第20話 その頃、王宮では。その2
「魔塔の賢者、リュミエール・ラウズブラスよ。そなたはどう考える。魔塔では、神のお告げについても研究していると聞く。」
エディンシウム国王がラウズブラス男爵に目線をやると、エリンクス公爵とアルグーイ公爵が、同時に少し眉をひそめた。
国王が意見を求めたのが、宰相でも筆頭補佐官でもなく、序列でいえば殆ど最下層、最も入口に近い場所に立つ男であったことに対する、明確な嫉妬がこもった眼差しだった。
リュミエール・ラウズブラス男爵は、元々平民であったのが、実績を買われて爵位を授けられた人間であるため、青い血をたっとぶ生粋の貴族からは疎まれていた。
ラウズブラス男爵は、軽い嫌がらせのように、なかなか発言を許可しようとしないデニス・アルグーイ公爵をちらりと見る。
「リュミエール・ラウズブラス男爵、発言を許可しよう。
陛下にそなたの考えを伝えなさい。」
たっぷりと時間を取ったあと、ようやくアルグーイ公爵がそう言った。
「この世界において、数で縛れるもの。大陸は6つ、選ばれしものは7人。海は8箇所。国に至っては小さなものも含めば154。
ですがその中に、すべるという言葉に相応しい、ななつが存在しておりません。」
ラウズブラス男爵は、後ろ手に手を組んで目線を落としながら言った。
「ならば、それはなんであると?」
「……我々は、それが何かのスキルを暗示しているものだととらえています。」
「──スキル?」
予想外の答えに、エディンシウム国王はポカンとし、エリンクス公爵とアルグーイ公爵は、笑いをこらえるふりをしてみせた。
「なぜ、そう思うのかね。」
エディンシウム国王は、ラウズブラス男爵の言葉をせかした。
「以前のお告げが指し示した結果を鑑みたまでです。“おりなす若葉を慈しみし愛し子が揺りかごを揺らす”。これは記録にある中で最も古い聖女さまに関するお告げです。」
「はい。その時の聖女さまは、世界樹を育む力をお持ちの方でした。聖女さまのお力により、世界樹は力を取り戻したのです。」
クアント祭司長が補足をするように言う。
「“流れに逆らいし番人が空白をもたらすであろう”というお告げは、その時の勇者さまを指し示したお告げでした。」
「この時は、時を戻す時空間魔法を操る勇者さまが世界を救われました。」
再びクアント祭司長が補足する。
「……代々勇者さまに受け継がれていた剣も失われて久しい。恐らくこれは、勇者さまを知る者もしくは、勇者さまの剣のありかを知るものに関する予言ではないでしょうか。」
「勇者そのものに関するお告げてはない、ということか?ラウズブラス。教会もそのように考えているのか?クアントよ。」
国王がクアント祭司長を見て言った。
「われわれは神の言葉をお伝えするのみでございますので……。そうであるかも知れませんし、そうでないかも知れません。ただ、勇者さまに関するお告げであるとだけ。ですがその可能性はおおいにあるでしょう。」
エリンクス公爵とアルグーイ公爵が、自分を睨んでいることにも、クアント祭司長は涼し気な反応だった。教会はあくまでも国と対等な立場であり、力のある存在だ。
民草を守る為ならば、国王にこそ頭は下げるが、その臣下にまで下げる筋合いはないとクアント祭司長は考えていた。
礼儀としてアルグーイ公爵の許可を待って発言はするが、従うつもりがないのだ。
ただのマナー。慣習。それだけのこと。
なにより神の子とされる“選ばれしもの”などは、国王にすら頭を下げない。
教会内の立場こそクアント祭司長が上なだけで、“選ばれしもの”は不可侵領域なのだ。
それが分かっているから、ラウズブラスを支持するかのような発言を、エリンクス公爵とアルグーイ公爵は面白くなく思っていた。
王侯貴族のほうが上であると考えているエリンクス公爵とアルグーイ公爵としては、そんな教会がラウズブラス男爵の味方になることだけは決してさけなくてはならなかった。
「なれば貴殿は、それがいったいなんのスキルであると考えているのだね?」
宰相、エリンクス公爵がラウズブラス男爵にたずねると、──さあ?とラウズブラス男爵は、とぼけた表情で首をかしげた。
「お告げはあくまでも、スキルをなぞった言葉ですので、実際それらしきスキルを目の当たりにしてみないことには、なんとも。」
「それでは意味がないではありませんか。」
とアルグーイ公爵があきれたように言う。
「まったくもってそのとおりだ。」
エリンクス公爵がそれに同意する。
なんとしてもラウズブラス男爵の言葉が、自分たちよりも尊ばれることがないように、少しでも下げたつもりだったのだが。
「意味がないかどうかは、探してみねばなんとも言えまい。そうであろう?」
防衛大臣デクスター・グリフィス侯爵がエリンクス公爵とアルグーイ公爵を見て言う。
「陛下。ご許可を。」
グリフィス侯爵が胸に手をあてて頭を垂れる。国王はいいだろう、と言った。
「──おまえたちは託宣に該当すると思わしき人物をあたるように。」
「「はっ。」」
グリフィス侯爵が、かたわらに控えていた第1騎士団長、ヒュンケル・アグリスと、第2騎士団長、ルディス・ノートンにそう告げると、2人が後ろ手を組んだ姿勢で答える。
その時、エリンクス公爵とアルグーイ公爵は、騎士団よりも先に、該当のスキルの人物を見つけ出し、そいつから勇者の剣を取り上げて、お告げの解釈が間違っていたことにしてやろう、と考えていたのだった。
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