彼女の願い

立花 ツカサ

彼女の願い

ただただ、生きていた。

 将来に希望があることを頼りに・・・

 人生は、ドラマではない。

 誰もが、主役ではない。

 私は、グループの女の子達を羨ましそうに見ている系人間なのだから。


 いつもの通り、日直の仕事やらクラスの人が置いていった仕事をしながら、駅へ向かう時間までを過ごす。

 暗い教室の中で、一人でいることは、毎日の幸せであった。

 そして、時々やってくる不思議な人が訪れるのを待っていた。

 その人は、すーっと教室に入ってきて窓の外を眺めながらぼーっとしているだけだ。

「お疲れ様、リンネくん」

 薄暗い中、その人の目は少し光っていた。

「あぁ」

 低い声でそう言ってくれる。

「私、恒星って曲が好きなんだ。でも、好きってことは覚えてても、どんな曲だったか思い出せないの。」


「なにそれ」


「消えちゃう曲なんだ。すてきでしょ。」


「へぇ・・・」


 いつも、私だけが喋っているような感じだ。

 でも、なぜだか気持ちがいい。

 その後、電車の時間が近くなってきたので教室を出た。

「じゃあね。」


「・・・。」


 次の日、また同じように教室にいると、音楽室からサックスの音が聞こえてきた。

「恒星だ」

 その曲は間違いなく恒星で、リンネくんが吹くサックスの音だった。


「きれいだな」


 そして、私はその曲を忘れることはなかった。



 私は、クラスの女子達と仲は悪くなかった。

 全然喋るし、信頼してもらっている。でも、どのグループにもいない。

 この状況に、なにも不満はなかった。


 ある日、私は朝から体調が悪かった。

 でも、心配してくれる友達なんていない。

 自嘲していた。

 リンネくんはいつものように長い前髪で顔を隠しながら、歩いていた。


 移動教室

 教材を持ちながら階段を降りようとした時

「うわぁっやばいあと4分しかないじゃーん」

「やばいやばい」

 女子のグループ達が走って階段を駆け降りていった。

 そのときだった。

 ドンっ

 一人の誰かわからないが女子の肩が私に当たった。


 私は、落ちていた。


 手すりに頭をぶつけ、階段の一番上から落ちていた。


 体の痛みは感じるが、意識は朦朧としている。

 彼女達は、気づきもしない。


 チャイムの音が微かにする。

 体が動かない。

「まっいっか・・・」

 苦笑しながら瞼を閉じた。



 人の気配がした。

 少しだけ瞼を開けると、あの光る目と目があった。

「リ・・ンネ・・・くん?」

「はい」

 ヤンキー座りしているリンネくんはいつものように、表情が変わらない。

「なにやってんの?」

「なにって・・・」

 さすがに、床に寝てるだけだとは思わないだろ。

「あの上から落ちた。」

 目だけ向けてそう言うと、鼻で笑って言った。

「ドジなんすか」

「言いたいように言えばいい。」

 こいつ・・・怪我人を労われよ。

「助けて欲しいですか?」

「おっ助けてくれるの」


「めんどくさい」


「なんだよ・・・」

 分かってたけどね

 まあいいさ。そのうち立てるようになるよ。


「頭」


「んっ?」


「ちょっとだけ上げてください。」


「えっ?」


「さっさとしろよ」とでも言いかねないリンネくんの顔を見て、少し頭を上げようとするが力が入らない。

 すると

 無理矢理、リンネくんの手が私の首の後ろに入ってきた。

「えっちょっなにすんの」

「うるさい」

 すると「ちょっと揺れるんで我慢してください。」

 と言って私の足の方にも手を伸ばし、ひょいと私をお姫様抱っこした。

「えっ」

「黙ってて」

 そう言って私を抱えながら、階段を降り始めた。

 頭が痛い、腕が痛い、膝が痛い・・・

 歯を少し食いしばるとリンネくんが「後ちょっとなんで我慢してください。」と言って、もっとゆっくり階段を降り始めた。


 そこから、私の意識はない。


 起きると、そこは保健室だった。

「小早川さん、どう?」

「先生・・・」

 保健室の先生が、心配そうに私を見ている。

「大丈夫です。」

「そう、ならよかったわ。清水くん、小早川さん起きたわよ。」

 先生が、後ろを向いてそう声をかけると、気だるそうなリンネくんが顔を出した。

「俺、命の恩人」

「はい、どーも」

「んじゃ。」

 そう言って、リンネくんは保健室から出ていった。

「なにがあったの?清水くんなにも言わずに運んできたもんだから・・・びっくりしたわよ。」

「ただ階段の上から落ちただけです。すみません心配かけて。」

「大怪我してないみたいでよかったわ。」

「頑丈なんで。」


 それから何事もなく、時間が過ぎていった。

 数ヶ月後


 あの一件以来、リンネくんとの距離も縮まり、一緒に話しながらの移動教室からの帰り、急に私を頭痛が襲った。

「あっ・・・」

「ん?」

 痛みが強く、力が入らない。

 足元がぐらついた。

 すると、両肩を掴まれた。

「ちょっ・・・」

「あ〜ごめんごめん。」

 表情のない人でよかったと思った。

 変に心配されても、気まずくなるだけだからだ。

 いいやと思っていたのに・・・私は、痛みで気を失った。


「あ〜ごめんごめん」と言った後すぐに、糸がぷつりと切れたように全体重が僕にかかってきた。

「えっ・・・」

 どうにか、かろうじて支えることができたが、どうしようか。

 ここに置いておこうか・・・


「あの・・・」

 声をかけても、返事はない。

「持ってくかぁ・・・」

 汗がじわりと出てくる。

 普段運動なんかしてないし、こんな重いもの持つことなんてない。

「やっぱ置いてこよーかな・・・」


「ちょっと、リンネくん」

 前から走ってきたのは、バレー部の木梨さんだった。

 僕の手の中にいる小早川さんの姿を見るなり、僕に向かって怒りながら

「なにがあったの」と聞いてきた。

「倒れた。」

「だから、なんで」

「さあ」

「ちょっと・・・」

 そのまま歩き、保健室まで行こうとすると木梨さんが後ろからついてきた。

 持ってくれればいいのに・・・と思うが、持つ気はないらしい。


 保健室までたどり着き、木梨さんが扉を開け僕はそのままベットに小早川さんをそっと置いた。

「はぁ・・・」

 ベットのそばにゆらりと座り込むとじんわりと暑かった体はすぐに冷め、寒気が僕を襲った。


 それからどれくらい経ったのだろうか。ずっとうずくまっていてわからなかった。


「ありがとう。助けてくれて。」


 冷たい体に何かがかかった。声のする方を見ると、ベットから身を乗り出して自分の上着を僕の方にかけようとしてくれる小早川さんがいた。

「寒いんでしょ。」

 優しい顔をしてそう言うが、なぜ分かったのだろうか。

「なんで・・・」

「寒そうだったから。」

 そういうことじゃない・・・

 そう思うが、言わない代わりに上着をありがたく受け取った。

 彼女の上着には彼女の体温が残っていて、暖かかった。



 過去の過ちは、変わらない。

 だから、距離をかれることも仕方ない。

 でも、距離を置かれることが自分を可哀想だと思えて、少し嬉しかった。

 嫌われることが、僕にとっての幸せだったのに

 彼女は、僕のことをなにも知らなかった。

 距離をおいてくれればいいのに、距離を縮めてくるばかり

 僕の幸せが崩れていくのが分かった。


 人と過ごすことが、距離が縮まることが幸せだと感じてしまった。


 だが、それと同時に彼女から人がどんどん離れていった。

 僕なんかと、一緒にいるからだ。


 ざまぁ


 そうは、言えなかった。


 ごめん


 そう言いたいと思った。


「ごめん。」


 小声でしか言えなかった。

 なのに、彼女は言った。

「なんで?」


「えっ?」


「こっちがありがとうだよ。命の恩人」


「・・・。」


「喜べよ。」


「なんで?なんで、僕のせいで不幸になっていくのに、僕と一緒にいるの?」

 純粋な疑問とでも言うのか・・・聞きたいことだった。


「不幸になんかなってないよ。なにも、変わってないよ。それに、リンネくんといるの楽だし。迷惑なのはそっちでしょ。付き纏われて」


「まぁね。」


「否定しろって。」


「本当に楽しいって思うのは罪かな。」


「罪だね。私たちみたいなのが、そんな感情持ったら、天地がひっくり返るよ。本当の『楽しい感情』ってのは、持っていい人と持っちゃいけない人がいる。嘘の『楽しい感情』しか、私たちは持っちゃいけない。戻れなくなったら、嫌でしょ。」


「うん。」


「現状維持ってサイコーー」


「ははっ」


「現状維持ってね、ほんとに最高なんだよ。

 現状が続くイコール進んでんだから。進んでれば、なんか変わるから。

 一回味わった『楽しい』にすがって生きるより、進む方がよくない?私は、『楽しい』にすがれない人間だから。

 いいよね。一回の楽しいをずっと楽しいままで心の中に留めておける人。」


「そうだね。」


「おっ分かってくれるのか〜」


「矛盾してる感じがあるのは気のせい?」


「人生なんて、矛盾しかないんだから。」




 その後、彼女には難しい病気が見つかり、病院に入院することになった。


 それから僕は彼女がどうなったのか知らない。


 ただ、またあの声で、あの矛盾した話を聞きたいと思った。

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