第107話 リーグラ王国の船上・その3
はしたなくもスカートの裾が、完全にめくれてしまっているが、逆さまにされた体勢では、エンジュにもどうしようもない。
ましてや両腕はクラーケンの触手に掴まれて、身動きを取ることもかなわずに、エンジュのスカートの中身は丸出しになっていた。
せめてもの救いは、ここに兵士たちがいないことと、クラーケンが体内に侵入するタイプの触手の魔物ではないということだけだ。
そんな姿を人目にさらしてしまったら、エンジュはたとえ助かったとしても、王女としては最早死ぬしかない。それか、目撃した異性に降嫁するしかなくなってしまうのだ。
だが、ヌルリとした触手の粘液のせいでエンジュの体は下にずり落ちていき、吸い付く吸盤がそれをつなぎとめようとして、エンジュの下着のみをとどめてしまう。
姉以外誰も見ていないとはいえ、逆さまにされながら人前で下着を脱がされるという羞恥に、エンジュはただただ混乱した。
「ふ、ふえぇ……。」
「──エンジュ!!」
エンジュがパニックをおこした時の泣き方をしそうになった瞬間だった。
ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!
どこからともなく飛んできた何かが、クラーケンの触手を断ち切ると、エンジュの体は空中に放り出されてしまった。
「──きゃあああっ!?」
一気に下に落ちていく恐怖に叫ぶ。
「──吸引!!ハーフツインの女の子!!」
そんな風に誰かが叫んだ瞬間、エンジュは船の近くの小舟の上に立ち、こちらを見ている、姉と同い年くらいの男の子と、空中に浮かぶ鉄の扉が開いてゆくのを見た気がした。
気が付けば再びエンジュは船の自室の中にいた。泣いているザラに抱きしめられながら、呆然とベッドに横たわっていたのだ。
だが先ほどまでのそれが夢でなかったことは、シッチャカメッチャカになった自室の家具たちが教えてくれた。
入口脇にあった筈の、花瓶の置かれていたテーブルも。ベッドの脇のチェストも。壁の両サイドに離れて置かれていた筈の2人のベッドも。何もかもが片方の壁に寄っている。
王女2人が過ごすのにじゅうぶんな広さを持った、豪華な装飾の室内は、見る影もないほどにボロボロで、壁には巨大な穴がぽっかりと開いていた。
それでも船は沈まずに、その壁の穴からたくさんの船がこちらに近付いてくるのが、横たわったままの視界の端に見えていた。
見ればもう陸地はかなり近くて、たくさんの船が停泊している美しい街並みが遠くに見えている。ああ、ここはもうレグリオ王国なのだ。エンジュはそう感じた。
「ザラお姉さま……。
助かっ……たの?私たち……。」
ザラがギュッとエンジュの手を握りしめて微笑みながら涙をこぼした。
「ええ……!ええ、そうよ!
私たちは助かったの!」
「クラーケンは……?レグリオ王国の人たちが、倒してくれたのかしら。」
ゆっくりとベッドから起き上がり、周囲を見渡しつつそう言うと、ザラは何故か一瞬ピクリと反応したかと思うと、いいえ、姿を消したわ、と言葉を濁すようにそう言った。
恐らくザラにも分からないのだろうとエンジュは思った。だがこんなにもレグリオ王国が近いのだから、通りがかりの他国の兵士が助けてくれたとは考えにくい。
経由地であるとはいえ、王族が土地を通るのに、その国を無視は出来ない。リシャーラ王国に向かう前に、レグリオ王国の王族に挨拶をする予定であったが、その時に改めて丁寧にお礼を言おうとエンジュは考えた。
「そうだわ、ザラお姉さま……。
彼はどうしたのかしら。」
「──彼?」
ザラが首をかしげた。
「金髪で緑の目の、お姉さまと同い年くらいの男の子よ。平民の服を着ていたけれど、物腰が優雅だったから、冒険者であるとは考えにくいわ。恐らく上級商人のご子息か、お忍びで来てた貴族のご子息だと思うの。」
「……その子がどうしたの?」
「わたくしを直接助けてくれたのはその男の子よ。捕まったわたくしを解放してくれたのよ!!彼には直接お礼を言いたいの。」
ザラはなぜか困ったように眉を下げた。
「どこの誰かも分からないのであれば、それはとても難しいことよ。レグリオ王国の王族を通してお礼を伝えたらいいと思うわ。」
「わかるわよ。」
「──なぜ?」
「だって、強くてカッコよかったもの。」
「……。」
「たぶん15歳から17歳くらいの、結構カッコいい見た目の、ものすごく強い水魔法使いの男の子に絞れば、かなり数は限られるでしょう?きっと彼1人だわ。お願い、ザラお姉さま、彼を探しだして欲しいの。」
「探しだしてどうするというの?」
エンジュは目を輝かせた。
「──当然わたくしのお婿さんにするわ!」
ザラは頭をかかえた。
「平民に降嫁するというの?
駄目よ。いくらなんでも、他の国であればともかく、代々私たちの国は、いずれかの大国に嫁ぐものと決まっているのよ?」
「ザラお姉さま、だってそれは長女の場合でしょう?代々王女1人を他国に嫁がせる決まりだけれど、わたくしは別に好きに決めて良いと、国王さまに言われたもの。」
実の父親を、こんな時までも国王と呼ぶような、愛情が希薄な家庭に育ったのだ。自由な恋愛に憧れる気持ちはザラにもわかる。
「でも、彼は駄目よ。」
「どうして?」
「どうしてもよ!」
「絶対!に!イ、ヤ!」
ソッポを向くエンジュ。
こうなるとエンジュが頑として折れないことを知っているザラは、彼らになんと説明しようかと、頭を悩ませるのだった。
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