氷結の用心棒

ハラken

第一章 出会いと旅立ち

第1話

「ちょっとあなた!何をしてるんですか?」


 氷のような冷たい声が背後から聞こえる。振り向けばこれはまた氷のような凍てついた視線がヨイチを射抜いていた。


そこには透き通るような白い肌に全体が水色の服を身にまとい、白髪を肩上で綺麗に切り揃え、黄色の瞳をした美少女が立っていた。街の道路の中心ということもあって通りゆく人々がその大きな声に気づいて立ち止まる。


「私の荷物を持って、どこへ行くのですか?」

「いや、警護施設まで行こうかと」

「わざわざ自分から進んで自首しに行くなんて、ずいぶんと潔いですね」


――自首?そんなことはない。通りかかった雑貨屋の横に荷物が落ちていたから届けに行こうとしただけなのだが…。

  

この少女、とんでもない誤解をしているような。急いで誤解を解かないと厄介なことになってしまう。

しかし、説明しようと口を開いたときには遅かった。少女の周りからは白い霧とともに凍てつく冷気が漂っている。


「早く返してください…、さもないと」


湧き出る剣幕とともに、腰に指している鞘から剣を抜く。全体が水色をしたその剣は彼女の周囲の大気中の水分を凍らせていた。


「ちょ、ちょっと待て!話を…。」

「話はもし生きていたら警護施設で聞いてもらってください」

「生きていたらって…。」


――殺す気なんですね。これはまずい。話が通じやしないな。


ヨイチは腰に取り付けたホルスターから銃を取り出そうと手をかけた。その時、一瞬にして極度の冷気が体全体を支配する。銃をとろうとした手に強烈な冷たさが襲った。おそるおそる見てみると手がホルスターごとガッチガチに凍っていた。


「何してるんですか?」

「ぐっ、」


一歩一歩こちらへ向かってくる少女。その度に体温が下がっていく。全身に悪寒が走り体が震えている。

ヨイチは抵抗しようにもできない状態に陥ってしまっていた。

少女との距離がほとんどなくなったときに体が自動時に地面に四つん這いになる。辛うじて首を少女に向けると感情の色を消した黄色い目がこちらを見下していた。少女は剣を振り上げる。


「罪には罰です…」


冷ややかな声とともに振り下ろされた剣はヨイチの首に命中…、しなかった。

目の前を向くとおばあさんが少女の前に立っていた。突然現れて驚いたのか少女は剣を振り上げたまま固まっている。


「お主らはなにをしとるんじゃー‼」

おばあさんの怒りの咆哮が少女に向かって放たれる。

「ひぃぃっ!」


あまりに突然すぎて少女はその場で尻餅をついた。

「よく見ろ、可愛い少女さんよ」

おばあさんは右側の店に指を指す。


「これはワシの店なんじゃが、今どうなっとるかの?」

「…、凍ってます…」

「じゃ、その横の店は?」

「こ、凍ってます…」

「罪には罰なんじゃろ?」

「ひぃっ…」


おばあさんはそう言って少女を見下ろした。

ヨイチもう首を動かして周囲を見渡すと悲惨な状況になっていた。周りの店が少女の冷気によって凍ってしまっていたのだ。

幸い凍っている人はいないようだ。もっともヨイチの手は凍ったままだが。


目の前にいるこのおばあさんはヨイチが先ほど旅の食料調達をした果物屋の店主だった。とても柔和な笑みを浮かべていて、見るからに優しそうなおばあさんだったのだがまるで別人のように怒っている。


店の果物は氷漬けにされてとてもじゃないが売り物になりそうもない。

「ですがあの人が私の荷物を…!」

少女は我に返って抵抗を始める。尻餅をついたままで。


「こやつは荷物を拾って警護施設に届けようとしただけじゃ!話も聞かずに先走ったのはお前さんじゃろうが!」

一部始終を見ていたのであろうおばあさんが少女に説明する。

それを聞いて少女はこの世の終わりのような顔をしながらうなだれた。


「お前さんももっと早く説明せんかい!」

「いでっ!すいません…」

こちらを向いたおばあさんにヨイチは肩を殴られる。


「ありがとうございます。おばあさん。助かりました」

「ふん、とりあえずそっちの話が済んだらわしの店に寄れ」

「はい、わかりました」


おばあさんはスタスタとその場を立ち去る。背中湧き出る怒りの湯気は凍った周りを溶かしそうな勢いだった。

おばあさんが視線から消えると自然と尻餅をついた少女が視界に入ってきた。


四つん這いになった男と尻餅をついて足を開脚している少女。

周りから見れば何ともいかがわしい光景だ。少女もそれを分かっているのか視線が合うとすぐに逸らした。


「と、とりあえず動こうか」

流石にこのままではまずいと思ったヨイチはそう提案した。

「そ、そうですね」


顔をそらしたまま少女もそれに応じようとしたのだが何故か動こうとしなかった。

「大丈夫?」

「す、すみませんが起こしてもらえますか?腰が抜けて…」


そんなにおばあさんが怖かったのか。後ろ姿だけでは分からなかったが少女は今も小刻みに震えていた。

「うん、分かったよ」


少女を助けるため起き上がろうとしたのだがヨイチは動けなかった。少女が周囲を凍らせたせいで四つん這いの状態で地面と体が凍って密着していたのだ。

どれだけ引きはがそうとしても硬く接着してしまって動けない。地面から手が離れたとしても手の氷が解けるのもいつになるか。

それまでには少女の状態がよくなるといいが。


「すみませんが溶かしてもらえませんか?動けなくて…」

「ううぅ…」


そのヨイチの言葉に少女は半泣き状態になった。

ヨイチとして四つん這いで前を向いている以上嫌でも少女のいやらしい部分が目に入ってきてしまう。


「み、見ないでくださぁぁぁーい!」


この後、動けるようになるまで通りゆく街の人々に笑われてしまい少女が本格的に泣き出したのは言うまでもない…。

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