第52話 リュウメン屋の店主

 今日は泥団子をぶつけられちゃったから、早くお風呂に入りたかったんだよね。

 アイテムボックスの海の中には入らずに、さっそくお風呂をいただくことにする。


 叔父さんのうちのお風呂は、薪を割ってお湯を沸かして温めるタイプのもので、キャベンディッシュ侯爵家のように、蛇口をひねるだけでお湯が出てきたりはしない。


 水だって毎回井戸からくんでくるんだ。

 今はいいけど、冬になったらしんどいと思うから、早くお金をためて、お風呂の魔道具を買いたいなあ。


 それでもお風呂があって、毎日お風呂に入れるのは、平民としてはかなり贅沢なことではあるんだけどさ。


 僕は泳ぐのも好きだけど、お風呂も大好きなんだよね。

 父さまなんてシャワーだけで済ませる人だけど、母さまがそうだったからかなあ。


 ウキウキで服を脱ぐ。

 ルークくんの泥団子は服にもついていたけど、洗えばすぐにおちそうだった。

 明日洗濯しようっと。


「ふふん、ふんーふーん♪」

 上機嫌で鼻歌を歌っている全裸の僕を、じっと見つめる視線がひとつ。


『アレックスさま裸。見てはいけない。

 でも、監視するよう頼まれた。

 片時も目を離してはならない。』

 じーっ。


『男の子の裸、見るの初めて。

 もうお嫁にいけない。でもアレックスさまはオフィーリアお嬢さまのもの。コバルトはアレックスさまの愛人を目指すしかない。』


 そんなことを思われていたことも、ずっとお風呂を覗かれていたことも、僕はまるで気付かずに、上機嫌で眠りについたのだった。


 次の日、僕が店を出している場所の向かいに、新しく屋根付きの露天が出来ていた。

 食べ物屋さんみたいだね、リュウメン?


 お店に看板出してるところは少ないんだけど、手書きの看板でリュウメンって書いてあるよ。なんだろ、リュウメンって?


 店主さんは僕と同い年か、ちょっと年下くらいの、灰色の髪に青い目の、ふっくらと膨らんだ、くりくりのくせ毛の、可愛らしい男の子だった。仲良くなれたらいいなあ。


『……ふふふ、私が変装擬態のコバルトだなんて、誰にも気付かれていない。私の変装は完璧。こんな時の為に、リュウメンの研究をしておいて良かった。お店、頑張る。』


 なんだろう、すっごくドヤ顔でこっちを見てるよ。知り合いとかじゃないよね?

 でも気になるなあ、リュウメン。ミアちゃんとルークくんもじっとお店を見ている。


「……まだ、お店始まらないわよね?

 ちょっとあれ、食べて来てもいい?」

 見慣れない食べ物に、ヒルデが興味しんしんだ。つばを飲み込む音がする。


「いいよ。ていうか、一口貰えないかな?

 お昼ごはん食べてきちゃったから、ぜんぶは入らないけど、僕もちょっと興味があるんだ。食べてみたくて……。」


「別にいいけど?」

 ヒルデがそう言ってくれた。

「ミアちゃんとルークくんも食べてみる?

 お金は僕が出すからさ。」


「え?わ、私たちですか?」

「いいの!?」

 お腹を鳴らしつつも遠慮がちなミアちゃんと、素直に喜ぶルークくん。


「うん、なんかお腹すかせてるみたいだし。

 お昼ご飯、食べて来なかったの?」

 それを聞いて、ミアちゃんとルークくんは顔を見合わせて表情を暗くした。


「食べてきたけど……。」

「……いつも私たち、お腹いっぱいは、食べられないから……。」


「そっか……。」

「あ、でも、昨日の魚、うまかった!

 みんな喜んでたよ!」


「こら、ルーク、美味しかった、でしょ?」

「あ、ごめん……。」

「ううん、いいよいいよ。じゃあ、食べよっか。2人とも1人前食べ切れる?」


「じゃあ、2人でひとつお願いします。」

「分かった、2人でひとつだね?」

 僕はヒルデとミアちゃん、ルークくんとともに、リュウメン屋さんの前に立った。


 見慣れない食べ物だからか、お客さんたちも気になってはいるみたいだけど、遠巻きに店を眺めてる。


「私たちも食べてみようかねえ。

 ポーリン、はんぶんこにしないかい?」

「いいわね!食べましょう!」


 ラナおばさんとポーリンさんも、食べることにしたみたいだ。

 僕たちは店の準備をする前に、揃ってリュウメン屋さんに行くことにした。


 リュウメン屋さんには値段が書いていなかった。まあ、書いてない店しかないから、お店の人に聞くしかないよね。


『アレックスさま。昨日裸を見てしまった。

ちょっと恥ずかしい。でも四六時中観察する命令。変装擬態のコバルトは、こんなことでは動揺しない。常に平常心。』


「すみませーん!これっていくらですか?

 ──?あの……?お兄さん?」

『アレックスさま、顔が近い。

 恥ずかしい。でも平常心。』


「すみません、リュウメンを3つ、お願いしたいんですけど……。いくらで……、」

「──リュウメン3つ、了解。」


 僕の言葉に、ポカンとしていて、しばらく何を言われているのか分からない様子だった男の子は、すぐに何事もなかったかのように料理を始めた。いやいやいや。無理あるよ?

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