあった。どっちにしようか?

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